FF編 第六章
一日が経過し、翌日。冬海の策略を阻止した土門は、円堂の助けもあって雷門イレブンと無事に和解した。彼は帝国学園を捨て、本当の雷門イレブンになることを自らで選択したのだった。
そして雷門イレブンは快く土門を受け入れ仲間として認めた。すべては丸く収まり、選手間の結束は一段と強くなった。……それはそうなのだが。
しかし土門にはまだ一つだけ、胸の中に痞えているものがあった。雷門イレブンの一員となった以上、この問題は清算しておく必要がある。少なくとも一度話をするべきだと昨日の内から考えていた。それはもちろん彼女、[#dn=2#][#dn=1#]のことだ。
これまで命令されていたからとはいえ、彼女の行動を逐一鬼道に報告し続けてきた。せめてそれがサッカーに関する事柄だったのなら、チーム全体の謝罪で一括りにできたのかもしれないが……。[#dn=1#]に関してはそれでは片付けられない。
連絡先をはじめとする個人情報、風丸との親密な関係性についてを詳細に鬼道に報告してしまった。同じチームメイトとしてこれから交流をしていくなら、彼女のプライバシーを侵害していた事実をなかったことにはできない。
だからこそ、土門は[#dn=1#]を呼び出した。主な目的は謝罪。だがそれに加えて、[#dn=1#]が抱えている複雑な関係に対する好奇心を持って。
「[#dn=2#]ちゃん」
「土門さん……、どうしたんですか? お話って」
ちょっとこっち、と[#dn=1#]を部室脇に呼び寄せる。[#dn=1#]の表情には、出会ったときほどとは言わないが土門に対する険しさがちらりと覗いた。
それに彼女の後方、遠目にだが青髪の生徒の姿も見える。おそらくは風丸を待たせている。何かあったら助けを呼ぶためか、それとも話が済んだら恋人らしく一緒に帰るつもりなのか……。ともかく、あまり時間を掛けるわけにはいかないと土門は察する。
「あのさ俺、[#dn=2#]ちゃんに謝らないといけないことがあるんだ」
単刀直入に土門は切り出した。謝らないといけないこと、という土門の言葉に[#dn=1#]の警戒が明らかに緩む。土門がチームに受け入れられた以上、[#dn=1#]の方にも土門と敵対する意図はないようだ。[#dn=1#]の眼差しが若干柔らかくなったのを追い風に土門は勢いに任せて口を開く。
「ごめん! 俺、[#dn=2#]ちゃんの情報をこれまでずっと鬼道さんに流してたんだ。……その、写真とか、結構個人的なこととか色々……」
「え……?」
鬼道の名前が出た途端に明らかに[#dn=1#]の顔色が変わる。土門の言葉に[#dn=1#]は少し驚いた様子だった。彼女は自らの前髪に触れて顔を隠そうとした。しかしながら、彼女の動揺は筒抜けだった。
無理もない、か……。ていうか、ごめんの一言で許してもらえるようなことだろうか。土門は[#dn=1#]を見つめながら内心独り言ちる。[#dn=1#]だって彼女個人に踏み込んだものを情報提供していたなんて思ってもいなかっただろう。
「どういうことですか? どうして、私の……」
「情報収集リストに[#dn=2#]ちゃんの名前があったんだ。俺は総帥の命令じゃない、と思ってた……」
尻すぼみになりながら土門が[#dn=1#]の質問に答えた。彼の表情や口調はおそらく鬼道の命令だった、と[#dn=1#]の情報を求めていた人物を明言しないが示唆している。
「……」
[#dn=1#]は土門の告白を受け、驚愕もしたがある意味で合点がいっていた。これまで鬼道は雷門に転入した後の[#dn=1#]の事情を知りすぎていた。鬼道が[#dn=1#]の電話番号を知っているのも、秋葉名戸との試合で[#dn=1#]がメイド服を着たという情報や写真を手にしているのも。すべて土門が報告を上げていたからなのだろう。
だが、納得できないこともある。そもそもなぜ、鬼道が[#dn=1#]の情報などを欲しがったのか、という点だ。
「だけど……。鬼道さんがそんなことをする理由なんて」
「[#dn=2#]ちゃん、俺さ……。やっぱり鬼道さんは[#dn=2#]ちゃんが好きなんだと思うぜ」
真面目腐った顔で述べられた土門の憶測に、[#dn=1#]はあからさまに表情を歪めた。土門には前にも話をしたはずだ、その可能性はとうに潰えていることも。
「それは……」
「分かってる、[#dn=2#]ちゃんは鬼道さんに振られたんだよな。だけどさ、好きでもないヤツの様子を毎日のように確認するわけないって。実の妹を差し置いてさ」
土門の弁明、その中の言葉に引っかかって[#dn=1#]はぴくりと肩を揺らす。
「……妹?」
不可解さに眉を顰める。
かつて[#dn=1#]は、鬼道に家族について尋ねたことがあった。彼はあまり自分のことを話したがらない人であったが、その時の言葉は間違いなく覚えている。彼は自分を鬼道家の一人息子だと話した。兄弟はいないとそう言ったはずだ。[#dn=1#]はぎゅっと制服の胸元を握り締める。
――――あの時間にさえ、嘘があったの……?
「……鬼道さんには妹がいるんですか?」
「ああ……、それがどうも……。音無、みたいなんだ。鬼道さんの妹ってのは」
「春奈ちゃんが……⁉」
予想外の土門の答えに[#dn=1#]は思わず声を上げずにはいられなかった。彼と、雷門中マネージャーの音無春奈が兄妹……? 土門は確証があって言っているのかもしれないが、[#dn=1#]はとても信じられなかった。
名字が違うのは複雑な事情があると仮定しても、容姿だってあまり似ているわけじゃない。鬼道だけでなく、春奈の方だって兄がいるなどそんな素振りを見せたことはない。
なんだか展開についていけない。額を抑え、[#dn=1#]は混乱を落ち着けようと息を吐いた。情報を整理するためにじっと考え込んでいると、土門はそんな[#dn=1#]の肩を叩く。
「[#dn=2#]ちゃん、俺は……。今も総帥に従う鬼道さんの肩を持つわけじゃない。だけどさ、あの人は悪い人じゃないんだ」
「……」
「こんなことになって無理かもしれねーけどさ……。鬼道さんを誤解してほしくない。……特に[#dn=2#]ちゃんも鬼道さんが好きだったなら」
真剣に語り掛けてくる土門の視線を逃れて[#dn=1#]は目を伏せる。こんな言葉にさえ、未だに未練がましく心が揺らぐ。
ーーーー興味がないと言ったのだ。身の程を知れと……、私の気持ちを嗤ったのだ。
闇を纏った瞳には憂いが過ぎる。鬼道は間違いなくあの日、[#dn=1#]の気持ちを罵り踏みにじった。鬼道の好意が自分に向けられているなどという話はとても信じられない。……ただ。
彼が悪い人ではない、という言葉は嘘ではないと信じたい。今になっても[#dn=1#]を気遣うような言葉があり、電話で[#dn=1#]の話をあの頃のように聞いてくれる鬼道がいるのもまた事実。かつて傍で過ごした日々の優しさを疑いたい訳じゃないのだ。
鬼道の真意は[#dn=1#]には見えない。それでも、[#dn=1#]の中で決めていることが一つだけある。そこに彼への信頼は影響しない。
「土門さん、私は」
閉ざしていた口を開き、[#dn=1#]は静かに思いを告げる。
「鬼道さんが何と思っていようと……。私には一郎太くんがいる。……鬼道さんへの想いに囚われたままの私に、それでもいいと言ってくれた彼が」
そう宣言して[#dn=1#]はちら、と背後を振り返る。彼女の一瞬陰った夜の海のような眼差しが風に揺れる青い髪を捉えると、瞳の中に淡い煌めきを浮かび上がらせる。その姿に勇気づけられ、[#dn=1#]は土門を見上げて毅然と微笑んだ。
「他の誰も関係ないんです。私は一郎太くんの想いに応えたい」
「……そっか」
[#dn=1#]の言葉に対して、土門は複雑そうな表情を浮かべた。だが、土門はニヤッと笑って[#dn=1#]の肩をポンポンと大げさに叩いた。
「まあ、[#dn=2#]ちゃんがそう言うならなー。事実風丸とはアツアツみたいだし」
「ど、土門さん!」
ワザとらしく土門がおちゃらけた口調で言う。土門のからかいの言葉にシリアスな空気は一瞬にして吹き飛んでいった。[#dn=1#]はほんのりと頬を赤らめて口元を隠す。土門は[#dn=1#]の肩に置いていた手をパッと上げてひらひらと振ってみせた。
「ははっ。……まあ、なんていうかさ、今まで悪かったな。これからは帝国とかは関係なしでよろしく、[#dn=1#]ちゃん」
「……うん。こちらこそよろしくね、土門くん」
どちらともなく手を差し伸べて握手を交わす。お互いの口調の変化が二人の間の蟠りが解けたことを示していた。