FF編 第二章



 豪炎寺が雷門サッカー部に正式に入部したのは、[#dn=1#]が彼と話をした数日後のことだった。
 
 あれだけ頑なに入部を拒否していたはず。それなのに豪炎寺が意見を転じたことには、実のところ驚かざるを得なかった。どうやらキャプテンである円堂がかなり熱心に説得したらしい。
 
 何はともあれ、これでサッカー部は強力なストライカーを得たのだ。大幅な戦力アップをしたことは間違いない。ピッチを駆ける豪炎寺も抱えていた悩みに区切りをつけたのか晴れやかで楽しそうに見える。

 万事は順調、そう思いつつも複雑さを抱くチームメイトもいるようだ。円堂らと共に初期からサッカー部に所属しているフォワード染岡だ。
 
 帝国学園戦を終えたときから彼の焦りは見えていた。マネージャーとして傍目から彼を見ていると気持ちは痛いほど伝わってくる。

 同じチームの中に圧倒的な実力を持つ人間が入ってくる、それも同じポジションの。嫌でも比較してしまうはずだ。

 最近はそればかりが頭を占めるのか、他の選手に当たっているのをよく見る。
 
 しかしここで腐ってしまわないのが彼の良いところだと思う。部での練習後にも熱心に自主練習に取り組んでいるようだ。どうにか壁を乗り越えてほしいと思う。
 
 豪炎寺と染岡、切磋琢磨しあう二人が雷門のストライカーとして安定してくれれば、雷門サッカー部はさらにレベルアップできるはずだ。
 
 さて、そんな日々が続いていた今日。尾刈斗中サッカー部から雷門中サッカー部宛てに果たし状が届いた。
 
 四十年間無敗だった帝国学園にどんな形であれ勝利したのだ。多くの学校が雷門中に興味を抱いたようで、あの試合以降練習試合の申し込みが後を絶たなかったのだという。

 顧問である冬海は面倒とばかりに終始断りをいれてきたのらしいが……。尾刈斗中からの果たし状だけは受けざるを得なかったと話していた。
 
 急遽取り決められた試合は明後日。断り切れなかったとは言っていたが、試合を受けたのは賢明な判断だとは言えない……。

 [#dn=1#]がそう思うのは、春奈から聞いた噂話や先ほど見せられた尾刈斗中の試合のビデオがあるからだ。
 
 何でも呪いがどうだとか……。にわかには信じがたい話だが、実際試合中に心霊現象のようなものを実体験した生徒がいるというのだ。真っ向から否定もできない。選手に危険があるのならちゃんと辞退してほしいものだ。
 
 しかしその選択肢は端っからない。何でも理事長の娘を名乗る女子生徒に試合に勝利しなければ廃部だ、と半ば強制的に試合を受けさせられ今に至るのだ。

 前々から思っていたが、雷門中はサッカー部に対する扱いがぞんざいだ。
 
 またも廃部をちらつかされるとサッカー部側はどうしようもない。選手たちはあまり乗り気にはなれないようだった。
 
「一郎太くんはどう思う? 尾刈斗中のこと……」
 
 夕焼けを伸ばした帰路、隣を歩く風丸に[#dn=1#]が尋ねる。帝国学園に続いて今度はいわくつきのチーム。彼の身が危険に晒されなければいいのだが、と心配は拭えない。
 
「そうだな。……変なチームだと思うがまだ何とも言えないな」
 
「そうだよね」
 
 とはいえ、対策を立てようにも尾刈斗中の話はすべてあくまでも噂に留まるのだ。現時点では何をしようもない。

 やれることをとにかくやるだけなのだ。自分自身が試合に出られるわけではないが、士気を上げるためにも気力を奮い立たせなければと[#dn=1#]は意気込む。
 
「だけど、絶対に勝たないとね。勝てばフットボールフロンティアに出られるって言ってたし」
 
 今回、尾刈斗中との試合で得られるものは廃部の免除だけではない。理事長の娘が円堂に約束したのだ。この試合で勝てば中学サッカーの日本一を決める大会、フットボールフロンティアへの出場権を与えると。

 帝国学園が四十年の無敗を貫く中学サッカーで最も大きな大会だ。中学サッカーに携わる者の目標だと言っても過言ではない。実際、円堂はこの話をもらって気合を漲らせていた。
 
「ああ、そうだな」
 
 風丸が強くうなずく。風丸も[#dn=1#]も正式にサッカー部に所属しているわけではない。

 しかしどちらもやるからには徹底的に勝利に貢献したいと考えている。選手でもマネージャーでも彼らのその気持ちは同じだった。
 
「絶対勝つ、それだけだ」
 
 前向きに笑いかけてくれる風丸を[#dn=1#]は頼もしく感じた。自然とつられて口元が緩む。いつにもまして気迫に満ちて……、彼がとても心強いと思った。[#dn=1#]は首を縦に振り彼の隣に寄り添った。
 
 * * *
 
 試合当日。空には厚く灰色の雲がかかり今にも雨が降りそうな様子だった。しかし、それにも関わらず雷門中のグラウンドには観客が詰めかけている。

 これも帝国学園との試合の影響だろうか。集まった観客たちを見渡し春奈が感嘆の息をついた。
 
「しかし、人多いですね」
「それだけサッカー部に関心を持ってくれている人がいるってことよ」
 
 秋の言葉に[#dn=1#]は同調して頷く。雷門中サッカー部の弱小のイメージを拭うためにも実際に試合を見てもらって、かつてとは違うというところを見てもらえた方がいい。

 [#dn=1#]ら三人は試合に向けてきぱきと試合に向けドリンクやタオルを準備していく。忙しい時間を過ごしている隣で、選手たちは作戦を話し、各々ストレッチをしている。
 
 [#dn=1#]はひと段落着いたところで彼らの練習に目を向け羨ましさを含めた息を吐いた。
 
 こうしてマネージャーの仕事をしていると、やはり自分も身体を動かせたらと度々思う。選手の管理を行うマネージャーの仕事にやりがいがないわけではないが、物足りなさを感じないと言ったら嘘になる。

 ……女子である自分が、男子サッカー部に混じって選手になるわけにはいかない。それは理解してはいるのだが。
 
「来たぞ、円堂!」
 
 風丸の声がグラウンドに響く。彼の声に[#dn=1#]も含め、皆が校門の方へと視線を向けた。あれが尾刈斗中の選手たち……。

 異様な様相に[#dn=1#]は思わず眉を顰める。少し、いやかなり禍々しいオーラを纏って彼らはグラウンドに入場してきている。
 
「噂に違わぬ雰囲気だね……」
 
 [#dn=1#]が思わず呟けば秋も音無も揃って頷いた。
 
「うん、全然否定できないよ」
 
 呪い、という噂が立つのも否定できない陰気なオーラ。若干の不安を感じながら[#dn=1#]は何も起こりませんように、と心の中で祈った。試合開始までもう時間は迫ってきている。
 
 しかし思いのほか、試合の滑り出しは順調であった。
 
「わぁっ‼ [#dn=1#]先輩‼ 染岡さんが点を決めましたよ!」
 
 [#dn=1#]の隣の春奈が手を叩いて歓声を上げる。

 試合の流れは雷門優勢だ。日々の練習の成果が目に見えて現れている。この勢いに乗っていければあの理事長の娘の出した条件もクリアできるに違いない。
 
 グラウンドの中で圧倒的な存在感を放つ青い髪。帝国学園との試合の時はそれどころではなかったが、やはり風丸はずば抜けて足が速い。

 気迫ある彼のプレーを見ていると自然と応援にも熱が入る。ノートに記録を取りながらも[#dn=1#]も自然に拳を握っていた。
 
「このままなら、勝てるかな?」
「そうね! 勝てると思うわ。みんなー! がんばって!」
 
 [#dn=1#]の問いかけに微笑んだ秋は、声を張り上げて声援を選手たちへと送る。[#dn=1#]も秋に倣って選手たちに声援を送った。
 
 ひとつ、心配があるとすれば……、まだ尾刈斗中の呪いとやらが全く姿を現さないことくらいか。わずかな不安が胸を燻る。[#dn=1#]は目を凝らしてピッチを見つめた。
 
 油断は禁物だ。選手たちもそうだが、相手の監督は特に奇妙な雰囲気を漂わせている。

 試合前の挨拶でも豪炎寺のことは高く評価していたが、雷門中サッカー部をどうも見下しているような印象を受けた。まだ力を出し惜しんでいる可能性は大いにある。

 気を引き締め、万全の体制を整えていなければ。
 
 不安を紛らわせるべく、[#dn=1#]は救急箱の中を確認した。選手がもしも怪我をするような事態に陥ったら大変だ。

 万が一のために今一度確認をしておこう。その程度の考えで救急箱を開いた[#dn=1#]だったが、その中にテーピングがほとんど残っていないことに気が付いた。
 
「あれ、秋ちゃん。テーピングがあんまりないみたい」
「本当? うーん、どこかにまだ仕舞ってあるはずだけど……」
 
 試合展開をチラと確認しながら[#dn=1#]は考える。今、気が付いたのなら早めに対応しておいた方がいいだろう。

 ハーフタイムは選手のケアで忙しくなる。それにいつ、何が起こるかなど予測はつかない。
 
 幸いにも自分用に買っているテーピングが鞄にある。部室の中からテーピングを探すとなれば時間が掛かるかもしれないが、自分の鞄から取ってくるだけなら数分と掛からない。だったら、今のうちだ。
 
「私、自分用に買ったやつがあるから今のうちに取ってくるね」
「あ、うん。ありがとう」
 
 秋の声に見送られ、[#dn=1#]は正門側からグラウンドの端を回ってサッカー部の部室へ向かって駆け出した。

 急がなければ試合を見逃してしまう。試合展開が掴めなくなるのは絶対に避けたい。灰色の空の下、黒髪を弾ませ[#dn=1#]は走る。

 しかし、何気なく通り過ぎようとした正門の前で[#dn=1#]の足は止められてしまった。
 
「……っ」
 
 心のざわめきに思わず息を呑んだ。特徴的なドレッドヘアにゴーグル。忘れようにも忘れられないその姿が誰だかなんて一目瞭然だった。
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