FF編 第七章
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いよいよフットボールフロンティア地区予選決勝、帝国学園対雷門中の試合の幕が切って落とされた。あの一方的な練習試合から雷門は想像を絶する特訓を積み重ねてきた。いまやその実力は全国一の帝国学園に迫るほどになっている。実力は拮抗していた。
帝国、雷門共に互いにシュートは炸裂するものの得点には至らない。だがさすが全国一の帝国学園の攻撃だ、雷門は徐々に劣勢に追いやられていた。
円堂の調子がどうやら優れない、観客席にいても目に見えた不調がチームを傾けていた。普段なら絶対にしないボールの弾き損ね、ファンブルしてしまうことさえあった。そもそも判断にも迷いがあるのかボールへの反応が一歩遅い。
「苦しいね……。帝国の源田くんはどんなに必殺技を使っても、完全にセーブしてくるんだもの」
「攻めきれないのも辛いし、円堂くんのプレーにいつものキレがないからディフェンスラインが下がってる……。よくない流れになってるよね」
秋の言葉に頷く花織の視界に圧倒的な存在感で赤いマントが翻る。花織は逃れようとしているのに、自然に鬼道に視線を絡めとられていた。それだけ今の鬼道有人のプレーには魅了されるものがあったのだ。
これまで彼の試合を見ることが幾度となくあった。その中でも今日の試合での鬼道はまるで別人だった。プレーに棘と高圧感がなく、生き生きとボールを追いかけ懸命に食らいつくその姿。否応なしに惹きつけられてしまう。影山総帥の支配を逃れたからだろうか。その姿をこのまま追いかけていたいと思ってしまう。
「……」
だがそうさせないのが先ほどの出来事だ。手に触れた彼の鼓動と眼差しをどうにかして忘れようと首を振る。”言葉にしてほしいだけだ。……俺を求めていると”、ダメだ今はそんなことを考えている場合ではないのに。
「疾風ダッシュ!」
「……っ!」
花織の心が跳ね上がるように拍動する。思わずベンチを立って、その声の主に視線を向けた。躱した完璧なドリブル、他の追随を許さない圧倒的にスピード。流麗な青髪が揺れてフィールドを駆け抜ける。
「一郎太くん……」
夢に見た光景が広がって花織は思わず歓喜に彼の名を噛みしめた。ふたりで練習したあの技を決めてくれた。何物にも代えがたい感情がこみ上げて、花織は勇猛果敢なその姿を迷うことなく追い続ける。だが、それも気迫に満ちた声に揺さぶられた。
「円堂おおおっ―――‼」
腹の底から絞り出したような鬼道の声が響いて、花織は視線を戻さざるを得なかった。帝国に戻ってしまったボールが鬼道に渡り、今まさに彼がゴールに向かってシュートを叩きこもうとしているところだった。しかし、鬼道の足がボールに触れた瞬間、豪炎寺がスライディングで鬼道の持つボールに滑り込む。
「あ……っ」
豪炎寺の勢いに押されて鬼道がよろめいた。彼の表情が苦痛に歪んだ瞬間、花織の心は彼と共に転倒しそうになる。この感情は以前、風丸が円堂を庇って倒れた時と同じものだった。
「……」
無意識に花織の足が一歩前に踏み出す。だが、わずかに逸れた花織の視線が青髪を映した。これだけ距離が離れていても視線がかち合って花織の足にブレーキがかかる。衝動に動いていた足はピタリとその場に押とどまった。私は彼のもとに行けない。行くべきじゃない。
「……は」
花織がその場に足を止めたのと同時に、ふらりと花織の隣に座っていた春奈が鬼道の方へ向かって歩き始めた。その後ろ姿を見ていると自分の中で浮ついていた気持ちがすっと静まっていくのが分かる。代わりが行くべきじゃない、胸の中をその言葉で支配して花織は彼らから視線を逸らす。これが私の答えなのだと花織は何度も自分にそう言いきかせた。
――――私にとって大切なのは一郎太くんだけ。
鬼道はそのすぐ後に春奈の応急手当てを受けて試合に戻った。幸いプレーには問題がなかったようで、彼の動きは先ほどと比べても劣りは無かった。
激しい攻防の末、円堂が守りぬいたボールを半田、少林の竜巻旋風。そして風丸と花織のふたりで考案した疾風ダッシュが、再び活路を見出し豪炎寺へとボールを繋げた。
そして壁山、豪炎寺、そしていつの間にかゴール前に上がっていた円堂が帝国ゴールにイナズマ1号落しが決勝点を叩きこむ。ボールがゴールネットに突き刺さるのとほぼ同時に、帝国学園四十年無敗の歴史に終止符を打つホイッスルが響き渡った。
❀
「花織先輩、あのちょっとお話、いいですか?」
雷門中が帝国学園に勝利した。その歴史的な快挙を前に雷門イレブンはお祭り気分で盛り上がっている。その光景を微笑ましく花織が脇で見ていると隣にいた春奈がおそるおそる声を掛けてきた。どうしたの、と花織が春奈に視線を落とすと彼女は勢いよく花織に頭を下げた。
「花織先輩、ごめんなさい!」
「え?」
謝られる覚えもなく花織は首を傾げる。しゅんとした顔をした春奈は花織が理由を問う前に早々に口を開いた。
「私……、風丸先輩に花織先輩の悪口を言ってしまったんです。色々誤解してて……、ちゃんとお兄ちゃんと花織先輩が一緒にいたことには事情があったのに。花織先輩が風丸先輩に酷いことをしてるんじゃないかって思っちゃって……」
「……ああ」
試合前に春奈と鬼道が衝突したときの話だ。気まずさもあって花織は声を落とした。あの時の春奈の心境を思うと、むしろこちらの方が謝るべきかもしれない。勢いであんなことを言ってしまったが、彼女の実の兄と逢引しているような光景を目の当たりにさせるべきじゃなかった。
「ううん、私こそごめんね……。聞いたと思うけどアレは一緒に影山総帥の罠を探してただけなの。それを隠すためとはいえ、あんな場面見せちゃって……。春奈ちゃんのお兄さんは全然悪くないんだよ」
「いえ、それは……。お兄ちゃん、鬼道家に行ってから連絡くれないの、事実ですから」
首を振って春奈は悲しそうに目を伏せる。その姿を目の当たりにして花織は胸が突かれる思いだった。もう黙っている必要はないだろう。帝国学園の敗北によって彼の連覇は絶たれてしまった。鬼道はこのまま、顔を合わせる資格がないと春奈から遠ざかってしまうかもしれない。目的が果たせなかったことで彼の養父との約束もどうなるか花織には分からない。
だが、このまま喧嘩別れなど後味が悪すぎる。今話しておかなければ、鬼道と春奈はすれ違ったままになる。花織が勝手に話したとして鬼道はあとから追及はしないはずだと口を開いた。
「春奈ちゃん、あのね聞いてほしいことがあるの」
鬼道の口から聞いた言葉をそのまま春奈に明け渡す。花織から語られた真実を知り、春奈は飛ぶようにして兄のもとに駆け出していった。