FF編 第四章
サッカー部の練習のあと、風丸と[#dn=1#]は再び河川敷へ戻って自主練習に勤しんでいた。
サッカー部全体での練習が終わってからおよそ一時間が経った現在。晴天だった空は夕焼けの色に染まり、虫の声が草むらで存在を主張している。さっきまで河川敷に集まっていた人だかりはようやくいなくなっていた。
学校内のグラウンドを借りることができず、練習する場所の無い雷門イレブンは未だに河川敷のグラウンドを主の練習場所として使っている。しかし地区予選一回戦を終えてから、明らかに練習に支障が出るようになってしまったのだ。
試合放棄の結果とはいえ、あの帝国学園から一点を獲得し勝利した。さらには去年の地区予選決勝に出場した野生中にも勝ちを収めたのだ。突然に名を上げ始めたチームは当然のごとく注目が集まる。
今日の練習にも様々な学校が雷門サッカー部の偵察に来ていた。双眼鏡やカメラを手に高架橋の辺りから雷門イレブンの観察をしている者たち……。これがこの頃の雷門中サッカー部の悩みの種であった。
なんせ練習の一部始終を記録されてるのだ。偵察隊の前に実力を晒し続けていれば分析され、弱点を暴かれるのは時間の問題だ。対面したときにこちらだけ情報が丸裸にされているのは圧倒的に不利となる。
このような事情から、雷門サッカー部は特に必殺技の練習の禁止を言い渡されていた。
これは新たにマネージャーとなった理事長の娘こと雷門夏未の指示だ。一見横暴なようだが、事実必殺技の情報を明け渡すことは命取りになる。指示に従うのが賢明な判断だった。
それでも必殺技の練習がしたい。この気持ちはサッカー部の総意だった。
中でもキャプテン円堂は、先日の御影専農中学から仕掛けられた勝負で敗北を喫したこともあって特にそう主張していた。御影専農は次の地区予選の対戦相手、試合の日までに彼らを打ち破るための力が必要がある。
とはいえ……、練習場所がなければどうしようもない。堂々巡りの末、解決策も見つからないまま今日の練習は終わってしまった。
不完全燃焼な気持ちを振り払うため、風丸と[#dn=1#]は今日もふたりで自主練習に励む。
一対一で風丸とボールを競り合う。彼の見事な足さばきに翻弄されながらもはがされないように懸命に[#dn=1#]は食らいつく。鋭く足を差し込むたび、汗に濡れた黒髪が揺れ夕日にきらめく。
日々の練習の甲斐あって、[#dn=1#]のサッカー技術は練習を始めた当初に比べれば成長していた。しかしいくらかマシ、というレベルであって日々厳しい練習に打ち込んでいる風丸にはまだ遠く及ばない。
やっとの思いでボールを奪ったかと思えばすぐに取り返される。これまで培ってきた体力と持ち前のスピード、そして何より意地で彼をフリーにしないのが精いっぱいだった。
だが、自分にできることがそれだけだというのならと。[#dn=1#]は懸命に風丸に引きはがされまいと彼のスピードに食らいつく。
もはやスプリントへの熱に負けず劣らずの気迫がその黒い瞳に滲む。強く地面を蹴り続け、脇目もふらずに風丸を追う。[#dn=1#]の根性がどうにかこの一対一を練習として成立させていた。
「……っ!」
素早いフェイントに翻弄され[#dn=1#]がバランスを崩した。よろめく彼女の隙を付いて風丸がゴールにシュートを放つ。勢いよく蹴りつけられたボールはネットにかかり、乾いた音を立てた後てんてんと土の上を転がる。
ゲームセットだ。[#dn=1#]は膝に手をつき、肩を震わせながら早い呼吸を繰り返す。顎を伝う汗が地面に落ちて土をより濃い色に染めた。
「……[#dn=1#]」
乱れた呼吸を堪えながら風丸が[#dn=1#]の方に手を差し伸べた。顔をあげ、[#dn=1#]が横目に風丸を見上げる。彼は青い髪を風に靡かせて柔らかく微笑む。その姿は汗に濡れてもどこまでも爽やかだった。
「ちょっと休憩しようぜ」
気を遣わせてしまったかもしれない。ずっと彼のペースに合わせようとしたせいで最後の方は足が持たなかったから。
そう思いつつも、[#dn=1#]は彼の厚意に甘えることにした。今、これ以上続けてもパフォーマンスが落ちるだけだ。
「……うん」
彼の提案に首を縦に振って腕を持ち上げる。しかし彼の手に自分の手を重ねようとして少し躊躇った。
手が汗で湿っている。それだけじゃない、全身がバケツでもひっくり返したみたいに汗でべとべとだった。
こんなみっともない姿で、手で風丸に触れるのはさすがに気が引ける。それに臭いも……、[#dn=1#]がそう思うと指先が縮こまって、彼の手を掴むことができなかった。
「ほら」
だが、そんな[#dn=1#]の葛藤を風丸は意に介さなかった。差し出せなくなっていた[#dn=1#]の手を迎えてしっかりとつかんで引き上げる。
「行こうぜ」
いつもと同じ、彼は屈託なく優しく頼もしく笑ってくれる。彼の笑みが向けられると[#dn=1#]はきゅうっと胸の奥が甘く痛む。触れ合った手のひらは[#dn=1#]と同じようにしっとりとしている。そして何よりとても温かかった。