FF編 第二章
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その後、彼らは必要だった商品を購入して店を出た。先刻、わずかに出てしまった気まずさは今は払拭されている。
というよりも触れがたくて目を逸らしてそのままだ。花織の方もその話を続けようとはしなかった。深堀したところでお互いにメリットはないだろう。
店の自動ドアが閉まって早々、レジ袋を提げた花織が風丸の方を見上げた。
「ねぇ、一郎太くん。……お願いがあるんだけど、いい?」
「ん、どうしたんだ?」
やけに改まって問うてきた花織に風丸はサラと髪を揺らしながら視線を寄せた。
花織は風丸の腕を引いてちょっとこっち、と店の脇に移動する。そして先ほど購入したばかりの制汗剤を手に取った。
彼女が選んだのは割とメジャーなデオドラントウォーターだった。今にも弾けそうな鮮やかなピンク色のボトル。サンプルを先ほど一緒に使ってみたが、花織に似合いそうな甘くもすっきりとした匂いのものだった。
「その……、一郎太くんさえ、よかったらなんだけど」
歯切れ悪く花織がもじもじしながら前置きをした。お願い事、なんて花織が言い出すことも、こんなふうに言い出す前から保険を掛けているのも珍しい。
何か重大な話でもあるのか、風丸は身構えつつも努めて穏やかに言葉を返す。
「なんだ? そんなに遠慮するなよ」
「ええっと……、一郎太くんもコレと同じの買ってたよね。その……、蓋を交換してみたいなー……と思って」
「蓋を?」
突拍子の無い提案に風丸は首を傾げる。風丸自身も先ほど同じ製品を買ったが、花織が買ったものとは違う香りの青いボトルを選んだ。
花織の提案はお互いのボトルの蓋を入れ替えたい、という意味か。だが、それに何の意味があるのだろう。
「もちろん、すぐに使わないとかなら全然」
彼女の提案の意図にピンと来ず、風丸が不思議そうな顔を浮かべる。それを見てか、花織は慌ててボトルを持ったまま手を振った。
そしてキュッとボトルを握り締めたまま、彼女は恥ずかしそうに俯く。
「ただ、なんていうか。……クラスの子がやってるのを見かけて、いいなあって思ったの」
何の意味があるのかはやはりよく分からないが……。花織の真意を読み取ろうと風丸は眉間に皺をよせつつ、彼女の表情を覗き込む。
しかしここで風丸は先ほど売り場で見たポップのことを思いだした。キャップを交換してもっと仲良く! 仲良しアピール! だとか……。
何のことだと思いつつ、興味がなかったから気にも留めなかった。もしかしたらこうやって友人同士で交換したりするのが流行っているのかもしれない。
そして、花織がそうしたいと思うなら……。
「なんだ、そんなことか」
断る理由はどこにもなかった。その程度ならお安い御用だと、風丸も購入品の中から花織と同じ制汗剤を取り出した。すぐさま包装ビニールを破り、蓋を捻って取り外すと花織に差し出した。
「いいぜ。……ほら」
「ありがとう……!」
ぱっと表情を明るくした花織もすぐに自身の制汗剤の蓋を取り外す。
風丸の手にはピンクのキャップ、そして花織の手には青のキャップ。お互いの色を交換して彼らはボトルの蓋を閉めた。
互い違いになったカラーボトルを並べると花織が無邪気に笑う。
「ふふ、お揃いだね」
お揃い、という彼女の言葉の響きに風丸は少しドキリとする。彼女の言う通り……、色の割合は反転しているが確かにお揃いだ。
花織の持っているボトルと自分の持っているボトルを見れば、誰の目から見ても交換したことは一目瞭然だ。
自分と、彼女との関係を示すもの……。そう思うとどこにでもあるはずの制汗剤のボトルが何か特別なものにさえ思えてくる。
「ああ……そうだな」
嬉しいけれど少し照れくさい。甘い胸の痛みを噛みしめながら風丸は微笑む。
こんな些細なことで、心の底から嬉しそうに笑ってくれる花織がいつにもまして可愛らしかった。
何より、花織が自分に甘えてくれることや小さなことでも望みを打ち明けてくれることを嬉しいと思う。それだけ自分に心を寄せてくれたと思えるからだ。
今だけでも一緒にいる俺を見ていてほしい。想いを通い合わせたときに風丸が口にした言葉だ。
この言葉に応えようと、花織がずっと真剣に自分と向き合う努力をしてくれていることを風丸は分かっていた。
付き合い始めてからすぐ名前で呼び合おうと提案したことや今の制汗剤のボトルのキャップの交換だってそうだ。
もしかするとあの男、鬼道への想いを振り払おうとしてくれているのかもしれない。そして自分たちの仲を深めたいと考えてくれているのだとしたら……。
「こういうのも悪くないな」
これは花織が向けてくれている気持ちの証だ。……そう思えば思うほど、花織の行動をいじらしいと思った。
「……ふふ」
風丸の言葉に花織は花開くように表情を綻ばせる。
沈む夕日の光はすべて彼女に注がれて、笑顔はひときわ煌めいて見えた。夏を感じる熱を持った風が花織の濡羽色の髪を揺らしている。
乱れる髪を抑えながら花織が風丸の方を見上げた。彼を見つめる眼差しにはきちんと心がある。
「花織」
彼女の顔に落ちる影に日暮れを悟る。そろそろ帰らないといけないな。風丸はボトルを鞄の中に仕舞って彼女の方へと手を差し出す。
花織は心得た様子で目を細めた。彼女もボトルを鞄の中にしまい込むと、差し出された風丸の手に自分の手を重ね合わせる。触れ合った手の温もりと呼吸がお互いに伝わっていく。
このまま、まだここにいられたら……。そう思いながら風丸は彼女の瞳を見つめた。
「……」
夜の闇よりも深い色をした花織の瞳も逸らされずに風丸を見つめている。中々歩きだすことができない。
風丸も花織も手を重ね合わせたまま、何も言わずに自分に注がれる瞳の色を眺めていた。
少し風丸が彼女の手を握る力を強めると、それに合わせて花織の手が彼の手を柔らかく握る。それが舞い上がりそうなほど幸せで、愛おしい……。
花織は自分に対して努めて誠実であろうとしてくれている。その気持ちだけで十分だ。風丸は目を細める。
このまま花織が自分のことだけを見て、他の奴なんかに見向きもしなければいいのに。頭の片隅、そう考えてしまう気持ちが彼の中に無いわけではなかったが。