FF編 第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
サッカー部での練習を終え、やっと風丸は一息つく。陸上部を離れて一週間と少し、ようやくサッカー部に慣れ始めたかというところだ。
分からないことはまだまだ山のようにある。だが、単純にボールを追いかけることがこんなに楽しいなんて思ってもいなかった。
自身を取り巻く環境が変わった風丸だが、陸上部にいた頃と変わらないものもある。それは恋人である花織と過ごす時間であった。
今日はふたりで帰り道の途中にあるドラッグストアへ寄り道をしていた。花織の方からよかったら一緒に買い物をしないかと誘われたのだ。その誘いに風丸は二つ返事で了承した。
過ごす時間は変わりないといいつつ、このところはまだサッカー部での練習で手一杯で、花織との放課後の自主練習を行えていない。
初めから飛ばしてもよくないから、と花織の方からの助言もあって練習量を抑え気味にしているのもある。身体を動かさない分は、サッカーのルールの勉強などに時間を当てるようにしていた。
花織の方はどうやら、風丸と共に帰宅した後、ランニングに出ているようだが……。そのあたりは彼女の日課なので風丸が口を挟むいわれはない。
「一郎太くん、今日何かあった?」
唐突に商品の棚を眺めていた花織が振り向きざまに風丸に問いかけた。突然の質問、それも思い当たる節がなかった風丸は首を傾げて花織を見つめる。
「? 別に何も……。なんでそう思ったんだ」
「なんとなく……、だけど。最後の休憩中、ちょっとだけ顔が険しかった気がしたから」
指摘を受け、花織が示した休憩中のことを振り返る。あの時は花織からタオルを受け取って、そして……。そこで風丸はその時に抱いた感情を思い至る。
「あ、あー……」
「悩み事とか?」
「い、いや……そういうわけじゃない」
慌てて花織の問いを否定する。
言葉の通りだ。別段、何があったわけではない。ただ、楽しそうに半田やマックスと話をする花織を見て、ほんの少しだけモヤモヤした気分になっただけだ。
花織が好きになったころからだ、風丸は彼女が他の男と仲良くやっているところをあまり良しとできない自分に気が付いていた。
器が小さいということは自覚しているし、彼女の交友関係を邪魔するつもりはない。……とはいえ、自分自身で心を制御しきることができなかった。
お互いが陸上部にいたときは、ふたりきりの時間が多かった。それに男子陸上部に花織が参加を認められた時も、部と花織を繋いでいるのは自分だという気持ちがあったからこんな感情になることはなかった。
でも今は、花織自身と元々親交があった半田やマックス、秋がいるのだ。風丸が何かと世話を焼くこともなく花織はサッカー部に馴染むことができている。
そのうえ、選手は男しかいない……。自分と共に花織がここにいて、お互い上手くやっていけている。喜ばしいことのはずなのに風丸は複雑だった。
「気にしないでくれ。何でもないから」
とはいえ、嫉妬してあまり機嫌がよくなかっただけだなんて。格好悪くて言えるはずない。情けない姿を見せて幻滅されるのはまっぴらだ。
何でもないと風丸はこの場を笑って誤魔化す。花織は風丸につられて口元を緩めたが、表情にはまだどこか気がかりな様子が見えた。
「そう……? でも何かあったら言ってほしいな」
心配だから、と眉根を寄せて微笑む花織を見ると胸がかすかに痛む。花織が自分を見ていてくれ、些細なことにも気が付いてくれたことは嬉しい。
だがこんなことで心配させるなんて、と風丸は鞄のひもを握り締めた。
「そ、そんなことよりさ、何を買うんだ?」
話題を変えようと風丸が話を切り出す。花織はああ、と買い物の方へ意識を向けて再び商品棚の通路を歩き始めた。
「ノートと……、後は制汗剤かな。切らしちゃったから」
花織の後へ続いてまずは文具の通路へと向かった。文房具店ほど豊富にとは言わないが、棚には様々なサイズや色のノートが並べられている。花織はその中から青い表紙のノートを手に取った。
「授業用……、じゃ無さそうだな」
ノートというからてっきり授業で使うものを探しに来たのかと思っていたが、ノートのサイズがそれにしては随分と小さい。
花織の手のひらから少しはみ出る大きさの、ポケットに仕舞えそうなサイズ感だ。花織は風丸の言葉に頷く。
「練習の時にメモを取りたいなって思って。見てて気づいたこととか、今後の課題とかそういうの。私の練習も含めて」
「熱心だな、そこまでするなんて」
「マネージャーになるって決めたんだからこのくらいはね。それに、転校してくる前はずっと自分の練習の記録付けてたから。やらないとやっぱり落ち着かなくて」
「へぇ……」
出会ったときから彼女は陸上に対して他とは一線を画した熱を持って取り組んでいた。
己の走りに対する自信と誇り、そして静かに秘めた速さへの執着心。風丸自身も共感できるところが大いにある花織の一面だ。
努力を惜しまないからこそ今の花織があるのか、そう感心しつつ風丸は相槌を打つ。
「そうやって練習の質を上げてたってわけだな」
「うん。記録して振り返ることで自己を俯瞰的に見られるって……」
急に花織の言葉が尻すぼみになり、言葉を詰まらせた。風丸は瞬時に、花織の表情が強張ったのをはっきりと感じ取る。
「ある人から、そう教わったの……」
ある人、花織はそうやって明確に人物に言及するのを避けた。
しかし言葉を濁したところで風丸は、花織の言うある人というのが、彼女が想いを寄せる人間だと半ば確信していた。
そしてそれが、帝国学園サッカー部のキャプテン、鬼道有人であることも。
あの日のことは鮮明に焼き付いていて忘れようがない。帝国学園との、内容は散々だったが何とか勝利をもぎ取った試合。
その中でも花織が自分の名を呼び、飛び出してきてくれた瞬間を風丸は忘れようもなく鮮烈に覚えている。
嬉しかった。彼女が試合を見に来てくれたこと、そして何より自分の身を案じて声を上げてくれたことが。
だが、飛び出した花織の前に進み出たのが帝国学園の鬼道だった。
あの時の鬼道の表情が、どこか心の中に引っかかっている。
鬼道は明らかに花織に対して他とは違う感情を向けていた。距離があれだけ離れていたのに、詳細に顔や仕草は見えなかったのに。
鬼道が花織に近づいたあの光景を見たとき、風丸の中に花織を奪われるのではないかという危惧が生まれた。
かつて花織は帝国にいた好きな人には酷くフラれたのだと言っていた。だが、腕に抱きとめた花織を見つめる鬼道の表情は……。
とても、どうでもいいと感じている人間に向けるものには見えなかった。
「……そう、なんだな」
チームメイトに対しても嫉妬が出てしまうのは、あの時のせいかもしれない。
――――花織が今にも、俺の前から消えてしまうんじゃないかってそう考える時がある。
花織は自分を好きでいてくれる。しかし、言葉にして表してくれる彼女の好意が決して全面的なものではないと風丸は悟っていた。
もちろん花織の気持ちを疑っているわけではない。だが、元々付き合い始めたときから他に想いを寄せている男がいることは告げられていたのだ。
自分だけに花織の気持ちが向いてくれているわけじゃないことを重々知っている。だからこそ余裕がないのだ。
端から理解しているはずなのに、彼女への想いが増すにつれ、手放したくないという気持ちが強くなる。納得してたはずの、彼女が初恋の男に抱く気持ちにも恐れが増している。
「次、制汗剤だったな。俺も買いたいから行こうぜ」
それ以上この話題には触れたくなくてわざとらしく話を変えた。花織の方も何も言わずに頷く。今度は風丸が先導して文房具売り場を後にした。