FF編 第七章
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かつて通ることさえ許されなかった通路に立つ。最後にここに来たのは、鬼道に告白をしたあの日が最後だった。チームの皆と共に雷門中サッカー部の控室に到着して、花織は強く両手を握り締めた。廊下を歩いているだけで息が詰まりそうだった。
帝国学園の空気は苦手だ、今になっても。閉塞的な圧迫感で圧し潰されそうになる。今になっても鮮明に、ここにいたときのことを思い出す。それでも息継ぎができていたのはあの人がいたからだ。
「――――っ」
機械音と共に控室の扉が開く。自動ドアの為、勝手に開くのは当然だ。しかし花織をはじめとした雷門中の選手たちが驚愕を浮かべたのは、その扉の奥に立ち塞がる人物を捉えたからだった。
特徴的なゴーグルにドレッドヘア、そして翻る赤いマント。帝国学園サッカー部のキャプテン、鬼道有人その人の姿。鬼道の視線が雷門中の面々を確認するように眺めて、最後に花織に視線を寄せた。ごくわずかに、ほんの誤差に等しいレベルで鬼道の表情が緩んだことに花織は気が付く。
「無事に着いたみたいだな」
「どういう意味だ! まるで事故にでも遭った方がいいみてえな言い方じゃねえか。まさかこの部屋にも何か仕組んでんじゃねえだろうな」
どすを聞かせた声で染岡が鬼道に食って掛かった。無理もない、現時点で雷門イレブンが鬼道に、帝国学園サッカー部に抱く心象は良くない。謝罪があったとはいえ影山の命令でのバスへの細工、それに練習試合で散々痛めつけられ、力の無さを嘲笑われたことは易々と忘れられるものではない。鬼道の安堵の言葉は、雷門イレブンにとっては皮肉にしか聞こえなかった。それを理解していて鬼道は言葉を続ける。
「安心しろ、何もない」
「はあ? んなの信じられるか!」
怯みもしない鬼道の態度に染岡は苛立ちを隠せずに吐き捨てる。だが、鬼道は染岡の態度をまったく意に介さない。ゴーグルの奥の彼の瞳が、他の誰でもなく花織をまっすぐに見つめる。花織はその視線に動揺を隠しきれなかった。反射的に後ずさり、風丸の陰に身を隠そうとする。しかし鬼道は選手をかき分けて風丸と花織の前まで歩いてきた。
「花織、お前は俺と来い」
「なっ……⁉」
どういうことだ、どうして鬼道が月島に? 鬼道の発言が雷門イレブンに波紋を広げる。驚愕と好奇、そして邪推入り混じった視線が鬼道と花織に注がれた。鬼道がなぜ、花織を名前で呼んでいるのか、花織についてくるように言ったのか……。一秒ごとに騒めきは大きくなる。
「わ、私は……」
突然のことに花織は慌てふためくことしかできなかった。彼女は首を横に振ってまた更に一歩後方に下がる。言葉が出てこない。
それでも花織の心は一貫していた。風丸と約束したのだ、鬼道とふたりきりで会わないことを。約束を破るつもりはない。
「花織」
だが、鬼道の方も花織の反応を見ても引く気は一切ないようだった。むしろ花織の方へと距離を詰め、花織の方に左手を差し出す。彼女以外の全てを他所に眼差しを注ぎ、命令的な声色で花織を呼んだ。
「来い」
花織の右手がかすかに痙攣する。だが、花織が動くよりも早く、花織の前に人影が現れた。
彼女は両手を広げて花織を守るようにして立ちふさがる。鬼道を見つめる彼女の目には冷たい怒りが込められていた。差し出された鬼道の手を払って、きつく鬼道を睨みつけている。
「春奈ちゃん……」
差し出された鬼道の手を払いのけたのは音無春奈だった。
「花織先輩に触らないで。貴方なんかに先輩が着いていくわけないでしょ」
いつもの明るく元気な春奈とは打って変わって強く厳しい声だった。花織は鬼道と春奈を交互に見比べる。
……土門が、この二人は兄妹だと言っていた。だが、春奈のこの反応はおおよそ兄に対する言葉には聞こえない。なぜ、こんなに冷え冷えとした言葉を春奈は……。
状況は膠着していた。鬼道はともかく春奈が彼を睨んで動こうとしない。誰もが固唾をのんで状況がどう動くかに注視している。花織も何もできずに呆然としていることしかできなかった。すべてが固着して動けなくなっているようだった。
「鬼道」
静寂を破る声が響く。
……時を動かしたのは風丸だった。風丸はやんわりと春奈を押しのけて、花織を鬼道の前に立たせた。戸惑う花織の手を取って、風丸は鬼道に彼女の手を差し出す。ざわ、と円堂、豪炎寺以外の雷門中サッカー部メンバーが動揺の声を上げた。花織もそのうちの一人だった。
「風丸先輩⁉」
春奈を筆頭に驚きの声が上がった。花織自身も風丸を見つめ彼の名前を呼ぶ。しかし風丸は花織の方を見なかった。周囲の声もすべてを無視してまっすぐに鬼道を見据えている。風丸は花織の手を鬼道に押し付けるようにして握らせた。前髪に隠れた横顔は花織に本心を見せない。
「……花織を頼む」
毅然としていながら感情を押し殺したような声だった。風丸の気持ちに応えて鬼道は花織の手を強く握りしめる。
「ああ。……任せろ」
鬼道は花織の手を取って歩き始めた。花織が足を止めそうになると、鬼道が半ば強引に花織の腕を引く。何が起こったのか自体が飲み込めない。状況に押し流されるまま、花織は鬼道と共に進むしかなかった。
花織は風丸を振り返る。一瞬だけ、風丸の瞳と花織の視線が交錯した。
彼の瞳は凛然としていた。花織にはそう見えた。だが同時に、彼の瞳が今にも泣きだしそうな気がして足が止まりかける。だが、錯覚だったのか。チームに向かって何でもない、といつも通りに笑い、言い訳する彼の姿を遠ざかりながら花織は見つめていた。