FF編 第七章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「待って‼」
ピッチを降り、舞台から退場した鬼道の背中に叫び声が聞こえた。鬼気迫るその声に鬼道は振り返る。誰だか分からないはずがない、彼の唯一の肉親の声なのだから。
「春奈……⁉」
マントを翻して振り返った鬼道の表情には驚愕が浮かんでいた。なんせ、試合前に激しく彼女を否定してしまった。その言葉に傷ついて春奈は鬼道に他人だと叫び、その場を去っていったはずだった。今の春奈が鬼道を追いかける理由はない……、それなのに必死に縋りつくようにしてここまで駆けてきた。
「私を……、私を引き取るためにお父さんと約束したって」
春奈は立ち止まるなり核心を言葉にして突き付けた。鬼道はゴーグルの奥で目を見開く。どうして春奈がそれを知っているのか。花織か、いや他の誰かが……。いやそんなことは重要ではない、春奈に話が知れてしまったことが問題だった。
だが今更春奈が知ったところで何も現実が変わらないことに気が付く。帝国学園は雷門中に敗北した。養父との約束はすでに破談になったのだ。誤魔化す理由ももうどこにもない。
「ああ」
「……っ」
低く肯定を口にする。鬼道は覚悟を決めて事のあらましを一から春奈に話を聞かせた。春奈は神妙な面持ちで鬼道の話を聞いていた。自分を引き取るために孤独に戦い続けた兄の話を。
「連絡くれなかったの、私のためだったんだね」
「お前と暮らすためならどんなことでも我慢できた。……いや、すべてではなかったな」
鬼道は苦しげに視線を落とした。心の中には一人の少女の姿があった。彼女のこと、月島花織に関することに関してだけはどうしても自制できなかった。この我慢の無さが自分を敗北に導いたのかもしれない。影山総帥が何度も忠告してきた言葉が真実だと思いたくもないが……。可能性を否定できないと鬼道は自分を嗤う。
「だがいまさら何を言っても仕方ないな。……すまない」
結論が分かっていたところでこの感情を抑制できたとも思えない。申し訳が立たないと鬼道が唇を噛むと春奈は首を振って鬼道に寄り添った。
「ううん。私、音無のお父さんとお母さんと暮らせて幸せよ」
「え……?」
「音無で……ううん、音無春奈が良いの」
もう一度顔を上げて鬼道は春奈の顔を見つめた。九年ぶりに正面から向き合った妹の笑顔はあの頃と変わらぬままだった。眩しい春奈の笑顔に触れて今、初めて鬼道は自分自身の誤りに気が付いた。
自分と別離したから春奈は幸せではないと、兄として自分が春奈を引き取らなければと……。兄としての義務を果たすべく鬼道家に来てからは春奈の幸せを思って生きてきた。だが、それは間違っていた。別々の家に引き取られても、ただ傍に居ればよかっただけだった。
「そうか……、いい父さんと母さんなんだな」
「うんっ」
感極まった春奈が涙をこぼして腕を広げる。
「ありがとうお兄ちゃん……っ!」
胸の中に飛び込んだ妹をそっと鬼道は抱き留めた。懐かしさが胸を過って鬼道の心は静かに温かさを持つ。春奈とこうしてまた心を通い合わせることができた。それ以上に望むことは何もない……。鬼道が幸福を噛みしめていると、彼の肩口に顔を埋めた春奈がそっと口を開いた。
「ごめんね……、お兄ちゃん」
「何がだ?」
「酷いこと言っちゃったし、花織先輩の前で……。好きなんでしょ、お兄ちゃん」
感動もつかの間、春奈から飛び出た名前に鬼道はぎょっとせざるを得なかった。動揺が隠しきれずに溢れ出る鬼道を見て、春奈はくすくすと悪戯っ子のように笑う。先ほどのしおらしい表情から一変、今の春奈の表情は兄の恋をからかうものへと変わっていた。
「どうしてそれを知っている……、春奈」
「うふふ、わかるよ。だってお兄ちゃん、花織先輩を特別扱いしすぎだもん」
「そ、そうか……」
確かに、試合前の光景を見ていてバレないはずもない。手を握り合って、花織の腰に手を回し……。己の行動を思い返すと鬼道は頭を抱えたくなった。春奈の前にそういう一面を出すべきではなかった。バツが悪そうに視線を背け、鬼道が口を噤むと春奈はニコニコと鬼道の顔を覗き込む。
「私、お兄ちゃんのこと応援するね? 今まで迷惑かけちゃった分、全力で!」
良いところプレゼンして、本当は優しいっていうのを分かってもらってー……、と指折り方法を数える春奈を見て鬼道は苦笑する。
「……余計なことはしなくていいぞ」
自分の赤裸々な感情に春奈を巻き込むつもりはない……。そう言って言葉を吐いたが、それは春奈には何の効果もなさそうだった。キラキラと輝く春奈の瞳は惜しみなく鬼道の恋路を応援すると言わんばかりだ。そしてその瞳から察せられる通り、春奈は否定の言葉を喜びいっぱいに口にする。
「ううん。協力させて! だって私、お姉ちゃんが欲しいもん」