FF編 第四章
いよいよ地区予選二回戦の日がやってきた。対戦相手は御影専農中学、視界会場は相手のホームで若干不利だが勇み足で雷門イレブンは会場に訪れた。
御影専農のグラウンドはハッキリ言って個性的だった。ピッチの各所には何に使うのかも分からない奇妙アンテナが設置されており、何とも異質な空気が立ち込めている。
だが、円堂の言う通りサッカーにアンテナがあろうがなかろうが関係ない。先日受けた借りも勝利に代えて返すだけだと選手たちは円陣を組んだ。
試合開始のホイッスルが響き渡り、フットボールフロンティア地区予選二回戦が開幕した。イナビカリ修練場の厳しい特訓が自信となり選手たちの気合は十分。コンディションは決して悪くない。
だが、試合を開始してみるとどうにも奇妙な感じだった。それは雷門イレブンの不調ではなく、相手チームのせいだった。まるで精密な機械を相手にしているかのよう……、雷門イレブンはひたすら裏をかかれてばかりで試合は優勢に運ばない。
「……!」
ただ完全な劣勢というわけでもない。ノートを開いて試合を見つめていた[#dn=1#]が弾かれたように肩を揺らす。ピッチにいる風丸が相手チームの八番からスライディングでボールを奪ったのだ。
よし、とガッツポーズでもしたくなるのを堪えて[#dn=1#]はノートの上で拳を握る。だが風丸のファインプレーに表情が緩むのは抑えられていなかった。
「風丸先輩ってあんなに足が速かったですっけ?」
嬉しそうな顔をしている[#dn=1#]に気が付いて、春奈がビデオカメラ片手に[#dn=1#]に問いかけた。[#dn=1#]はすでに宍戸にパスを送った風丸に一度視線をよせ、それから春奈の疑問に首を横に振った。
これほど歴然とするものか、今日の試合を目の当たりにして[#dn=1#]も驚いていた。普段から風丸の走りを一心に見つめているからこそよく分かる。彼の走りはグンとスピードを増していた。
「ううん。……一郎太くん、前より速くなってる」
イナビカリ修練場の特訓の成果だ。今度は豪炎寺へとパスを送る風丸を彼女の視線が追いかける。圧倒的なスピードでフィールドを駆ける風丸の姿に胸が高鳴って仕方がなかった。
試合内容をメモする手が止まって、風丸の姿ばかりを目で追いかけてしまう。カッコいい、片時も目を離したくない。
誰よりも速くピッチを駆け抜けてボールを奪う。いつの日か、[#dn=1#]が見たいと願った姿がそこにある。それが尊く、彼の活躍がまるで自分のことのように[#dn=1#]は嬉しかった。
しかし……、時間が経つにつれ試合は雷門にとって悪い方向へ展開していた。
一点先取されたところまでは仕方がなかったのだが、一点を獲得した御影専農は前半終了まで時間いっぱいチーム内でボールを回し始めた。
つまりは、この一点を覆されないよう、守りに逃げるサッカーへ作戦を変えたということだ。
ハーフタイム、相手チームの作戦の酷さに選手たちは憤慨しながら控室に入っていった。
どうにか後半から立て直せればよいが……、マネージャーと目金、影野と監督の冬海はベンチに残って後半の開始を待っていた。
それぞれの表情は暗く、この後の試合展開に憂色を示している。春奈が膝に置いたビデオカメラをなぞりながら不安げな面持ちで呟いた。
「どうしよう……。先取点取られちゃいましたよ」
「キツイわね、こっちの必殺技はみんな止められちゃうんだもの」
春奈の言葉に同調して秋も俯く。打開策がない以上マネージャーたちの中にも焦りが生まれる。しかし夏未だけはどこか自信ありげだった。壁に身体を凭れて言葉を紡ぐ。
「大丈夫よ。彼らはイナビカリ修練場での特訓で一回り大きくなったのだから」
「でも、あそこはサッカーの練習は」
できなかった、と[#dn=1#]が返答をしようとして言葉を止めた。スカートのポケットの中に入っている携帯が音もなしに震え始めたのだ。試合中だからとマナーモードにしていた携帯が着信を知らせているらしい。
一瞬、無視しようかと出るのを躊躇ったが、ハーフタイムということもあり携帯を手に取る。
「ちょっとごめんなさい」
ベンチから立ち上がり、[#dn=1#]は控室へ続く通路へと下る。照明の落とされた暗い通路に誰もいないことを確認してから携帯を開いた。
画面に羅列されているのは見覚えのない番号だった、しかし非通知ではない。……誰だろう。疑問に思いつつ震え続ける携帯の画面を[#dn=1#]はじっと見つめる。
転校してから急に携帯番号やメールアドレスの登録件数が増えた。もしかすると登録漏れがあったのかもしれない。様々な推測をしつつも[#dn=1#]は携帯を耳に当てる。
とりあえずこの場は電話に出て、相手を確認すればよい。相手が覚えのない人物であれば即座に切ってしまえばいいのだ。
「もしもし……?」
躊躇いがちに[#dn=1#]が電話口に囁く。少しの間、返事が返ってこなくて[#dn=1#]は緊張から髪を耳に掛けて整えた。だが、電話先には誰かいるはずだ。相手方が息を呑んだのが電話越しに聞こえた。
「久しぶりだな、[#dn=2#]」
低く落ち着いた声が[#dn=1#]の耳に届く。最初の一音だけで相手が誰であるかはハッキリと分かった。満を持して[#dn=1#]の耳に聞こえてきたのは、[#dn=1#]にとって予想外の人間のものだった。
「⁉ ……鬼道さん、ですか?」
衝撃に思わず携帯を取り落としそうになる。聞き返しておきながら、[#dn=1#]は電話の先にいる相手が鬼道であることを確信していた。握りなおした携帯を持つ手に力がこもる。
「私の番号、どうして……」
戸惑いを隠しきれない[#dn=1#]の声を聞き、鬼道が電話の奥で笑った。
「フッ、驚いてるようだな。そんなことより[#dn=2#]、この試合が終わったらこの会場の……。そうだな、雷門側のベンチの真正面にある応援席入り口に来い」
「なぜ、ですか……。私に用なんて」
想定外の相手、鬼道への緊張と相変わらずの支配的な言葉に心臓が大きく脈打つ。[#dn=1#]は平静を装おうと、言葉を短く切って声の震えを誤魔化そうとした。
だが、[#dn=1#]のささやかな抵抗はは電話の奥の鬼道には筒抜けのようだった。意味深に鬼道が笑う。
「なぜ? お前に会いたいから、では不足か?」
「え……?」
唇から声にならない声が漏れた。鬼道がさらりと発した言葉は不覚にも[#dn=1#]の心に甘く響く。なんで、会いたいからだなんて……。毒に似た痺れに[#dn=1#]は唇を噛む。
甘言は嘘だと分かり切っているのに心は簡単に絡めとられる。頭で考えれば鬼道に都合よく利用されるだけだと理解しているのに……。それでも[#dn=1#]は鬼道の言葉を拒めない。
「わかりました……」
断る選択肢が端からない。カラカラに乾いた喉から、[#dn=1#]は声を絞り出して鬼道に返事をした。
土門に脅しを言づけるようなことをするのだ。拒めば何をされるか分かったものじゃない。……大丈夫、雷門に不利益をもたらす問いは知らないと言い切ってしまえばいい。
それにこっちから鬼道に聞きたいことだっていくつもあるのだ。鬼道と対面しておくことは悪い判断ではないはず。
そうやって[#dn=1#]は自分の行動に言い訳をし続ける。心の底にある鬼道に会いたいという純粋な欲求を言葉で誤魔化し、見ないようにして蓋をする。
そんな[#dn=1#]の心を見透かしてか、スピーカー越しに鬼道の声が先ほどに比べて機嫌よく響いた。
「良い判断だ。……待ってるぞ」
待っている。……かつて帝国で過ごした日々を彷彿とさせる言葉を残して鬼道は電話を切った。ツーツーと無機質な不通音が耳に残る。
[#dn=1#]はゆっくりと携帯を下ろして手の中に握りしめた。彼の名前を聞くだけで、声を聞くだけで。未だに一瞬のうちにあの頃に引き戻されてしまう。これでは、風丸を裏切っているのと変わらないのに……。
己の心のままならなさに[#dn=1#]はその場にうずくまった。もうすぐ後半が始まる。ベンチに戻らなければならないのに足が重くて動かない。胸の動悸を押さえようと重く彼女は息を吐く。
前半からそう時間が経ったわけではない。それなのにただ純粋に雷門イレブンを、風丸を応援していた時の気持ちを[#dn=1#]は思い出せなかった。