恋風番外編 短編
部屋の窓に掛かった桃色のカーテンをそうっと開く。こんな時間、いつもならばひそやかな夜がいつになく明るい。家々にまだ明かりが灯っているのだ。というのも、今日が一年の最後の日、大晦日であるからだろう。
[#dn=1#]はそう思ってカーテンから外を覗いた。[#dn=1#]も今日家族と豪勢な夕食を食べ、先ほどまでは年末の特別番組を見ていた。年越しそばも食べたことであるし、あとは新しい年が来るのを待つだけ。
零時まではあと五分、刻々と時間が迫っている。今年は充実した一年間だったけれども、今年の最後に[#dn=1#]はやっておきたいことがあった。だから母親にもう年が明けるのだから後になさいと言われたリビングを抜け出して、部屋に戻ってきた。彼女は携帯を手にしてメッセージアプリを開く。
その中で少し寄り道をして鬼道有人のメッセージ画面を開き、「よいお年を」と一言送った。きっと想像するに鬼道の家の年越しは素晴らしく豪華なものなのだろう。もしかするとパーティーなどを自宅で開いていて忙しいかもしれないなと[#dn=1#]は思った。画面を閉じて、[#dn=1#]は本題に戻る。風丸一郎太の名前を開き、通話ボタンを一瞬迷った指先で押して携帯を耳に押し当てる。何度かのコールの後に彼が電話に出た。
「もしもし、[#dn=1#]?」
「もしもし……、一郎太くん?」
愛しの彼、風丸一郎太の声が聞こえて[#dn=1#]は思わず表情が綻ぶ。暗い夜に光が灯ったような気がした。彼の声に耳を欹てながら、[#dn=1#]は電話に語り掛ける。
「あの、今大丈夫だった?」
「ん? ああ、家族で過ごしてるところだった。でも[#dn=1#]から電話が来たから抜けてきたんだ」
風丸のその答えを聞いて、わざわざ申し訳ないという気持ちと自分のために、という気持ちが[#dn=1#]の中で入り乱れる。[#dn=1#]はありがとう、と呟くとふーっと電話に息を吐いて呟いた。
「今年の最後に、一郎太くんの声が聴きたかったの。だから私もお父さんとお母さんのところから抜けて電話しに来ちゃった」
「……あ、そうなのか。……っ、なんか嬉しいけど照れくさいな、そういうの」
風丸の声が電話の奥で少し籠る。[#dn=1#]はその声を愛しく思いながら電話口で囁く。時計をちらと見た。あと少し、もう数十秒。
「一郎太くん、大好きだよ」
「ああ、俺も[#dn=1#]が好きだ。来年も一緒にいような」
愛の言葉を交わして数秒、ゴーンと外界から除夜の鐘が聞こえる。年越しだ。新年を迎えて風丸と[#dn=1#]は電話口でくすくすと笑み、そしてまた言葉を掛け合った。
「あけましておめでとう、[#dn=1#]」
「一郎太くんもあけましておめでとう。今年も一緒にいてね」
「ああ」
[#dn=1#]、と遠くで母が呼ぶ声が聞こえる。[#dn=1#]は電話を握り、彼に囁いた。
「もう行かなきゃ。……おやすみ、今年は去年より一緒にいようね」
「もちろん。じゃあ、おやすみ。[#dn=1#]」
ぷつん、と音を立てて繋がれていた電話が切れる。彼の声を聞けて年が終われてよかった、彼の声から新年を始めることができてよかった。[#dn=1#]はそう思いながら今も自分を呼ぶ母親の声にようやく返答したのだった。