FF編 第四章
記念すべき地区予選初戦。野生中との試合は無事に努力が実る結果で終了した。特訓の成果を揮った豪炎寺と壁山のイナズマ落としが炸裂し、見事に決勝点を収めたのだ。
雷門中サッカー部のスタート地点、帝国学園との練習試合はともかく。尾刈斗中、野生中と順調に彼らは勝ち星を挙げている。目覚ましい快進撃だ。廃部寸前だと笑われていた彼らは弱小サッカー部の汚名を返上しつつある。
……だからなのだろう。
鬼道有人は階下に広がる殺伐としたサッカーグラウンドを見下ろしながら、自分がここへ視察へ来た理由を改めて認識していた。
映像が放つ光以外はほの暗い闇が漂う、無機質で何より機械的な空間だ。最新鋭の膨大コンピューターが駆動する音、排熱を促すファンの音が静けさの中に微かに響く。ここは、ある意味で帝国よりも異質で精密な空気に浸されている。
スクリーンに映し出されているのはこれまでの雷門中の試合から分析したプログラムデータ。それをホログラムとして投影し、練習相手としているのは雷門中学の次の地区予選の対戦相手。
彼らは御影専農中のサッカー部員たちだ。サッカーサイボーグと呼ばれ、機械的で正確なサッカーを特徴とするチーム。高度な分析と科学力が彼らのシミュレーションをよりリアルに形成する。
帝国の傘下の中でも優遇されここまでの技術が提供されているのは、影山総帥が資金援助をしているからだ。多少なりと目を掛けているということだろう。雷門を叩き潰すための駒として。
寸分の狂いもないサッカー。無感情でどこか冷めている。すべては想定内でサッカーに対する熱量は感じられない。徹底した勝利への自信には賞賛に値するものはあるが、とはいえ実力は帝国には遠く及ばない。
「イッヒヒヒヒ……。素晴らしいでしょ総帥。我が校の誇るコンピュータシステムで管理されたサッカー選手たちは」
独特な笑い声を零しながら御影専農の監督がコンピュータを操る。得意満面にキーボードを叩き、参照データを切り替えた。小柄でぼさぼさと長い髪、そして顔に装着している機械のせいで顔は口元しかのぞかせない。いつ見ても不気味な男だった。
不遜な表情のまま鬼道は上着のポケットに手を突っ込んだまま、巨大なスクリーンに映し出された表示を見る。勝率九九.九%……、御影専農が”現在の”雷門中学に勝利する確率だ。シミュレーションバトルの結果は四対ゼロだった。
サッカーは三点取れば試合が決まると言っても過言ではない。まさに完勝と呼べる結果だ。これが実現すればの話だが。
「なるほど。プログラムデータ相手とはいえ、よく仕上がっている」
わずかに首を傾け鬼道は隣に立っている影山総帥の方へと視線を送る。評価は及第点といったところか、御影専農サッカー部の仕上がりに総帥はそれなりに満足はしているようだ。薄い唇には冷たい笑みを浮かべている。
「このプログラムは相手チームを完全に分析しているのですよ。……サッカーサイボーグとも呼べる彼らたちが本番でも完全な勝利をお見せするでしょう」
影山総帥の言葉に御影専農の監督はますます得意になったようだ。不気味な笑い声を挟みながら鼻高々に説明を続ける。
しかし、影山総帥は冷ややかにその言葉を一蹴した。
「勝利……? 雷門を潰すことなど勝利の内に入らん、ただの害虫駆除作業だ」
「お、おぉ……、失礼いたしました。もちろんです、消しゴムのかすを払うようなもので……」
冷徹な影山の声に御影専農の監督はあからさまに狼狽えた。慌てて手を振り発言の撤回を試みながら、影山の機嫌を取り戻そうと口早に言葉を取り繕う。そして再びいかにサッカーサイボーグである彼らが素晴らしいかを説明し始めた。
そのやり取りに口を出す気はなく鬼道は、ただロボットのように無感情に整列した御影専農の選手たちを眺める。
――――いつもそうだ。
影山総帥は雷門中の話になるといつにも増して冷酷さを増す。憎悪を滲ませる眼差し、言動。初めての雷門との試合の時にもそれが顕著に見て取れた。そして今も。
なぜ影山総帥が雷門中に執着するのか、その理由は鬼道も知らない。四十年間無敗の帝国学園を指揮してきたのはこの人だ。あの馬鹿馬鹿しい熱さが気に入らないのか。いや、あるいは過去に何か因縁があるのか。だが知る必要のないことだと鬼道は目を背けて口を噤む。
それに弱小のサッカーチームが一つ消えようがどうなろうが、鬼道には関係ないことだ。息を吐きながら鬼道は過去の雷門との試合を回想する。
何度叩きのめしても立ち上がる諦めない姿勢、理屈を感じさせないガムシャラな熱意。あの練習試合での不屈の姿が脳裏に焼き付いて離れない。奴らのサッカーには久々に心が浮き立った。
「……」
だが、勝利に比べればそんなことは重要じゃない。鬼道は眉間に深く皺を刻む。……少々想定外の事態があったのは確かだ。だからとはいえ心を砕く理由にはならない。
勝たなければならないのだ。帝国の面目を潰されたまま雷門が二回戦で敗退する結果を不本意に感じないわけではない。
だが、総帥がそう指示し帝国が無敗記録を更新すること。鬼道の功績が全国大会三連覇に結び付くのであれば彼に選択の余地はない。
総帥の意見に従うまでだ。負けなければ鬼道の悲願は達成される。鬼道有人として、兄としての責任を果たし、願った未来を絶対に手に入れるのだ。
ポケットの中で温度の無い携帯電話の角を指でなぞる。無性に込み上げてくる"声が聞きたい"という欲望を必死に無表情の奥に押し込めて仕舞いこむ。雷門との試合で得た想定外の一つ。鬼道の脳裏に美しい黒髪の少女の姿がよぎった。
春風と共に訪れ鬼道の世界を塗り替える。克明に描き出された記憶の中で、彼女はかつてと変わらない微笑をこちらに向けた。……やはり勝たなければならない、何においても。
いつか取り戻せるはずだ。角が手のひらに食い込むほど携帯電話を強く握りしめ、ゴーグルの奥で瞼を伏せる。焦がれ、縋るような気持ちで鬼道は必死に己に言い聞かせた。
勝利の果てにはきっと、この想いが報われる日が来るはずだ、と。