FF編 第六章
「あーっ、美味かったなあ」
一方その頃、風丸は円堂、豪炎寺と共に雷雷軒を後にしたところだった。明日の地区予選決勝に向けての意気込みを新たに、監督に喝を入れてもらって腹いっぱいラーメンを振る舞ってもらった。
「よぉーし! 今から腹ごなしにサッカーやろうぜ!」
「おいおい、今から練習するのか? さすがに帰りが遅くなるぞ」
円堂がサッカーボールを片手にこぶしを突き上げる。突然の円堂のサッカーコールに風丸はやれやれと首を振った。風丸の乗り切らない反応に円堂はボールを両手にええーっ、と声を上げる。
「いいじゃん、明日は決勝だろ? 最後の最後まで気合い入れて特訓しとかないと」
「明日が決勝だから、監督は練習を早めに切り上げるように言ったんだがな」
苦笑しつつ、風丸も円堂と一緒に練習する方へ気持ちが傾いていた。どうせ円堂に意見しても聞きやしないのだし、明日の相手は帝国学園、疲労が残るかもしれないが少しでも長い間練習したいとも思う。豪炎寺は何も言わないが、表情から察するにどうやら円堂の意見に賛成のようだった。
そうと決まれば、と三人は鉄塔広場の方へと方向転換する。踵を返したところでふと、思い出したように円堂が呟いた。
「そういや、[#dn=2#]と鬼道って仲良かったんだな」
いきなりぶち込まれた爆弾に風丸の表情が固まる。
「……え?」
どうしてここで鬼道と[#dn=1#]の名前が出てくるんだ? 風丸が訝しげに円堂を見ると彼は深く考えている様子もなく言葉を続けた。
「この間さ、練習に鬼道が来てただろ? その時さ、アイツ言ってたんだ。[#dn=2#]は大切な人だって……」
「……」
大切な人……。円堂のその言葉に風丸は口を噤む。
以前から思っていたが、鬼道から[#dn=1#]に向けられた感情は明白だった。帝国学園との練習試合の時からそうだ。[#dn=1#]を傷つけたという一点だけが不可解だが、どう考えても鬼道は[#dn=1#]のことが……。
「……放して!」
そこまで考察したところで、風丸の思考は遮られる。それは、どこからか微かに女の悲鳴が聞こえたからだった。
商店街に似つかわしくない、ただ事ではない声だった。その声は他の二人にも聞こえたようで彼らの足が自然と止まる。
「ん? 今何か聞こえたか?」
「[#dn=1#]……?」
きょとんとした円堂の声と同時に、風丸が呟いたのは自分の恋人の名前だった。彼は声がどこから発されたのかを探って辺りを見回す。
まさかな、そんなわけない……。そう思いながらもさっきの悲鳴が、[#dn=1#]のものだったような気がして仕方がなかった。風丸は真剣な表情であたりの喧騒に耳を澄ませる。豪炎寺もそれを見てだろうか、険しい表情で周囲を警戒し始めた。
「いやっ……。いやぁっ……、助けて……」
「……‼」
二度目の声は先ほどよりもはっきりと聞こえた。瞬間、ゾワっと冷たいものが風丸の背筋を駆ける。疑念はもはや確信に変わっていた。何かあったのかな、そう円堂が呟く前に風丸は走り出していた。血相を変えて風丸は声のした方へと走り出す。
「あ、おい! 風丸!」
駆け出した風丸を追いかけて円堂、豪炎寺も走り出した。
「はぁ……っ、はっ」
不吉な予感で胸がざわつく。一刻も早くと足を回しながら、風丸は焦る気持ちに急かされていた。間違いない。聞き間違えるはずがない。あの声は……!
助けを求める声を手繰って風丸が倉庫街への道へと飛び出す。そして視界に映ったその異様な光景に一瞬足が止まりかけた。
「……!!」
雷門中学の制服を身に纏った少女が三人の黒服の男たちに囲まれ、車に押し込まれそうになっている。事の恐ろしさに風丸は総毛立つ。
確認は不要だった。少女の顔は目隠しや耳あて、猿轡などが覆っていてはっきりとしないが、それが誰かなのか風丸にはひと目でわかった。
「[#dn=1#]‼」
これ以上ないくらい爆発的な力で地面を蹴った。今まで走ったどの瞬間よりも彼は真剣だった。何が起こっているのかは分からない。このまま突っ込んで[#dn=1#]を助けられる算段もない。だが、そんなことに考えを割く余裕は今の風丸にはなかった。
彼の頭の中にあるのは”[#dn=1#]を守る”その一点のみだった。
「何だお前はっ、ぐおっ‼」
風丸は走るスピードを勢いにして、男の内の一人にタックルを食らわせる。一人が倒れ、他二人が突然現れた風丸に驚いている隙に、風丸は[#dn=1#]の腕を掴んで車の座席から引きずり下ろした。
とにかく[#dn=1#]を抱えて車から遠ざけ、壁際に座らせる。風丸は[#dn=1#]を庇うようにして腕を後ろに回して背を屈めた。だが、これ以上に[#dn=1#]を守る手段がない。
――――これじゃ、時間の問題だ。
「このガキ……っ」
風丸に突き飛ばされた男はまだ地面に倒れたままだが、他の二人はじりじりとこちらに迫ってきている。向こうは大人三人、対してこちらは一人。[#dn=1#]を守りながらでなくても力の差は圧倒的だ。かといって[#dn=1#]を抱えて逃げるのも現実的じゃない。
「……くそっ」
手立てはない、それでも[#dn=1#]を守ろうと風丸は男たちを睨む。自分の身に代えても[#dn=1#]は守るとその表情には覚悟があった。
男たちの手が風丸に迫る。その瞬間、赤い軌跡が風丸の目の前を迸った。
「ファイアトルネード‼」
「ぐほっ‼」
大の大人の身体が宙を舞った。爆音と共に吹き飛ばされた男は、瞬きの間に数メートル先に転がっていた。
あまりの衝撃に風丸は目を剥く。吹き飛ばされた男が激しく咳き込むのを呆然と眺めていると、シュートを放った張本人、豪炎寺が凛と風丸の脇に立った。
「あまり無謀なことはするな、風丸」
「豪炎寺……、すまない」
言葉を交わしつつ、風丸と豪炎寺は男たちを睨む。追撃に備えてできることはないが、それでも徹底的にやり合うつもりだった。
だが、風丸たちの危惧とは裏腹に男たちはもうこちらへ近づこうとはしなかった。
「くそっ、ずらかるぞ」
「しかし……、総帥に何と報告すれば」
「仕方がないだろう、作戦は失敗だ」
総帥、男達の会話にでてきた単語を聞いて豪炎寺が眉を顰める。その間にも逃げ腰になった男たちはバタバタと車に乗り込み、この場から一目散に逃げ去ってしまった。
「逃げた……、みたいだな」
ようやく緊張がほどけて風丸が安堵の息をついた。奴らの正体が分からないのはいささか不安が残るが、追いかける必要はなかった。どちらにせよ車相手に走って追いつけるわけがない。
「[#dn=1#]」
それよりも大切なのは[#dn=1#]だった。風丸は[#dn=1#]の方へ向き直って地面に膝をつく。そっと[#dn=1#]の身体に触れると、彼女はビクっと身体を震わせて風丸の手から逃れようとした。
状況が分からずに彼女は酷く怯えている。風丸はそれを察すると、彼女の恐怖を和らげるために[#dn=1#]に付けられている耳当てを取り除いた。
「[#dn=1#]、俺だ。もう大丈夫だぞ」
すぐさま風丸が[#dn=1#]に囁く。風丸の声を耳にした途端、[#dn=1#]の身体のこわばりが微かに緩んだ。風丸は急いで[#dn=1#]の目隠しを外す。すると怯え切った彼女の瞳が風丸の前に現れた。
その漆黒の瞳は、風丸を視界に映すとボロボロと涙を零しはじめる。風丸は急いで[#dn=1#]の拘束具を外し、彼女の身体を支えるようにして触れた。
「[#dn=1#]……」
「……っ」
上手く声になっていなかったが、彼女の唇が紛れもなく風丸の名を呼んだ。両手を伸ばして[#dn=1#]は風丸の身体にぎゅっとしがみつく。一郎太くん、一郎太くんと[#dn=1#]は何度も風丸の名前を嗚咽しながら繰り返した。
「こわかっ、たあ……っ!」
よほどの恐ろしかったに違いない。[#dn=1#]は風丸の肩に顔を埋めて、幼い子供のように泣きじゃくる。風丸は震える[#dn=1#]の身体を優しく抱き寄せて、彼女が落ち着くようにと背中をそっと撫でつけた。
「どうしたぁ⁉」
そこへ円堂が呼んできたらしい響木監督、それに伴ってもう一人見覚えのある中年の男がバタバタと走ってきた。なんであの人が、と風丸は[#dn=1#]を抱えながら顔をしかめる。あの人は、この前も鉢合わせた雷雷軒の常連の客だ。円堂がとりあえず大人の人を、と連れてきたのだろうか。
「事情は、まず俺から説明します」
走ってきた大人たちの足を、立ち上がった豪炎寺が[#dn=1#]から少し離れたところで止めた。どうやら不安定になっている[#dn=1#]に気を遣ってくれたようで、そこで先ほどの出来事を説明しているらしかった。
豪炎寺から事情を聞き、響木監督、そして中年の男も徐々に表情を強張らせていく。そこには堪えられない憤りが浮かんでいた。
豪炎寺が見たままの事情を説明して数分。怒りを落ち着け、深くため息をついた響木監督は少し離れた場所にいる風丸と[#dn=1#]に呼びかけた。
「お前たち、ひとまず店に来い。ここはまだ危ないかもしれんからな」
その言葉に円堂、豪炎寺、風丸が頷く。響木の言う通り、ここは人通りもなく街灯さえ少ない夜道だ。いつどこから誰が出てくるかも分からない。
それに、こんな場所では[#dn=1#]も安心できないだろう。そう判断した風丸は[#dn=1#]の肩を叩いて優しく語り掛けた。
「[#dn=1#]、立てるか?」
風丸の言葉に[#dn=1#]は涙を拭いながら顔を上げ、なんとか肩を借りて立ち上がろうとした。だが、極度の緊張から安堵という急激な心の変化があったためか、腰が抜けてしまっているようだ。足ががくがくと震えて上手く立ち上がれないでいる。
「……立て、ない」
涙でぐしゃぐしゃなまま、泣きじゃくる[#dn=1#]が微かに呟く。それを見た円堂が手伝おうか、とこちらに走り寄ろうとする。だが、風丸は円堂の提案に首を振った。
「いや、円堂。……俺がおぶるから、ほら」
何とか[#dn=1#]の腕を首に回させ、風丸は[#dn=1#]を背に乗せて立ち上がる。[#dn=1#]はぎゅっと風丸から離れたくないとばかりに彼の身体にしがみついた。風丸も[#dn=1#]を離すまいと、[#dn=1#]の身体を抱え直す。
一行は雷雷軒へ向かって夜道を歩き始める。歩き始めてすぐさま風丸は妙な感覚に身体を顰めた。規則的に振動する何か硬いものが背中に当たっている。それが何か確信できずにいたが、雷雷軒に向かうのが先と風丸は商店街に向かって歩き出した。