FF編 八章
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サッカーボールを足の甲で力強く押し上げた。中の空気が弾けるボンッ、ボンッという小気味のいい音がリズムよく心臓に響く。地面に落とさないよう着地点を予測し、足の動きで再び宙に蹴り上げる。力をわずかに強めて膝の上へ。つまるところ、リフティングだ。サッカーを始めたばかりのころと比較すると随分と長く続けられるようになった。
足に響く衝撃と共にボールが跳ねる。ボールが足に吸い付く感覚は日ごとに身体に馴染んでいた。始まりはサッカー部のマネージャーとして恥じない存在であるために。なにより風丸のためにと義務的にボールに触れてみたにすぎない。サッカーの練習をすることは花織にとって、風丸の隣を走るため必要な投資のはずだった。
しかし泥にまみれて日々サッカーと向き合い続けることで花織の中に変化が生まれている。きわめて純粋にボールを蹴ることの楽しさ。無心でボールを追いかけることは、陸上のトラックで自分を追い込む感覚に似ている。
何物にも縛られない、どこまでも自由に駆けていけると根拠のない自信が漲る。風丸と共にボールを蹴り合えば己の成長を感じられる。ただ少しだけ問題なのは……。
「……っ」
小さく息が詰まる。膝でボールをキープしようとした拍子に花織は胸を軽く抑えた。大幅に膝を上げると波打つように衝撃が身体を走る。決して太ったわけではないはずなのだが……。誰に見られているわけでもないのに胸元を無意識に抑えてしまう。
近頃どうにも重い、と感じることがある。ウエイトが増えているのなら身体をもっと絞ったほうがいいのか。これ以上絞るのならばより激しい特訓が必須になる。どうにかしてイナビカリ修練場で特訓する方法を探したほうがいいかもしれない。近頃は彼との間に生まれ始めた実力差も気になる……。とはいえ、風丸に嫌な顔をされてしまうかもしれないが……。
そんな尽きない思考をボールと共に蹴り続けている、その最中のことだった。
「花織ちゃん、パースっ‼」
悶々とした気持ちを裂く声が響く。視界の端で見覚えのある姿を捉える。花織は息を堪え、身体を捻りながら振り向きざまに彼の方へとボレーキックでボールを送った。綺麗な放物線を描いたボールはグラウンドの土の上をワンバウンドして、声の主のもとに到達した。
「おっナイスパス、花織ちゃん」
彼は花織が送ったボールを軽々と胸でトラップして地面にボールを縫い留める。
「おつかれさま、土門くん」
静止すると途端に汗がじわじわと浮かぶ。花織は額の汗を拭いつつ返答すると、私服姿の土門はひらっと手を挙げた。散歩でもしていたのだろうか。快活な笑顔が太陽のもとで眩しく輝いている。
「腹ごなしに運動か? ひとりで?」
「うん、まぁ……、そんなところ」
土門が足元へ転がしてきた軽いパスを内足で受け止めながら花織が曖昧に頷いた。この時間は花織にとってルーティーンワークの一環ではあるが、彼の言うこともあながち間違ってはいない。
今から二時間ほど前、雷門中サッカー部は雷雷軒に集合して地区予選優勝の祝賀会を行っていたのだ。腕を振るってくれた響木監督の料理がおいしくてついつい食べ過ぎてしまった。お腹の状態が落ち着いてようやく練習を始めたところだった。
「風丸は? 今日は一緒じゃないの?」
「いつも一緒ってわけじゃないから……」
きょろきょろと周囲の土手を見渡し、土門はいないと言っているはずの風丸の姿を探した。風丸がいないことが不思議で納得していないといわんばかりの仕草に花織は苦笑を漏らした。
恋人同士であるとはいえ、風丸と四六時中離れず一緒にいるわけではない。お互いに友人との付き合いや用事がなければ共に下校するか、週に二回程度ふたりで練習をするくらいのものだ。花織自身の体力維持や基礎練習は普段から花織ひとりでこなしている。
「土門くんさえよかったらだけど……」
足先でボールを蹴り上げて手の中に納める。静かに闘志を秘めた眼差しを花織は土門に向けた。
「練習相手になってくれないかな。せっかくだし」
いい機会かもしれない。胸の奥に微かな炎が点る。風丸以外の人間とサッカーも確実に彼のための経験になる。テクニック重視の土門との練習から盗める技術もあるかもしれない。彼との練習は自分のため、そして確実に風丸のためになると花織は踏んでいた。
「おっ、いいねえ。望むところってやつだな。実は俺、前から花織ちゃんの実力が気になっててさ~」
飄々としていながらも、花織の挑戦的な視線に中てられてか土門は乗り気だ。わざわざ大袈裟に腕まくりをするふりまでもして見せている。彼のそのコミカルな仕草に花織はくすっと笑みをこぼした。
「ありがとう。それじゃあ」
手のひらから零したサッカーボールが乾いた地面と接触して軽く跳ねる。凪いでいた風が吹きつけて、ざわざわと周囲の夏草を揺らすのを横目に足を踏み込む。凛とした気迫を眼に宿して相手を見据えると同時に、踏み込みの衝撃で流麗に黒髪が舞い上がる。風を纏って花織はスタートを切った。
「お手並み拝見、だね」
❀
「はあっ、はあっ……、ふー」
彼らの足が完全に止まったのは、小学生の子供たちの賑わいが増え始めたころだった。乱れた呼吸を整えるため、土門は軽く肩を上下させながらよたよたとグラウンドのラインをまたいだ。そしてどっかりと河川敷の土手の上に腰を下ろす。
パス練習はさわりだけで、ほとんど一対一に没頭していた。この練習は土門にとって想像外のことばかりだった。
初めは女の子だからと手加減をするつもりだったのだ。毎日練習しているらしいと聞いていたが、それでもサッカー部の練習のような密度でやっているはずはないのだからと。だが、抜いたと思っても執拗に食い下がる花織を振り切るのにはたとえ土門であっても骨は折れた。おそらく試合をフルでこなせる基礎体力がある。
それにあの男顔負けの爆発的なスピードには舌を巻かざるを得ない。陸上で鍛え上げられた身のこなしは羽のように軽くてしなやかだった。土門との圧倒的な実力差を高い機動力と体力の力技で埋めようとしていた。
「あつー……」
ぱたぱたと土門は服の襟首をつかんで、胸元に風を送り始めた。散歩に出たときは、まさかこんなに走らされることになるとは思ってもいなかった。お遊びの軽いマッチアップのつもりが、蓋を開けてみれば普段の雷門での特訓と遜色のないハードな練習になるなんて。
「はい、土門くん。付き合ってくれたお礼に」
座り込んで短く息を吐いていた土門の視界に結露濡れたペットボトルが差し出された。見上げれば、息を弾ませながらも爽やかな表情をした花織がスポーツドリンクのボトルを差し出している。今しがた、すぐそばの自動販売機で購入してきたらしい。彼は遠慮なく花織の手からそれを受け取り、三分の一ほどを一気に喉を鳴らして煽った。
「っはー、サンキュ。……にしても、さすがだな花織ちゃん。体力もあるし、基礎ができてるっつーか……。風丸が俺らに話したくなるワケだわ」
冷えたペットボトルを火照った首筋に当てつつ、土門がさきほどの攻防戦を振り返る。
前々から土門は、何気ない雑談の中で風丸が花織と練習をしているという話を耳にしていた。鬼道のために情報を集めていた時には、それこそ根掘り葉掘りと花織の情報を聞きまくったことさえあるのだが……。風丸は土門の探りに対して常に花織との練習を楽しそうに話していた。持ち前のスピードを褒めちぎり、ボールに食らいつく姿勢を絶賛し、たまに見せる思いにもよらない大胆さに驚いたと熱弁していた。こうしてボールを蹴り合う前は、可愛い彼女を過大評価して無意識に惚気ているだけだと話半分なところもあったのだが……。実際は噂にたがわぬ、いいや噂に勝るとも劣らない実力者だった。
「私、元帝国学園出身だから……。これくらいはできないと」
土門の隣に腰を下ろした花織が涼しい顔をして言った。ボールを抱えて、持参した水筒を傾けている。先ほどのプレーをできて当たり前とする花織に土門は一本取られたと額を叩く。
「あちゃ、そうだった」
「うん。……でも、まだまだ足りないところばっかり。これじゃ一郎太くんの練習相手として不足だと思うの」
「風丸の?」
首を傾げる土門に小さく、しかしどこか重々しく花織が頷く。汗に濡れた黒髪を指先で整え、そして首筋をタオルで拭いながらも、花織の視線は密かな信念を込めて膝の上のボールへと落とされていた。
「私は一郎太くんと走りたいの。彼と走る時間が楽しくて……。でも、隣を走りたいなら相応の努力が必要だって思ってる。対等な練習相手として、私は一郎太くんの役に立ちたい」
澄み切った確固たる芯のある声だった。彼女には高い目的意識があり、己の実力不足を厳しい目で見ていることも伝わってくる。花織はおそらく本気で選手と自分の能力を比較しているのだ。日々イナビカリ修練場で人間離れした特訓する彼らと、自らの間に実力差が開くのは当然のことだと理解していながら。
「十分上手いと思うけどな~、俺だってもうへとへとだぜ?」
頑なな花織の心を汲みつつ、土門は両手を上げ少し大げさに首を竦めて見せた。実際、土門の言葉は慰めのお世辞ではない。先の花織の実力は仮に雷門中のチームの中に組み込んだとしても、きちんと機能するだろうと彼は思っていた。だが、花織自身がそれを納得していない。
「ううん。今日、土門くんと練習できて改めて分かった。もっと練習しなきゃってこと」
機会をくれてありがとう、と微笑みながらも花織の瞳には揺るぎないストイックさが滲んでいた。一切の妥協を許さない、強迫観念に等しい向上心には懐かしい面影を見そうになる。上昇志向の強い花織のその気質は、懐かしの帝国学園を想起せずにはいられない。帝国にはそういう奴らが大勢いた。
彼女のこの危うい気質は生来のものか、それとも誰かに叩きこまれたのか……。ある一人の男の姿が脳裏をよぎった瞬間、邪推は良くないと土門は慌てて頭を振る。
「つか、花織ちゃんってさ、マジで風丸のこと大好きだよな~。風丸のためーってさ、こんな彼女だったらアイツも大事にしたくなるわけだ」
深追いよそうと軌道修正を試み、場の空気を和らげるためにこやかに笑いかけたつもりだった。だが土門の安易な思惑とは裏腹に、花織は彼の言葉にいっそう暗く表情を陰らせる。活力に満ちた眼差しに泥濘とした憂いが落ちたように感じた。風に靡く髪を抑える手が微かに震えている。
「……花織ちゃん?」
また何か地雷でも踏んだか……? 土門は不安を覚えつつ花織の顔を覗き込んだ。訪れた短い沈黙の間、花織は自分の感情ごと呼吸を止めているようだった。彼女は躊躇い少し迷ったようだったが、息を止め続けられなくなって、ぽつりぽつりと内心を土門に打ち明け始める。
「……私は、一郎太くんに大事にしてもらえるような人間じゃない。だから自分の気持ちを誤魔化したくて、今日は」
そこまで口にして花織はわずかに薄い唇を噛んだ。揺れていた瞳が言葉を溜めるようにしてきつく伏せられる。
河川敷グラウンドから遠く聞こえる無邪気な子供の声、木々のざわめきの中に溶けてしまいそうな花織の儚さが際立つ。その正体が掴めずに土門が困惑して花織を見つめていると、花織は自嘲を込めた脆い微笑みを浮かべて土門を見上げてきた。
「お願い事ばっかりで申し訳ないんだけど……。相談に乗ってほしいの。帝国にいた頃の私を知ってる土門くんに」
「……オーケー、別に構わないぜ」
ここでノーと答える選択肢もない。土門は神妙な顔をして花織の言葉に頷く。花織はなおも奥歯にものが挟まったかのように顔を顰めていたが、それでもはっきりとした逃げの無い口調で言葉を切り出した。
「前に私、土門くんにこう言ったよね。”私は一郎太くんが好きだから、鬼道さんのことは関係ない”って」
「……ああ」
「あれは嘘なの。私、本当は鬼道さんのことが好きだった。酷いこと言われてもずっと忘れられなくて……。でも、一郎太くんはそれを知っても一緒にいようって言ってくれた。私が鬼道さんに未練があるから別れようっていっても、それでもいいからって言ってくれて」
「……⁉」
水を差してしまいそうになるのを土門はやっとの思いで押し留める。花織の言葉には土門にとって想定外の事実が含まれていた。
未だに花織が鬼道に想いを寄せているのは、彼女を見ていれば薄々と感じていたことだ。だが風丸と花織の間に”別れる”などという選択肢が存在していたことには心底驚かされた。いつもあんなに仲がいいふたり。秋葉名戸のときだってチームに隠れてコソコソいちゃついていたくらいだ。
「今は別れたいなんて口が裂けても言えないくらい一郎太くんが好き。……でも、鬼道さんへの気持ちが捨てられない」
「……」
「時間が経てば鬼道さんのことは忘れられると思ってた。一郎太くんといればいつか時間が解決してくれるって。……だけど」
伏し目がちの黒が気まずさと罪悪感に膜を張る。花織の痛切な表情から土門はすでに言葉の先を察していた。
「地区予選決勝の日、鬼道さんに告白された。総帥と袂を分った今なら言えるって……」
総帥と袂を分った今なら。その言葉ひとつで全てのピースが噛み合ってしまうことを土門は理解してしまった。すなわち、月島花織に明確な好意と執着を見せている鬼道が花織を冷酷に拒絶した理由は花織を嫌ったからではなかった。絶対的な影山総帥の存在のもとで、花織への恋心を抑圧し、切り捨てるしかなかったということだ。
帝国学園の総帥だった影山は目的のためなら手段を選ばない。雷門中をフットボールフロンティアに出場させないため、バスへの細工を指示しスタジアムに鉄骨を落とす計画を平然と企てた男だ。もし仮にその男に仮に花織が目をつけられていたなら、鬼道を誘惑する女だと危険視されたならば。鬼道が憎まれることを承知で花織を傷つけて遠ざけなければ、今ここに花織は五体満足でいないかもしれない。
鬼道という男の行動の理由の核心に至る。鬼道有人、まさしく名の通りの道を歩いたかもしれない男に土門は言葉にならない感情を抱いた。ここに来て鬼道が花織を守るための選択をしていた可能性が浮上しているのだ。
「交際を求められて……返事は待つと仰ってくれたけれど……。私は、どうすればいいのか」
言葉に迷いながら、花織はそっと膝に抱えたサッカーボールを抱きしめた。ボールを逃がさないように抱き留める指が、自らの心を封じるように固く結びあっている。
「一郎太くんが好き。でも鬼道さんのことを今でも好きだと感じる気持ちがある。どっちかを私が選ぶなんておこがましいよ。二人とも私を救ってくれた大切な人なの、私にどちらかを選ぶ資格なんてない」
正しい答えが存在しない難問だ。土門は唸りながら花織から視線を外して空を見上げる。抜けるような夏の青空は、花織の心とは遠くかけ離れて残酷なまでに澄み渡っている。他人事とはいえ、土門が仮に花織の立場だったとしても答えを出せないと痛感していた。
「……正直、何が正解かは俺にも分かんないかな」
仮に花織の心の天秤が風丸側に傾いていたのだとしても、花織が鬼道の告白を拒絶することは精神的に不可能に近いかもしれない。
帝国学園という学生ながらに縦社会が存在する環境の中で、鬼道と花織の間には明確にあのころの上下関係が根付いている。鬼道の想いが明らかでなく傷つけられたと思っていた時でさえ、花織は鬼道に対して「鬼道さん」という敬称を崩さず、頑ななまでに彼を敬う口ぶりを貫いていた。
「花織ちゃん。あくまで、俺の考えはだけど……」
解決の糸口を探しながら土門が口を開く。とはいえ、やはり答えはでない。
贔屓目な見解だが、土門の中には鬼道の想いが成就してほしいと願う気持ちがある。鬼道の人柄は知っているし、彼が一年生の頃のことも土門は知っている。鬼道有人が花織にどれほど深く傾注し、心を砕いていたかを片鱗のみとはいえ知っていた。影山の支配から逃れた今、その真剣な純愛が実を結ぶことを願いたい。
だが、風丸が選ばれないのも間違っていると思ってしまうのだ。雷門に来てから、肩を寄せ合う風丸と花織の姿をこの目で嫌というほど見てきた。月島花織の身辺調査という名目で花織についての情報にふれるたび、彼らの周囲の仲間から、他ならない風丸自身から。風丸一郎太という人間ががどれだけ月島花織を大切にしているか、突き付けられる現実に触れてきた。
傍観者の土門でさえ、気持ちが揺れて答えはないと思うのだ。当事者である花織の決断にはより大きな重圧が掛かっていることだろう。選べないと泣き言をいう花織の苦悩は人間であればあまりに真っ当なのかもしれない。
しかし、未来を決めることができるのも、世界で唯一花織だけだ。
「……俺はさ、花織ちゃんが出した答えが正解だと思うよ。納得がいくまでとことん考えたらいいんじゃないか。アイツらだって、本当に花織ちゃんが好きならさ、気が済むまで悩ませてくれるだろ。あのふたりが花織ちゃんの気持ちを無視して無理強いするとも思えないしな」
風丸一郎太、鬼道有人。どちらも同世代の男子に比べて精神年齢は高い方だ。思慮深い性格で、自分可愛さに花織を振り回すとも思えない。花織が悩んでいる間にアイツらが新たにアプローチをしてくれれば、彼女の判断材料も増えるだろう。土門の答えは待ち、そして見極めることだと花織に告げていた。
「そう、だね……。うん」
花織は力なく微笑む。悩んでいいと言われたことに少なからず安堵したようだった。やっと気を許して笑った花織に土門もつられて頬を緩める。
風丸も鬼道も花織を想う気持ちには常軌を逸したものがある。そんな二人の気持ちが花織を苦しめることにはなってほしくないと思う。我ながらいい着地点を見つけられたんじゃないか、そう自画自賛する土門だったが一転、花織の言葉が彼を衝撃の中に叩き落とす。
「そのうち鬼道さんも、本当は私が好きじゃないって気が付くかもしれないし……」
「は?」
爆弾発言とは、まさにこのことだ。突拍子もない、すべての前提を覆す花織の言葉に土門は思わずあんぐりと口を開けてしまった。何を言っているのか分からない。鬼道が、花織ちゃんを好きじゃない? 散々ここまで、告白されたとまで話をしておいて、なぜそんな話になる?
「待て、待て待て花織ちゃん。鬼道さんが花織ちゃんを好きじゃない? なんでそうなったんだ?」
両手を前に突き出し、土門は全力でストップの姿勢を取る。混乱のあまりに声がひっくり返った。面と向かって告白されたってさっき言ってなかったか? 頭の中でぐるぐると先ほどまでの会話を反芻する。混乱する土門とは対照的に彼女は至極落ち着いていた。
息を一つはき、そして静かに彼女の中に在る理由を語る。さきほどよりも数度冷えた声色だった。
「鬼道さんは、私を妹の春奈ちゃんと重ねてるんだと思う」
この期に及んでそんなことがあるわけない。すぐにもそう言い返したかったが、土門はあまりの衝撃に絶句することしかできなかった。何が拗れてそんな結論を出しているのかは皆目見当もつかないが、花織の瞳には暗い確証があるように思えた。
「え、いや……え? そんなわけ、あるかなあ……」
否定を交えて土門は言葉を辛うじて濁す。妹と花織を重ねているだなんて、ありもしない仮定を肯定する気にはなれない。
音無春奈という実の妹の存在を鬼道が何よりも大切にしていることは間違いない。だが、離れ離れだった春奈を思うあまり春奈の影を花織に見ていた、という彼女の推論は的外れもいいところだ。もしそうなら雷門との練習試合で音無春奈の存在が確認された時点で花織への執着は終わりなはずだ。ここまで追いかけている必要性は微塵もない。
鬼道有人という男が、どれだけの情熱を月島花織という女に注いでいるか。それは昼間のように軽く明白だ。だが花織の纏う雰囲気が土門に有無を言わせない。
「……ええと、俺は違うと思うけどなあ……」
やんわりと土門が言葉を差し出しても花織は頑なに首を振るだけだった。わずかに土門の中で均衡が傾く。この恋路、どっちに肩入れするつもりもなかったが……。ここまで一途に思い続けた鬼道の気持ちが誤解されたままでいるのは釈然としない。一方的に決めつけてしまう花織を前に、もやもやとした焦燥を土門は抱かずにいられなかった。