FF編 第三章



 理事長室で発見された秘伝書。その中には円堂守の祖父、円堂大介が残した必殺技の数々が記録されていた。

 恐ろしく汚い字で書かれた大介の言葉は円堂にしか読めず、そのうえ読めても意味が難解で謎解きに等しい。

 しかし、豪炎寺の推察の結果、秘伝書の中に記されている技のひとつ「イナズマ落とし」が高い打点からの攻撃を行うシュート技だということが分かった。

 この必殺技を習得できれば、野生中との試合にもきっと勝てるはずだ。そう意気込む雷門イレブンは今日はチームを三つに分け、鉄塔広場で練習を行っている。

 「イナズマ落とし」は二人の連携技だ。高い打点からのオーバーヘッドキックが可能な高い技術力を持つ豪炎寺。

 そして豪炎寺を高くジャンプさせるための土台役として身体の頑丈さを買って壁山が技習得のために抜擢された。

 そのため豪炎寺を主軸に添え、彼をサポートするチームと壁山をサポートするチーム。そして残りの選手のチームへと別れて練習を行うことになった。

 マネージャーもそれぞれのチームに一人ずつ配置されている。円堂・壁山は秋。豪炎寺・風丸・染岡は[#dn=1#]。その他は春奈が担当しているのだが……。

 陽が沈みだして辺りには薄闇が掛かり始める。高くそびえる鉄塔の影は伸び切って陽の沈んだ地面の中に溶け始めている。

 もう何度目か数えていないドン、という豪炎寺が地面に伏す音を聞いて[#dn=1#]は苦々しく顔をしかめた。

 豪炎寺が行っているのは高い位置からのオーバーヘッドキックを繰り出すための練習だ。

 風丸、染岡の腕を踏み台にして飛び上がり空中でオーバーヘッドキックをして着地をする。その一連の動作の習得のために何度も同じことを繰り返していた。

 精度を上げるために反復練習をするしかないのは[#dn=1#]も理解している。しかし、この練習は豪炎寺にとっても、踏み台役をしている風丸や染岡にとっても負担が大きいものだった。

「三人とも……、少し休憩しよう? あまり根を詰めてもよくないよ」

 地面から身体を起こした豪炎寺の表情が痛みに歪んでいる。見ていられなくなって[#dn=1#]は三人の元へ駆け寄った。背を屈め、豪炎寺の顔を覗きこむ。

 豪炎寺はこの練習を始めてからずっと三メートル近い高さからオーバーヘッドキックを試み、着地を上手く決められないでいた。

 すなわち、彼の身体は何度も何度も地面へと叩きつけられる。どんどんそのダメージが蓄積されていっているのだ。

「[#dn=2#]、悪いが休んでいる暇はない。……時間が無いんだ」

 それでも豪炎寺は[#dn=1#]の言葉に耳を貸す気はないようだ。険しい表情を浮かべつつ、彼はゆっくりと腰を抑えながら立ち上がる。豪炎寺の痛みはどれほどか。

 無力感に苛まれ[#dn=1#]はハーフパンツの裾を握り締める。

「でも、もう一時間半も休憩なしで……」
「[#dn=1#]、豪炎寺がやるっていうんだ。……それに俺たち、初戦で負けるわけにはいかないだろ」

 引かないのは豪炎寺だけではない。風丸が頼もしく微笑んで彼女の肩を叩く。しかし……、だ。

 [#dn=1#]は自分に触れる風丸の腕を見て一層表情を曇らせる。休んだ方がいいのは決して豪炎寺だけではない。

 風丸の腕は赤く腫れ、いくつもの擦過傷から薄く血が滲んでいる。染岡も同様だった。その痛々しい様相はこの練習を見ていれば当然の結果だ。

 サッカー用のシューズにはポイントが付いている。スパイクのポイントが針ではないとはいえ、彼らの腕が踏み台になるたびに豪炎寺の体重分、ポイントが彼らの腕に食い込む。

 それだけではない、豪炎寺の蹴り上げる力によって皮膚も何度も傷つけられるのだ。これ以上の負荷を避けるべきなのは明白だった。

「でも、一郎太くんも染岡くんも腕がもう真っ赤だよ」
「これくらいどうってことねえよ! 早く練習再開しようぜ」

 痛みなどこれっぽっちもないと言わんばかりに、染岡がさっと自分の腕に付いた砂を払いその赤い腕を構える。染岡に続いて風丸も腕を構えようとした。

 しかし[#dn=1#]は風丸の腕を止め、深刻な表情で三人の顔を見つめる。

 夕風に黒髪が揺れ、その色と同じ彼女の瞳は彼らに負けない闘志が宿っていた。きわめて落ち着いた口調で[#dn=1#]が言い切る。

「だったら……、せめて踏み台は私もやる。見てるだけなんて嫌」
「[#dn=1#]……⁉」
「お願い、手伝わせてほしい。交代しながらやれば、せめて染岡くんと一郎太くんは少しずつ休憩が取れるよね?」

 普段の穏やかで控えめな[#dn=1#]とは打って変わって強気な姿勢だった。

 いつになく堂々とした彼女の姿に驚いて風丸をはじめとする三人は顔を見合わせた。しかし[#dn=1#]の言葉に首を振ったのは風丸だった。

「ダメだ。[#dn=1#]にこんなことさせられない」

 風丸が即答するのは当然のことであった。[#dn=1#]は選手ではなくマネージャー、そして男子ではなく女子なのだ。自分たちと同じ練習をさせるという選択肢は風丸の中にはまず存在していなかった。

「どうして? 私だってチームの役に立ちたい。選手の負担の軽減するのはマネージャーの努めだよ」

 しかしながら、毅然とした態度で[#dn=1#]は全く譲ろうとしなかった。それどころか[#dn=1#]はジャージの袖口をまくり上げる。

 彼女の瞳にはまるで熱意が炎のように燃えていた。……こうなった[#dn=1#]を止めるのは中々骨だ。[#dn=1#]は一度こうと決めたらこういう敢為さをのぞかせる時があった。

 それでもだ、風丸だって折れるわけにもいかなかった。

「ダメだ」

 ジャージの下から伸びる彼女の白い腕は風丸や染岡よりも明らかに細いのだ。とてもじゃないが豪炎寺の踏み台をさせるには無理がある。……少なくとも風丸はさせられないと判断した。

 話は平行線だった。[#dn=1#]はもどかしそうに息を吐く。[#dn=1#]の視線が風丸から逸れ、彼の隣に立っていた染岡の方を向いた。

「ねぇ、染岡くんもそう思うでしょう? その方がずっと合理的だって」

 このままでは埒が明かないと思ったようだ。[#dn=1#]は染岡の説得にかかった。

「そりゃ、そうかもしれねぇけどよ……。でも[#dn=2#]にさせるわけにはいかねえだろ」
「どうして? 私が参加できない理由はないよね」

 狼狽えつつ染岡が苦渋を滲ませても、[#dn=1#]は一歩も引き下がろうとはしなかった。いつになく頑迷に染岡に食い下がる。

「おい、風丸……」

 何とか言ってくれ、と染岡の方が困り果てた様子で風丸を見た。合理的なのは確かかもしれないが、こればかりはそういう問題でもない。

 お前の彼女だろ、どうにかしろと言わんばかりの視線を染岡は風丸に送る。風丸は染岡の訴えに頷き、闘志に燃える[#dn=1#]の腕にそっと触れた。

「[#dn=1#]、頼む。……お前は女子なんだ、無茶なことはさせられない」

 これは風丸の本音だ。風丸は[#dn=1#]に危険なことは一つだってさせたくないと思っている。練習が止まっている今も、傷ついた腕はじりじりとした痛みと熱を持つ。

 気を抜けば呻きそうになるほどの痛み。練習に参加させるということは、[#dn=1#]にこの痛みを味わわせるということだ。

 許容できない、[#dn=1#]の腕が傷つくのにもきっと耐えられない。風丸のほうもその点に関しては必死だった。だが、やはり[#dn=1#]の方も譲らない。

「女子だから? ……そんなの理由にならないよ。だったら私は、マネージャーという立場上、これ以上一郎太くんや染岡くんの腕が傷つくのをただ見てるなんてできない」

 凛とした彼女の瞳の中、凛とした決意は微塵も揺れない。肩にかかった黒髪をさっと払い、風丸の言葉を振り切って前へ進み出る。

 なんて言葉を掛ければ[#dn=1#]は引きさがってくれるのか。風丸は言葉を見つけられずに歯噛みする。[#dn=1#]、と彼女の肩に触れるがそれでも一歩も[#dn=1#]は折れない。

 ルールで決まっていないのなら、人員が必要とされるのであれば。女子だから、という理由は[#dn=1#]にとって練習参加を諦める理由には到底ならないのだ。風丸もそれは理解していた。

 元々、[#dn=1#]は陸上で全国クラスのスプリンターとしての実力を持つ。目標のためなら自分で厳しい練習メニューを組み実行する行動力がある。

 陸上部の時から[#dn=1#]は風丸と一緒に同じメニューをこなしていたのだ。彼女にとって練習に付随する怪我や苦痛は諦める理由にはならない。

「やろう。時間がもったいない」

 淡々と言った[#dn=1#]の手が、土台を組むのを促そうと染岡の腕に伸ばされる。

「[#dn=2#]」

 しかし、そのときだった。[#dn=1#]の白く細い腕を、風丸の反対側から素早く豪炎寺が掴む。[#dn=1#]の腕を力強くつかんだ豪炎寺はじっと彼女の瞳を覗き込む。

「……豪炎寺くん?」

 空気の流れが少しだけ変わった。夕日が地平線に消える瞬間、一際光を放って[#dn=1#]の瞳をきらめかせる。その瞳の色を豪炎寺は注意深く覗き込んだ。

 彼は黙り込んだまま[#dn=1#]の顔を見て、そしてゆっくりと[#dn=1#]越しに風丸の顔を見た。低く、豪炎寺が口を開く。

「風丸……、きっとそれだけじゃ[#dn=2#]は引かないと思うぞ」

 ぐっと豪炎寺が腕に力を込めて[#dn=1#]を自分の元へ引き寄せる。そして[#dn=1#]の耳元に顔を近づけた。自分の手が触れていた彼女の肩がすり抜け、思わず風丸は目を剥く。

「な……っ」

 今にも[#dn=1#]の耳に唇が触れそうな距離で豪炎寺は二言、三言、[#dn=1#]だけに聞こえる小さな声で何かを囁いた。

 すると途端に[#dn=1#]の頬が見る見るうちに赤く色づく。夕日のせいにはできない。太陽はとうに沈んでいる。

「おい、豪炎寺!」

 風丸に豪炎寺の意図は見えなかったが、彼の行動が不愉快に映ったのは紛れもない事実だった。

 豪炎寺と[#dn=1#]の間に割り入って風丸は[#dn=1#]を背に隠す。風丸の瞳が強く自分を睨みつけているのを見て、豪炎寺はふっと肩を竦めた。

「ほらな」

 何もかも分かり切っているかのような言葉を豪炎寺が零した。何のことだ、と風丸は口を開きかけたが、それよりも先に[#dn=1#]の異変に気が付いた。

 振り返ったとき、一瞬かち合った[#dn=1#]の瞳が揺れた。頬を赤らめたまま[#dn=1#]は風丸から視線を逸らす。

 風丸は当惑するしかなかった。[#dn=1#]が何を考えているのか全く読めない。

 ただひとつだけ分かるのは……、[#dn=1#]がどうやら練習に加わるのを諦めたようだということだった。

「染岡、風丸。続けるぞ」
「あ、ああ……」

 展開についていけず、訳が分からない。染岡はそんな顔をしていたが、これ以上この話を蒸し返すつもりもないようだ。

豪炎寺の言葉に頷き配置につく。風丸も腑に落ちなかったが、これ以上練習時間を浪費するわけにもいかなかった。豪炎寺の言葉に頷きながらもう一度[#dn=1#]を見る。

 俺が言っても聞かなかったのに……、なんで。風丸は顔をしかめながら染岡の方へと腕を伸ばす。

 考えれば考えるほど答えが分からない。胸の中のもやが自分の奥深くを這いまわっている感覚がある。豪炎寺だって、いったい何を言ったんだ。

 とにかく……、今は練習に集中しないと。必死に自分に言い聞かせ風丸は不愉快な感覚を押し潰した。
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