FF編 第四章
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イナビカリ修練場の試練は、雷門イレブンの想像をはるかに超える過酷さであった。
「んー……」
苛烈な練習を終え、さらに時間が経った現在。やっとの思いで撤収した部員たちはよろよろと着替えて帰っていった。部室に残っているのはまだ着替え終わっていない花織と風丸だけだった。
すでにとっぷりと日が暮れ窓の外は暗い。花織は部室の壁にもたれて床に座り込んでいた。くたくたになった体を壁と右手で支え、彼女は足を地面に投げ出している。乱れた黒髪が彼女の白い頬に落ちた。
「きつい……」
部員たちがいる場では絶対に見せない姿だ。それも仕方がないのかもしれない。イナビカリ修練場の特訓は夏未の警告通り甘くなかった。風丸でさえ、休憩を経てようやくまともに動けるようになったのだ。
むしろ、その点を言えば花織の方が忍耐強いのかもしれない。彼女は練習を終えて疲れ切っている身体でマネージャー業や選手たちの応急手当てに参加していた。そして腰を下ろせるようなった今、とうとう体力尽き果ててぐったりしているのだから。
「花織、大丈夫か?」
節々痛む身体を庇いながら風丸が花織の隣に腰を下ろした。立ち座りをするだけで疲労が全身を蝕む。それは花織も同じだろうと風丸が心配を向けると花織は力なく微笑んだ。
「うん、平気。でもちょっと休んでいい……? 少し休んだら着替えるから」
彼女の白い艶肌に残った無数の擦り傷から乾いた血が滲んでいる。何度も転んだせいで作った傷だ。彼女の傷を見つめて風丸は顔をしかめる。
自分や円堂、あの豪炎寺でさえもボロボロになるほどの練習だったのだ。彼女が疲弊して動けなくなってもおかしくない。花織がこんなことをしなくてもよかったのに……。
元運動部だとかは関係ない。花織にさせるべきじゃない練習だった。風丸は痛々しく傷つけられた花織の足に苦い思いで唇を噛む。
明日からは花織が何を言ってもイナビカリ修練場での特訓はやめさせないと……。そう深く決意する風丸の肩に重みが落ちる。ふわっと覚えのある制汗剤の甘い香りが薫った。
「……え?」
一瞬何が起こったのか分からずに声を漏らす。風丸がさっと肩を引くと花織の身体が自分に寄りかかってきて、咄嗟に彼は花織を両手で受け止めた。
耳に届く呼吸の音、風丸の腕の中でそれは規則正しく繰り返される。花織の寝息だ。……どうやら、疲れのあまり彼女は眠ってしまったらしい。
風丸はどぎまぎしながらも花織を起こさないよう慎重に姿勢を整える。胸に抱き留めた彼女の前髪をそっと指で整えながら、眠っている花織の顔を眺めた。
「……」
恋に気づいたその日から、自分でも不思議なくらい花織のことが好きだ。
そして、その気持ちは日ごとに強さを増していく。花織を思うと彼はいつもより強く鳴れた。彼女のためならどんなことだってできる、そんな気持ちにさえなるほどに。
無意識にため息を零し、花織の髪を整えた指を静かに彼女の頬に滑らせる。
睫毛……、長いな。それに白いし柔らかくて……。あどけない寝顔をみていると、それだけで心臓がどくどくと全身を打ち鳴らす。
童話の中に出てくるお姫様ってものは、きっとこんなふうなのかもしれないと柄にもなく考えた。……どう見たって、やっぱり可愛い。
「花織……」
囁いても依然として花織は眠り続けている。無理にでも起こして一刻も早く家で休ませるべきか。それとももう少しここで休憩を取らせるべきなのか……。心臓の音ばかりが自分を支配していて判断がつかない。
「……!」
脱力した彼女の腕がわずかに動いた。ん、と微かに呻き声を漏らして花織の表情が歪む。Tシャツの袖口から彼女の上腕に付けられた大きな青あざが覗く。目に捉えた瞬間、彼は胸にざらりとした感覚を覚えた。
……これも今日の練習で作ってしまった怪我だ。もしかすると動かすだけで痛みがあるのかもしれない。いや、それも大事だがちゃんと時間がたったら消えるよな? 花織の身体に傷が残る想像をするのは風丸には耐え難いことだった。
――――こんな怪我してほしくない。
傷を庇いながら思いのままに風丸が小さな体を抱き寄せる。イナズマ落としの特訓の時も今回も、花織が練習に参加するのを渋る理由はこれだ。
もちろん一緒に練習をできるのは嬉しい。風丸は花織の走る姿に心を惹かれて、花織の走りを尊敬している。一途でひたむきな花織の頑張りも。
だがサッカー部の練習は無茶が多すぎる。自分にはなんてことなくても花織は違う。
花織の身体は自分のものとは違う、花織自身にももっと大切にしてほしい。風丸はそう思いながら胸に抱き寄せた彼女に額を寄せた。心地の良い温もりが触れ合った肌から伝わってくる。
きっと、今すぐ花織を起こして家に帰らせるのが最善だ。けれどもう少しだけこうして静かな時間を過ごしても許されるんじゃないか。……もう五分だけ、そう思いながら風丸は花織を抱きしめたまま目を閉じた。