FF編 第六章



 風丸は未だに練習で疾風ダッシュを封じ続けていた。[#dn=1#]とふたりで作り上げた、疾風のごとくピッチを駆けるあの技のことだ。隠しておく必要はなくなったのだし、[#dn=1#]にはもう内緒にしなくてもいいよと言われている。それなのになぜか、明かす気にはなれなかった。

 自分だけの必殺技を早く披露したいと思っている。だが同時に、あの技が[#dn=1#]とふたりだけの秘密になっている今を、失うのが惜しいとも思っていた。

 帝国からのスパイが一掃された。すなわち間近に迫った帝国学園戦において、雷門中が情報という点で一方的に不利になる可能性は排除されたといっていい。

 しかし雷門中は現在、過去最大の危機に見舞われていた。なんと今後のフットボールフロンティア出場自体が危ぶまれているのだ。

 冬海を追放したことにより雷門中サッカー部の監督は現状不在となっている。だが、大会規約にて監督のいないチームは大会に出場できないということが新たに発覚したのだ。ここは実に盲点だった。

 地区予選決勝まであと数日……、このままでは雷門中は失格となり、帝国と試合できずに敗退することになる。

 不戦敗なんて惨めな結果を避けるため、一刻も早く新監督を見つけなければならない。そのためチーム総出であてを探しているのだが……。これが中々見つからない。雷門中の教員からは、他の部活の監督を担っているという理由から軒並み断られてしまった。となると外部の誰かに依頼をするしかないのだが、しかしながら勧誘の結果は芳しくない。

 先程も学校近くの商店街、この前風丸が[#dn=1#]を連れていったラーメン屋のオヤジ。……雷雷軒の店主に監督を依頼するため、選手総出で店を訪ねた。雷雷軒の店主は円堂の祖父の秘伝書の存在を知っている。そのためサッカー経験者の可能性が濃く、それどころか伝説のイナズマイレブンだったのではという疑惑がある人物だった。

 だが、円堂たちの説得も空しく断られたどころか、商売の邪魔だとつまみだされる結果に終わってしまった。

 監督が見つからない今、地区予選決勝に向けてのチームのモチベーションは地を這うようだった。練習に身が入らないどころか、壁山などは恨みがましい目で円堂に縋りついている。

 風丸自身も上級生として一年の選手にしっかりしろ、と声を掛けなければいけない立場にある。だが、胸の中に監督不在のこのチームがどうなるのかという不安は誤魔化せない。明らかに集中力に欠けていた。

 イマイチ乗らない気分とともにボールを蹴り上げる。そのとき、耳に届いたその名前に風丸は思わず動きを止めた。

「鬼道さん……」

 呟くようにその名を口にしたのはどうやら土門のようだ。彼の視線は河川敷の橋の上に向けられている。風丸もまたその視線をすぐに追いかけた。特徴的なゴーグルにドレッドヘア……。見間違えるはずもない。

 ーーーー帝国の鬼道。

 土門の呟きで、他の選手たちも鬼道が橋の上にいることに気が付き始めたようだった。円堂が鬼道のもとに駆け寄っていくのに対し、雷門イレブンは橋の下に寄り集まる。そしえひそひそと鬼道がここへ来た理由を推察しあった。

「偵察に来たんだな」
「不戦敗寸前の僕たちを笑いに来たのかも……」
「どっちにしろ嫌な感じだ」

 別に、アイツが何をしていても関係ないが……。風丸はそう思いつつ鬼道から視線を逸らす。こちらの方に集まってきたマネージャーたち、その中にいる[#dn=1#]の表情に目を向ける。

 彼女もまた鬼道の方を見上げていた。その面持ちは風丸には図り切れない複雑な色を宿していた。隣にいる音無春奈の表情に視線を落とすも、[#dn=1#]は何かを恐れているような……。それ以上に胸の奥にしまい込んだ大きな気持ちを無理やり押し殺している……、そんな顔をしていた。

「[#dn=2#]ー‼」
「え?」

 鬼道と話していた円堂が、不意に大声で[#dn=1#]の名前を叫んだ。チームの中にざわめきが生まれ、他のメンバーの視線が一気に[#dn=1#]へと集中した。[#dn=1#]はなぜ、円堂に名前を呼ばれたのか分からないようだった。大きな目をより見開いたその表情は、欠片も動揺を隠しきれていない。

「鬼道がさー! お前と話したいんだってーー‼」

 何、どういう事? チームの中の喧騒も一際高まっていく。雷門イレブンの大半の人間からすれば、あの鬼道が[#dn=1#]と話したいと言っていること自体が不可解だろう。[#dn=1#]の隣にいる音無春奈が、もっとも驚愕に顔をゆがめている。

 とはいえ、納得の表情を見せている人間もいくらかいた。[#dn=1#]の帝国時代の事情を知るマックスと半田は、どうやらそれが何を意味するのか気が付いたようだ。そして元帝国のスパイ土門は、目を伏せ何とも言えない顔をしている。

「え……、キャプテン……」

 そして、指名された当の[#dn=1#]は半ばパニックになっているようだった。かすかに首を横に振って揺れた[#dn=1#]の視線は、助けを求めるように風丸に向けられた。ギュッと風丸の胸に締め付けられるような痛みが走る。

 ……[#dn=1#]が、そんなふうに俺を見るのは”鬼道に会わない”という約束が俺と[#dn=1#]の間にあるからだ。

「あの、私……!」
「風丸も一緒にってさー‼」

 狼狽えつつも[#dn=1#]が何かを叫ぼうとした瞬間だった。追加で円堂から風丸の名前が呼ばれる。まさかの指名だった。

 風丸が、なんで? 今度はそんなチームメイトの困惑が大きくなって視線が風丸にも向けられ始める。風丸は、橋の上にいる鬼道を捉え微かに顔をしかめた。

 自分も呼びつけられたその事実が、まるで宣戦布告のように思えたのだ。

「あの……、一郎太くん」
「……行くぞ、[#dn=1#]」

 仲間たちの刺すような視線の中、[#dn=1#]の手を取り、彼は円堂らの元へと歩き出す。河川敷の階段を登って、円堂と鬼道両名の傍に立つ。

 役者はここに揃った。だが誰も、円堂でさえ何も話を切り出さない。[#dn=1#]は不安をいっぱいに表情に浮かべ、風丸の影に隠れるように立っている。そしてそんな[#dn=1#]に向けて、鬼道の視線は一心に注がれていた。

「[#dn=1#]」

 囁くように鬼道が[#dn=1#]を呼んだ。風丸の眉間の皺がより深さを増す。

 どうして彼女を名前で呼んでいるんだ、と思わず口を挟みたくなるのを必死に堪える。[#dn=1#]の思いを無下にして傷つけたくせに未だに馴れ馴れしすぎないか。

 彼女を親密な間柄のように呼び続ける鬼道に対し、風丸は不快な思いを抱く。威嚇するように鬼道を睨む風丸の後ろから、[#dn=1#]がおずおずと鬼道の声に応えた。

「はい、鬼道さん……」
「謝らせてくれ。お前にスパイの黙認を強要してすまなかった。……風丸もお前の恋人を利用して悪かった」

 そういって鬼道は深く頭を下げた。静かで丁寧な謝罪だった。[#dn=1#]は鬼道に頭を下げられたことでそんな、と言葉を零して慌てていたが、風丸の方は沈着に鬼道を見据えたままだった。”お前の恋人”そう告げた鬼道の言葉に、上手く包み隠された棘を感じたからだ。

 気に食わないという感情が胸に溢れて、風丸は繋いだままの[#dn=1#]の手を強く握る。そうすると、[#dn=1#]の視線は鬼道から逸れて自分の方へと向けられた。

 彼女の視線が向けられたことで少しだけ風丸の溜飲が下がる。……まだ、[#dn=1#]は俺の傍にいてくれる。ほんのささやかな優越感が、この場での冷静さを保たせてくれた。

「……ああ」

 ゴーグルで判別しにくい鬼道の視線が、握りあった風丸と[#dn=1#]の手を一瞥する。

「決勝戦、いい試合にしよう。……俺は負ける気はない。何に置いても、な」

 うわべだけは上手く隠された、冷え冷えとした敵意が鬼道の声には滲んでいる。そして[#dn=1#]へ向けられたその眼差しには、ゴーグル越しにも感情が筒抜けていた。

 意図したものかは分からないが、鬼道の目は口以上に雄弁に言葉を語っている。鬼道の視線には並々ならぬ熱と[#dn=1#]への執着があった。風丸はぐっと奥歯を噛みしめる。

 ……やっぱり宣戦布告だった。

 こんな負け戦、受けるのも馬鹿らしい。俺が[#dn=1#]と出会う前から、[#dn=1#]の心はお前のものだったんだろ。

「それだけだ」

 余裕たっぷりなのか、鬼道は悠然と踵を返して場を去っていった。円堂がその背中に今度は一緒にサッカーしようぜー! と呑気な言葉を掛けている。

「鬼道も気合入ってるなあ! 俺たちも頑張らないと、な風丸‼」
「ああ……」

 小さくなっていく鬼道の背中から視線を逸らして、[#dn=1#]の方へと目を向ける。彼女の視線は鬼道の背中を追いかけていた。アイツを見ないでくれ、と[#dn=1#]の目を塞ぎたくなる衝動と込み上げる感情を押し殺して言葉を吐く。 

 力を出し惜しんでる暇はない。それを今、改めて思い知らされた。

「そうだな」

 俺が[#dn=1#]にとって、特別でいられる時間はそう長くないんだ。
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