ツイステッドワンダーランド 短編
今宵は賑やかで一年のうち最も恐ろしい夜になるだろう。多種多様なマジカメ・モンスターの脅威を退け、迎えたハロウィーン当日。ナイトレイブンカレッジはこの夜を、最高のフィナーレで飾ろうとしていた。
華やかな装飾が夜を飾り、豪華なご馳走に舌鼓を打つ。なんと楽しい夜だろう、おもわず微笑みがこぼれてしまうのは、この夜にすっかり浮かれた気持ちになっているからかもしれない。
しかしながらそういう性分だからだろうか。ジェイド・リーチはその最中にあってもナイトレイブンカレッジに訪れた客を持て成していた。
今ここに居る外部からの来賓は善良な観光客だ。ナイトレイブンカレッジに恐怖の夜を求めてきたのならば、精一杯期待に応えなければ。
その思いで案内や写真撮影、何にでもジェイドは応じて完璧に振る舞う。その様子は他寮生から、施すばかりのジェイド自身がハロウィーンの夜を楽しめているのかを心配されるほど。あのフロイドだってジェイドに料理を取ってこようかと気遣った。そんな必要は無いというのに。
自身のことは良い、ジェイドはこれで楽しめているのだから。人に持て成すのは嫌いではない。しかし……、気になることもある。彼女は今この夜を楽しめているだろうか。
ハロウィーンウィークにおいて、まともに監督生である彼女と話すことが出来たのは随分前になる。ハロウィーンウィーク初日にジェイドがオンボロ寮を訪れた時が最後であった。彼女がとっておきの仮装でジェイドを驚かせてくれた幻想の夜だ。あの日は翌日に備えて長話が出来なくて、また時間のある時にと名残惜しくおやすみを告げた。
あれからマジカメ・モンスターのせいでジェイドのほうも、おそらく彼女の方もめっきり忙しくなってしまったから話をすることなどままならなかった。すれ違いざまに軽く指を絡ませることで、お互いに触れ合う幸せを得ようとするのが精々で。
彼女は……。どこにいるのだろうと、特別なアンテナを持ってジェイドは会場の中で彼女の姿を探す。いいや、ジェイドでなくても今この時は彼女を探すことは容易かったかもしれない。先程からずっとどこかから視線を感じていた。
視られる意識のある方へジェイドは目を向ける。
その視線の元を辿ると見知った赤がジェイドを見つめていた。彼女だ、人混みを避けるためか会場の外れにいて、夜風にそよぐ式典服のフードを抑えている。ジェイドの視線に気づくと彼女はうっすらと微笑んだ。
「…………?」
彼女が楽しんでいるのならば、目配せだけに留めようと思っていたのに。ジェイドはその微笑みがどうしても気にかかってしまった。彼女がジェイドに目を引き付けてしまうのはいつもの事だけれども。周りの喧騒など、いつだってどうでも良くなってしまうほどに意識を取られる。
彼女の眼差しが伏せられたのが合図だった。ジェイドは"人前では距離を置きましょう"と宣う普段の彼女の言葉を退けて歩き出す。つかつかと人波を軽く分けて彼女の元へと向かった。パーティ会場の最果て、賑やかさと森の静寂の織り混ざる場所。傍までやってきたジェイドに彼女がわずかに目を見張る。
「どうしましたか、ジェイド先輩。こんなところへ」
彼女がジェイドの登場に呼吸を乱したのはほんの一瞬であった。彼女はすぐさま穏やかな声でジェイドを迎え、早く喧騒の中へ戻ることを促すような口ぶりであった。
「どうしましたか、というのはこちらのセリフですよ」
ジェイドはその問いに腕を組んで怪訝な顔をする。
「貴女こそ、この夜にどうして隅でそんなふうに気配を絶っていらっしゃるのです?」
ジェイドは彼女がここにいたから、華々しいパーティを抜けてここへ来たのだ。それだけで十分にジェイド・リーチを動かす理由になり得る。だがそれだけでは無い。
「……人酔いしてしまったから、休んでいただけです。珍しくお腹も満たされましたから」
事も無げに彼女はサラリとそう言い渡したが、ジェイドは納得出来ずに眉をひそめた。
ジェイドの色違う双眼は今も彼女の心を見定めようと、彼女のいつも通りの振る舞いを見つめ続けている。ジェイドに見つめられても、彼女はいつも平然と涼しい顔をしているのが常だ。
だが、ジェイドの直感の通り何か抱えるものがあるのだろう。この時は少しばかりの動揺を見せた。式典服のローブ、そのフードでさりげなく顔をすっかり覆ってしまう。
「お気になさらず。落ち着いたらまたそちらには戻るので……。どうか私のことはそっとしておいて頂けると」
「そういうわけにはいきません」
彼女が俯き気味に顔まで逸らしてしまおうとすると、ジェイドはすかさずその言葉を拒否した。膝を曲げ、顔の高さを合わせるとジェイドは彼女の耳元に囁く。抑えた声はそれでも彼女にだけは、はっきりと聞こえるだろう。そっと伸ばした手は、他人には見えないように己の体で隠した。
「僕たちはつがいでしょう? どうして浮かない顔の貴女を置いて、僕ひとりだけがパーティを楽しんでいられるでしょうか」
眉根を下げ、ジェイドは切に心を痛めたような顔をする。この言葉に決して偽りはない。彼女は元いた世界を思い出して寂しさを覚えるのか。それともこの場を居苦しいと思うのか。彼女が悩み苦痛に思うことがあるのならば、ジェイドはそれを理解していたいと望み、分かち合うことも厭わない。
「別に大したことではないのに……」
なおも彼女が逃れようとすると、指を絡ませた手をジェイドは締め付けるように握る。フードで覆い隠した彼女の顔を覗き込めば、彼女は困り顔でちらとジェイドの顔を見た。引く気もなく、彼は一心に彼女に視線を注ぎ続ける。
それに押されて彼女はようやく観念して息をついた。彼女も彼女で、ジェイドには弱い。
ジェイドを見るために光に彼女の瞳が晒されるときらりと輝く。この瞳が先程言いようもなくジェイドには寂しげに見えたから、放っておけなかったのだ。ジェイドが握る彼女の手がきゅっと握り返してくる。
「……ジェイドさんとパーティを楽しんでいるお客さんたちが、私にはどうしようもなく羨ましかっただけです」
心を見せた彼女の頬に薄紅がさす。それだけ、と面映ゆそうな様子で彼女はジェイドに笑いかけた。ジェイドは彼女の思いもかけない言葉にきょとん、としてしまう。
――――僕……?
彼女の寂しげな眼差しの意味、それは元の世界やこの世界の煩わしさなどというものでは無いのか。彼女にそのような色をさせていたのは他でもないジェイドであった。
一瞬事態が飲み込めなくて、ジェイドはぽかんと彼女を見つめてしまう。大人げないでしょう、と彼女が先の言葉を後押しするので、ジェイドはようやく彼女の心を手に取る。
「……っ」
きゅう、と心臓まで締め付けられる苦しみは喜びと言える。ジェイドは彼女から顔を逸らし、空いた手で己の緩む頬を覆い隠した。彼女はジェイドの行動を気にかけ、そしてジェイドが考えもしなかった心を抱いてくれたのだ。
――――なんて、かわいいお人でしょう。
僕ばかりがいつもはこのような感情を抱いては諭されてきた。この世界に一線を引く彼女であるから、そんなことになど頓着をしないのだと思っていた。僕ばかりがこんな気持ちを抱くのだと、少しばかり寂しさを抱いたこともあった。
だが、そうではなかった。彼女だって明確にジェイドを思慕するゆえの心を持つ。ジェイドを慕って他に悋気を抱くこともあるのだ。それが堪らなくジェイドにとっては嬉しい。心はきちんと対等にあるのだと知らしめられること。それはいつでもジェイドの幸いだ。
「それはそれは、僕としたことが……。貴女をそんなにも寂しがらせてしまっていただなんて」
ジェイドは陶酔した声色で囁く。今すぐにでもこの腕にその小さな体を抱きしめてしまいたい。だがこれ幸いと、欲望は押し込めてジェイドはニヤリと口元を歪める。
「しかし今日はこの島に来てくださったお客様が主役ですから。僕はキャストとしてお客様に最高の夜を提供しなければ」
そのように本心を明かしてくれた彼女にあまりにも素っ気ない言葉を吐く。彼女が寂しいと思うのならば、もちろんジェイドがそれを癒したいと思う。しかしこれは駆け引きだ、もっと彼女から自分を求める言葉を引き出したいという気持ちが勝る。普段は自分ばかりが求めさせられるのだから、これくらいはいいだろう。
「ですが、僕たちの仲で一体何を遠慮することがあるでしょう? 他でもない貴女が願って下さるならばその限りではありません」
ジェイドは握りしめた彼女の手を持ち上げて、指先に口付ける。彼こそが希う瞳でさらに彼女に語り掛けた。
「貴女さえ許してくだされば、付きっきりで貴女の傍でハロウィーンをお祝い致します」
僕は魂まで貴女のものでしょう、そうやってわざとらしいほど恭しくジェイドは申し上げる。ここまでお膳立てしたのだ、もっと心を晒してくれてもいいだろう。強く求めさせられるジェイドは彼女の言葉を待つ。
血液の色、赤の眼差しはジェイドを見て瞬いた。それをやんわりと細め、自分の手を握っていたジェイドの手を今度は彼女が握り引き寄せる。そうして黒いフードの中でジェイドの手にすり、と白い頬を擦り寄せた。
「楽しそうなジェイドさんの時間を奪うことは本意ではない。お客様のお相手をしているジェイドさんを見ていて少しくらい妬ましくても、私も楽しいのですし」
ジェイドが息を飲むのと同時に彼女の赤は、おぞましいほどの色気を持ってジェイドを覗きあげる。
「……でも、よければ」
先程ジェイドがしたように。桜色の唇がジェイドの黒く塗られた爪に落とされる。妖艶な眼差しはジェイドだけを見つめて、そうっと彼の手を下ろして収めてしまう。
「存分に楽しんだジェイドさんのハロウィーンを私に教えてください。待っていますから」
それはまた、誰も知らない密やかな夜に。その時はジェイドの語る物語をと約束する。仰せの通りに。ジェイドがかなわないとばかりに眉根を下げれば、彼女は満足げに喧騒の方へと足を向けた。
「ハッピーハロウィーン、ジェイドさん」
そう言って彼女は振り返りもせずに、人混みの中へと消えていく。熱を持った指先を抱いてジェイドも祝いの言葉を繰り返す。
「ハッピーハロウィーン……」
どうか貴女にとっても素晴らしい夜となりますように。