恋風番外編 短編


 
 視界を彩るのは赤や緑にキラキラと輝くイルミネーション。それによって寒々しい夜の色は華やかさに満ち満ちて、行き交う人々の足取りさえも軽やかに感じさせる。耳に届くのはこの季節を象徴するテーマソング、クリスマスソングばかり。人々が浮足立つそのクリスマスの喧騒の中、一人の少年は浮かない面持ちで商店街を歩いていた。
 
 青い髪をさらりと靡かせて、少年はきらびやかなショーウインドウから紺碧の空へと視線を向ける。吐き出したため息が白く滲んで、彼の外気に晒された首元を覆う。凍てつくように外は寒かったが、その寒さが気にならないほど少年、風丸一郎太は表情に思案を浮かべて目を伏せた。
 
 恋人である[#dn=2#][#dn=1#]への贈り物が決まらない。
 
 今日はクリスマスイブ、だがこの土壇場になっても風丸の頭には彼女へ相応しい贈り物のイメージというものが全くと言っていいほど浮かばなかった。十二月に入ってから、初めてできた恋人である彼女に何を贈るべきだろうとずっと考えている。インターネットで恋人への贈り物へのおすすめ記事はいくつも読んだし、クリスマス特集などと銘打っている雑誌を買って彼女に贈るべきプレゼントは? などという記事も読みこんだ。

 だがそれでも彼女に贈るには納得のいかないもの、はたまた風丸の予算では手の届かないものばかりでプレゼント選びは難航していた。こうして練習後に[#dn=1#]に内緒で店を巡り歩き、形のない何かを探す日々。
 
 風丸くんが心を込めて贈ったものなら、[#dn=1#]ちゃんは何でも喜んでくれるよ。
 
 とうとう今日、困り果てて[#dn=1#]と仲の良い秋に[#dn=1#]に何を贈ればいいだろうということを相談した。だが返ってきたのはそんなふうな答えのないような答えであった。確かに[#dn=1#]はどんなものを贈っても喜んでくれるだろうとは思う。でもそうではないのだ。[#dn=1#]にとって相応しい何か、そうでなければいけない。
 
 [#dn=1#]とは今日の午後七時に鉄塔広場で待ち合わせをしている。明日も練習で、そのあとにはサッカー部でのクリスマスパーティーを行う予定になっている。だから[#dn=1#]とふたりきりで過ごせるクリスマスの時間は今日のその時間しかなかった。
 
 現在時刻は午後六時十八分、もう時間が無い。時間にはきっちりとした[#dn=1#]のことだから、きっとそろそろ鉄塔広場で自分を待っていることだろう。風丸は急ぎ足で商店街を歩きながら、視線を商店街のショーウィンドウへと落とす。びゅうと吹き付けた冷たい風に首を竦めた。
 
 それにしても一体どうしたものだろうか、思い悩む風丸の目にクリスマスイルミネーションの中でもきらりと一際輝きを受けたようなその存在が目に入った。風丸は目を奪われて、その店の前で足を止める。はあ、と白い息を再び吐きだす。
 
「……これだ」
 
 彼は惹かれるがまま、店の中へと足を進める。目に入ったそれを手に取り手の中で光に翳してみる。それは風丸の手の中、色とりどりの光によってきらきらと美しくに輝いた。風丸は感嘆の息を漏らす。
 
 彼が手に取ったのはキラキラと上品に輝く石で縁取られた美しい髪留めだった。
 
 [#dn=1#]の姿を明瞭に風丸は脳内で夢想する。彼女のチャームポイントでもある艶やかな黒髪を特に思い浮かべた。風丸は誰よりも[#dn=1#]の髪は美しいと思っていた。

 なのに彼女はいつも髪を飾ったりしない。長く真っすぐな髪なのだから、それはそれでとても魅力的なのだが、たとえマネージャーの仕事で髪を結う時であっても彼女は色気のない黒ゴムで髪を纏めた。
 
 彼女が髪を纏め、自分とお揃いにしてくれるとき、[#dn=1#]の髪にこの髪留めが輝いていたら。それはさぞ美しいだろうと風丸は思った。[#dn=1#]の魅惑的な髪の魅力をより引き立て、光を映しては煌びやかに輝くだろう。想像するだけで表情が綻ぶ。
 
「贈り物ですか?」
 
 店員の声に風丸は我に返る。時刻は午後六時三十九分。急がなければ遅刻してしまう。風丸は頷いて店員に髪留めを差し出した。店員は風丸の表情に心得たように微笑み、ではこちらへと風丸を店の奥へと促した。
 
 ***
 
 白い息がふうっと空へと舞い上がる。彼女の視界に映る時計を覆って、それは夜の闇に溶けていった。もうすぐ彼は来るだろう。[#dn=1#]は彼のための贈り物の包みを腕に抱えてベンチに腰かけていた。彼と共に過ごす時間が待ち遠しくて、約束した時間よりもかなり早い時間からここで彼を待っている。それでも寒さはさほど気にならなかった。
 
「[#dn=1#]!」
 
 自分の名を呼ぶ声に[#dn=1#]は立ち上がる。彼女の表情は彼を見つめて綻んだ。彼は息を切らせてこちらへ走ってきた。[#dn=1#]の前で立ち止まり、[#dn=1#]を見つめて静かに呼吸を整えている。[#dn=1#]は目を細めて、風丸に微笑みかける。
 
「すまない、遅くなったな」
「ううん。……急いで来なくてもよかったのに」
 
 風丸の苦しそうな様子がおかしくて、[#dn=1#]はくすりと笑う。本当に、彼が急ぐ必要なんてなかったのに。[#dn=1#]は彼を待つのが好きなのだから、多少遅れたところで気にしたりはしない。だが風丸は首を横に振って[#dn=1#]の手を取った。氷のようにひやりと冷たい彼女の手。一体どれだけ長い時間、ここで自分を待っていたのだろうと風丸は思った。
 
「手、冷たいな。待たせて悪かった」
「全然待ってないよ。……一郎太くんの手、温かいね」
 
 走ったせいで血の巡りが良くなっており、[#dn=1#]の手を握る風丸の手は温かだった。[#dn=1#]は風丸を見上げて髪を揺らす。
 
「今は、着けなくてもいいのかな」
「え?」
「ううん。……はい、一郎太くん。クリスマスプレゼント」
 
 [#dn=1#]はそう言って風丸に腕に抱えていた青い包みを差し出した。風丸は[#dn=1#]の手を離してその包みを受け取る。軽くて、柔らかいものだった。風丸の手にプレゼントが渡ると[#dn=1#]は開けてみて、と風丸に促した。風丸は言われるがまま、包みを開ける。
 
「マフラー……」
「一郎太くん、いつも首が寒そうだったから」
 
 包みから出てきたのは紺色の手編みのマフラーだった。[#dn=1#]は風丸の手からマフラーを受け取って彼の首に巻き付ける。この冬、風丸はマフラーをしていなかった。時々寒そうに首を竦めているのを[#dn=1#]は隣で何度も見てきていたら、プレゼントはマフラーがいいだろうとずっとこの冬に入ってから思っていたのだ。
 
「私が編んだの。……だからお店で売ってるのに比べると見劣りしちゃうけど。その分、気持ちは込めたから」
 
 ぎゅうと首に巻かれたマフラーを握りしめて、風丸が口元をマフラーで覆い隠す。そうか、俺の為に[#dn=1#]が編んでくれたのか。嬉しくて思わず表情が緩む。数秒はその喜びを胸の中で噛み締めていた。だが自分も彼女に贈り物を用意したことを思い出して風丸は我に返る。
 
「ありがとう、[#dn=1#]。……俺も[#dn=1#]にプレゼントがあるんだ」
 
 風丸はそう言ってポケットから小さな箱を取り出した。自分が彼女のために探し求め続けた、そうやってやっと決めた贈り物。彼女はそれを手に取って静かに箱を開けた。箱の中身は街灯の光を受けてきらりと煌めいた。
 
「これ……」
「髪留め。……[#dn=1#]の髪に似合うと思って」
 
 照れくさそうに風丸がはにかむ。[#dn=1#]は目を伏せ、胸に一度その箱を抱きしめて幸せを落ち着けようとするように大きく息を吐いた。ほんのりと頬を桃色に染めて[#dn=1#]が風丸に微笑む。
 
「ありがとう、一郎太くん」
「ああ。……よかったら、着けてみてくれないか」
 
 風丸の言葉に頷いて[#dn=1#]は箱からそっと、髪留めを取り出す。そして長い黒髪を纏め、高い位置でその髪留めで括り上げた。彼と同じ髪型。その髪を纏めきらきらと上品に髪留めが街灯、月明りなど様々な光を映して輝いている。風丸がきっと似合うだろうと想像した通り彼女の髪にそれは良く似合った。
 
「綺麗だ、[#dn=1#]。……よく似合ってる」
「……ありがとう。また大切なものが増えちゃった」
 
 そう言って[#dn=1#]は小指に指輪を付けた左手で、そっと胸元を握りしめる。風丸は微笑んだ。風丸が贈ったものすべてを大事に大事にしてくれている彼女を改めて愛おしいと思った。風丸は[#dn=1#]の左手を取って、鉄塔広場の柵の際まで移動する。

 この場所からは星の輝く夜空と、クリスマスイルミネーションで彩られた街を望むことができた。あまりに美しい景色に圧倒されて、ふたりは手を握り合ったまま景色を見つめる。そしてどちらともなく視線を通わせ、微笑みあった。
 
「メリークリスマス、[#dn=1#]」
「メリークリスマス、一郎太くん」
 
 強くお互いの手を握りしめる。離れないように、いつまでも一緒に居られるようにと願いを掛けて。
 
「[#dn=1#]と一緒に今日を過ごせてよかった」
「私も。……一郎太くんと一緒に居られてよかった」
6/15ページ
スキ