FF編 第四章



 コート沿いのベンチに移動し、ふたりは腰かけて休憩を取ることにした。タオルで汗を拭き、ボトルを傾けながらふたりは隣り合わせに並んだ。どちらともなく寄り添って身体が揺れれば時折肩が触れる。今となっては彼らの日常的な姿であった。

「ごめんね、一郎太くん。私じゃ練習相手にならないよね」

 手の中にあるボトルの蓋を指でひっかきながら彼女は俯く。その表情には己の不甲斐なさに対する悔しさが滲んでいた。

 先ほどの練習、振り返ってみると自分の実力が及ばないと痛感させられるばかりだった。基礎的な能力差がもとよりあるが、風丸と並ぶと自分の未熟さがより際立つ。

「何言ってるんだよ。[#dn=1#]、すごく上手くなってるじゃないか」
「そういってくれると嬉しいけど……。でも一郎太くんが私に合わせたんじゃ練習の意味がないし」

 風丸と一緒に走りたい。それが彼女の切なる願いだ。役に立ちたい、対等な練習相手として彼の成長を支えたい。それが[#dn=1#]がサッカーの自主的な練習を欠かさない理由だ。。

 もちろん、部のマネージャーとしての役割の重要性は理解している。まだまだ学ぶことはたくさんある。マネージャーとしても一人前じゃない。すべてを理解したわけでもないのに選手の真似事をするのは間違っているのかもしれない。

 だが、[#dn=1#]は出会ったその日から風丸と走ることに喜びを感じていたのだ。彼と走ることを簡単には諦められない。それにこの頃は特に思う。彼と同じフィールドに立ちたい、と。

 試合に参加することまでは望まない。むしろ試合の時は彼の勇姿を余すことなく見届けたいと思う。ただ、たまには彼と同じ世界を走る喜びを実感したいのだ。

 しかし今の自分の実力がそれに値しないことは、少し走るだけで痛いほど突き付けられる。[#dn=1#]の力は風丸が本気を出すにはほど遠い。

 それが[#dn=1#]は辛いのだ。風丸の時間を無駄にしてしまっているようで申し訳なさが胸に募る。

「私が……、もっとサッカーが上手かったら」

 無いものねだりをしても仕方がないのは分かっている。上手くなるためには練習あるのみだということも。陸上でのスプリントだって磨きに磨いて自信をつけた。一朝一夕に身につくことじゃなかった。

 [#dn=1#]はぎゅっとボトルを握っている手に力をこめる。それでも悔しくて堪らないのだ。

「十分上手いよ、それにさ」

 風丸の手がぽんと[#dn=1#]の頭にのせられた。彼の手が触れ、[#dn=1#]はぴんっと飛び跳ねて彼の方を見る。風丸の視線を仰ぐと、穏やかな茶色の眼差しが[#dn=1#]を鷹揚に見つめ返した。

「俺は[#dn=1#]と一緒にサッカーができて楽しい。上手いとか下手とかじゃなくてさ、それが俺にとって一番だ」

「……一郎太くん」

 さっき手を差し伸べてくれたように、彼はいつも私に寄り添ってくれる。

 風丸の言葉は[#dn=1#]にとって救いだった。”楽しい”と彼が心からそう思ってくれているのなら、一緒に走る時間を彼と同じ気持ちで共有できているのなら。それに勝るものはない。

 [#dn=1#]が抱えている不安な気持ちや劣等感が、つまらないちっぽけなものになって霧散する。辺りを照らす夕日の色に似た気持ちが胸を満たした。

「一郎太くんがそう思ってくれてるなら……」

 控えめに[#dn=1#]が言葉を零す。身体にこもっていた緊張がゆっくりとほぐれていった。

 本心を言えば彼に見合った力で、彼のためになる練習をしたい。でも彼の言葉のおかげで、今はきっとこれでいいのだと自分を納得させることはできる。

「ああ」

 彼の手が柔らかく[#dn=1#]の髪を撫でつけ、毛先を遊んで、そっと頬をなぞる。彼の指先から嘘も偽りもない気持ちが伝わってくる。少しくすぐったさに[#dn=1#]ははにかんだ。言葉もいらず、[#dn=1#]は風丸の指の感覚に浸って目を伏せる。

 幾ばくかして、ふと思い至ったことがあり[#dn=1#]が口を開いた。

「そういえば……、一郎太くん」
「ん?」
「キャプテンは勝つためには新必殺技だって言ってたけど……。一郎太くんは何か必殺技を作らないのかなって」

 雷門中の代表的な必殺技は豪炎寺のファイアトルネードをはじめとするシュート技がいくつかと円堂のゴッドハンド。ドリブルやブロックに関する必殺技はまだ誰も考案していないことが[#dn=1#]は少し気になっていた。

 ……土門が野生中戦で披露したキラースライド、あれは帝国サッカー部が得意とする技だ。すなわち雷門サッカー部由来の、というよりも風丸の必殺技がないのだ。

 風丸の必殺技が見たいから、というのは[#dn=1#]の私情だが、ドリブルやブロック技が生まれれば必ずチーム力の底上げになる。作らない理由はないはずだ。

「ああ、必殺技か……」

 [#dn=1#]の言葉を受け、少し困ったような顔をして風丸が自分の頬を掻いた。

「そうだな、作りたいとは思ってるが……」

 難しい顔をした風丸はそれ以上言葉を続けなかった。太ももの上に下ろされた彼の手が軽くズボンを握り締める。風丸の心を読み解きながら[#dn=1#]は小さく頷いた。

 確かに作ろうと思ってすぐにできるものでもないかもしれない。初めての必殺技だ、何からどう考えてイメージを膨らませればいいか右も左も分からないだろう。[#dn=1#]だって分からないのだ。

 しかも現状、サッカー部での必殺技の特訓は禁止されている。チームメイトの技を参考にすることもできない。ヒントも何もない状態でどうすればいいと迷う彼の気持ちはよく分かる。

 だけど、彼が必殺技を作りたいと思っているのなら。このまま燻っていてほしくない。

「一郎太くん」

 今度は[#dn=1#]の方が手を伸ばした。力なくズボンを握り締めていた風丸の手にそっと自分の手を重ね合わせる。

 彼のためにできることがあるかは分からない。力はないし、サッカーも始めたばかりで知識も少ない。

 それでも人一倍、誰よりも風丸の活躍を期待しているからこそできることがあるはずだ。その意気込みを宿して[#dn=1#]はじっと風丸を見つめる。

 勝手な空想で終わらせたくない。風丸が風を切って圧倒的な速さでピッチを駆け抜ける姿を。相手チームをスピードで翻弄していく。彼ならきっと、そんな必殺技を編み出せるはずだ。

 驚く風丸に[#dn=1#]は柔和に微笑みかけた。

「よかったら一緒に考えよう? 私、一郎太くんの必殺技、見てみたいな」
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