FF編 第七章
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「おめでとう、一郎太くん」
存分にチームで勝利を分かち合い、解散のあと風丸と花織はふたりで帰路についていた。影山は逮捕されたがそれでも花織の安全を風丸は気にかけていた。疲労をおしても花織を家まで送り届けたいと譲らずに今に至る。
「おいおい、花織もチームの一員だろ。他人事じゃないんだぞ?」
「ふふ、そうだけどね」
並び合った歩調に重ねて彼らは会話を交わす。おめでとうなんて他人行儀だという風丸が指摘すると、花織は喜びいっぱいにくすくすと笑った。普段よりもテンションが高い彼女の表情は今朝の沈んだものから一転している。今日一日で色々なことがあった。だが今はチームの勝利が花織の心を彩っているのは明らかだった。
「私、今日一郎太くんが疾風ダッシュを決めてくれて嬉しかったよ。すっごくかっこよかった」
「……見ててくれたのか」
「もちろん! それにね、円堂くんのフォローも反応が早くてびっくりしちゃった。一郎太くんってチームのことをよく見てるなって思ったよ」
「褒め殺しだな。……ありがとう花織、そういってくれると嬉しいよ」
「ううん。だって……本当のことだよ。私、一郎太くんのプレーが好き」
好き、という言葉に胸の底に重しが落ちた気がして風丸は衝動的に花織の手を握り締めた。いつも通りにこうして笑ってみせているが、風丸は実際全く心中穏やかではないのだ。当然だが、試合前の感情の行き場は試合中は誤魔化せていたがこうして花織と並ぶと直面せざるを得ない。
ちら、と花織の方に視線を向ける。花織もまたそうなのかもしれない。勝利が理由にあるとはいえ、花織が無理をして明るく振る舞っているように風丸は感じていた。
「あ……、あのさ。花織」
会話の途切れた一瞬に風丸は言葉を挟み込んだ。ここで聞かなければ一生聞くことはできないと思った。
「今日の試合前、ずっと鬼道と一緒だっただろ?」
しかしそこまで口にしておいて風丸は口を閉ざす。そして聞かなければよかったと後悔した。今更こんなことを聞いて何になる。見たくもない現実を突きつけられるだけじゃないか。悶々としながら視線を落とすと、花織の方が風丸の心を察したようだった。花織は声のトーンを落として密やかに言葉を紡ぐ。
「鬼道さんとは、ずっとスタジアムに仕掛けられた罠を探していたの。……ほら、鉄骨が落ちてきたでしょう?」
「ああ、それはそう……聞いた」
円堂が話していた。鬼道が影山零治の卑劣な罠に気づいてくれたおかげで自分たちが助かったと。花織を連れてずっとスタジアムの中を探っていたことを、事件解決後に知った。だが、そんなことはいい。風丸が知りたいのは、その中で交わされた会話と試合前に花織を呼び出した鬼道が何をしたかということだった。
「……他に、何か言われなかったのか?」
もう止められなかった。花織は話したくないかもしれない……。適当に受け流される可能性もある。その可能性を理解していながら風丸は切り込んだ。彼女が自分に正直に、すべてを打ち明けてくれることを確証もないのに信じていた。これまで花織が自分に誠実にあろうとしてくれたことを知っているからだった。
話してほしい。鬼道との間に何かがあったのなら。試合の前に二人で交わした言葉を。風丸の推測通りなら遠ざけたかった事態が現実になったはずだからだ。
花織は風丸の言葉に少し躊躇いを見せた。隠しきれない狼狽えのなかで彼女は風丸から逃げなかった。まるで縋るような、迷いの残った眼差しで風丸を見上げる。
「好きだって、言われた……。鬼道さんに」
「……っ」
やっぱり想定通りだった。こうして現実を突きつけられると胸が苦しくなるのは抑えられない。自分の意思では制御できずに表情が歪むのを嫌でも感じる。
「交際を考えてほしいって……。一郎太くん」
弱々しい力で花織が風丸の手を引いてぴたりとその場に足を止めた。訪れた沈黙に風丸は怖気が走り表情をさらに引きつらせた。恐れていたいつか来る未来、それが目前にあるかもしれないと思うと次第に彼の呼吸は促拍になる。何度も唾を飲み込んで花織の言葉を待つ。散々言葉に迷った末に花織はそっと口を開いた。
「一郎太くんは……、あの。私のこと、好き?」
蚊の泣くような声だった。照れくささを前面に押し出して花織は髪を整えるふりをしつつ、真っ赤になった顔を隠そうとしていた。風丸は想定外の花織の発言に思わず呆気にとられる。
……好きかどうかなんて。てっきり別れ話をされると思っていたからこそ拍子抜けしてしまった。風丸は花織の発言に動揺しつつも素直に答えを返す。
「あ、ああ……。好きだよ。好きじゃなきゃ、付き合ってないだろ。俺たち」
「……うん。……あのね、一郎太くん。……私、断るよ。まだ答えはいらない、考えてくれって鬼道さんには言われたけど……」
口ごもりつつも誠実に花織は言葉を連ねる。
「私の答えは決まってるの。私は一郎太くんが好き。だからちゃんと断る、鬼道さんへの気持ちは……、もういいの」
「花織……」
嘘だ、と瞬時に胸の中に言葉がよぎる。風丸の表情がわずかに強張った。
花織の心からの告白は嬉しい。だが、鬼道のことがもういいわけがない。忘れるやもう過去の人なんてセリフが通用しないのは花織の瞳が物語っていた。目は口ほどにものをいう。風丸には一目瞭然だった。花織は今も鬼道に焦がれている。それを無理やり圧し潰してみないようにしようとしている。俺のために。
――――俺が花織を縛り付けている。音無に言ったとおりに。
「一郎太くん……」
恥ずかしそうにはにかんだ花織が俺の腕にそっと寄り添った。こうして真っ直ぐに、まるで俺を求めてるみたいに見つめてくれる。絡まった指を心底大切って顔をして握ってくれる。俺のために。俺が花織に別れたくないって言ったからだ。
――――花織は、本当は鬼道が好きなのに諦めなきゃいけないのか。俺のせいで?
静かに暗い気持ちが広がっていく。他でもない自分が花織の幸せの道を消している。その事実が何よりも俺は耐えられない。
「大好きだよ」
――――俺もお前が好きだよ。
その言葉を証明するために決断が必要だ。冷えて固まる感情が胸の底に鎮座する。本当に花織のことを大切に思うのなら。いつかなんて悠長なことを言っている場合じゃない。