恋風 IFストーリー短編
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「まさかマネージャーのスリーサイズも頭に入ってるのか」
扉を開けた瞬間に耳に飛び込んできたのは、聞きなれた声の主らしくない言葉だった。
一瞬、理解が追いつかなくて思考が固まる。花織は緩慢に瞬きしながら部室の中へと視線を向けた。こくん、と生唾を飲み込む。
まさか、よりによって……。もしかするとさっき聞こえたのは空耳だったのかもしれない。思わず花織はそんな現実逃避をしたくなる。だが、彼の声を花織が聞き間違えるはずもない。
部室の中にいたのは風丸と、そして鬼道だった。部室に無造作に置かれた机を囲んでいる。
椅子にかけていた二人は、花織の気配に気づいて視線を向けた。鬼道はともかく、風丸は花織を見るなりあからさまに表情をひきつらせる。二人の視線に耐えかねて花織はサッと目を逸らした。
風丸と鬼道、今の花織にとっては少々複雑な取り合わせだ。風丸との関係が終わった日のことを、鬼道を傷つけてしまった時のことも。昨日の事のようにはっきりと覚えている。
気まずい空気の中、花織は平静を装いつつ部室の端で洗濯物を片付けるフリをした。動揺を隠そうとしているのに指先が震える。二人の視線が自分の背を見つめているようで落ち着かなかった。
何も聞いてませんよ、そんな顔をしていたが心中は穏やかではない。さっきの、風丸の声で放たれた衝撃的なセリフが耳にこびりついて離れないのだ。
一郎太くんと鬼道さんってそんな話するんだ……。仲がいいのは、分からないこともないけど……。
チームの中でも年齢以上に落ち着きのある二人だ。風丸においても鬼道においても、花織はチームメイト以上に彼らの事を知っているつもりだった。なのにまさか、あんなことを話しているなんて……。
一郎太くんはどうしてそんなことが気になるの? まさか秋ちゃんたちのことが気になる、とか……? 胸の奥がザワザワと嫌な感覚に晒される。
鬼道さんは一郎太くんの質問になんて答えるんだろう……。思わず棚の備品を取り落としそうになる。聞くべきではないと分かっていながら、花織は聞き耳を立てずにはいられない。
部室の中には長い沈黙があった。ちっとも進まない作業に手を動かしながら、花織は彼らが動き始めるのを待った。この空気の中で、とてもじゃないがさっきの話は続かないか。花織がそう思った時だった。
「……知ってる訳じゃないよな?」
掠れた声が念を押すように強く語りかけた。少しだけ上擦ったその声は、静まり返った大袈裟に響く。わざとらしいその声の意図にも花織は気づいていた。
風丸は、花織に言い聞かせているのだ。さっきの発言はあくまでも何気ない冗談に過ぎないこと、そして実際にそんなものは知らないのだと。
面と向かっての花織と対話を避けている彼だ、苦肉の策を展開している。
「そうだろ、鬼道?」
さらに風丸が鬼道に同意を求める。余裕ぶって腕を胸の前に組んだが、おぼつかない動きをしていた。
花織が気づいているかは定かではないが、風丸の口調の中には弁明と共に鬼道に対する牽制が見え隠れしていた。
まさか、本当に花織のスリーサイズを知ってるわけじゃないだろうなと……。彼の声には隠しきれない想いが滲んでいる。その心の揺らぎが彼の表情や指先には表れていた。
「……フッ」
水を打ったように静かな空間の中、鬼道の笑う声が存在感を放つ。間髪入れずに続けられた声には挑戦的な響きがあった。
「知らないと思うか?」
「……っ」
鬼道の言葉は答えを明言している訳では無い。だが、彼の声色とその端的な言葉は”知っている”と言わんばかりに聞こえた。
聞き耳を立てていた花織の手が止まる。あまりにも大胆な鬼道の言葉に揺れ、面映ゆさから唇を噛む。
鬼道なら、知っていても不思議ではないかもしれないが……。そう思ってしまうのはこれまでの関係性のためか。怖々、花織は二人の方へ視線を向ける。
鬼道は平然としていたが風丸の方はそうではないようだ。深く眉間に皺を刻んでいる。
「……っ、その発言はまずいだろ」
風丸の表情は苦虫を噛み潰したようだった。チラと花織を横目で見てすぐさま逸らす。
もう一度戻した視線は、これ以上口を開くなとキツく鬼道を睨みつけていた。
しかしながら、全く意にも介していないというべきか。鬼道は飄々としたものだった。不敵な笑みを浮かべ、彼は悠然と足を組みかえる。
「そうだな……、本人の前だ」
鬼道の瞳が鋭く花織を射竦める。花織はは、と息を吐いたが口にすべき言葉はひとつも見つけられない。花織の動揺を手に取るように拾いながら鬼道が畳み掛ける。
「だが、好きな女のことはなんでも知っておきたい。……そういうものだろう」
ゴーグルの奥に鮮やかな赤が覗く。彼の瞳は花織と風丸に向け、異なる笑みを浮かべる。それがいっそう、風丸を刺激したようだった。
「……おい」
鬼道の挑発的な言葉に対し、風丸は酷く冷めた声色を返した。何一つ言い返せる立場にない。花織とは今や、特別な関係にはない。
風丸はそれ以上は何も言わなかった。
しかし目は口ほどに物を言う。忌々しげに鬼道を睨むその眼には強い感情が滲み出ていた。二の腕を掴んだ指がぶるぶると震えている。
「……」
睨み合いは続く。花織は何を言ったものか、口を挟むべきかとおろおろするしか無かった。だが、どう口を挟めようか。
入ってきた時とは異なる気まずい空気が部室を包む。このささやかな冷戦は、他の部員たちが部室になだれ込んでくるまで続けられた。
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