FF編 第二章
雷門中対帝国学園の試合は、想像もしなかった展開で終了した。
あの直後、フォワードとして出場していた目金が試合放棄をしたことで、代わりに豪炎寺がピッチに姿を現した。
彼は必殺のファイアトルネードを炸裂させ、一点を帝国学園からもぎ取った。
そして結果的には帝国が試合を棄権したことにより、事実上雷門は勝利を収め試合は幕を閉じたのだった。
試合終了後、[#dn=1#]はひっそりと喜びに湧き立つ雷門ベンチを抜け出した。向かった先は雷門中の裏門、鬼道の言葉に従って彼女はここに立っている。
言いつけの通り、彼が来るのを待ちながら[#dn=1#]は今日の試合を振り返る。
雷門中が勝利を収めた点についていえば少々微妙なところであるが、試合放棄自体は帝国学園の中でもとより決まっていたことなのかもしれない。そう[#dn=1#]は思っていた。
帝国の狙いは元々豪炎寺で、彼のデータを取るために雷門に試合の申し込みをしたのだ。そうでなければ不戦敗などという、帝国学園にとって屈辱的な終わり方をするわけがない。
「[#dn=2#]」
びくりと[#dn=1#]の肩が揺れる。どき、どきと心臓の鼓動が徐々に大きく騒ぎ始めた。[#dn=1#]は恐々と声の主を振り返る。
もう、会えないと思っていたのに……。
打ち震えるほどの感情が[#dn=1#]の心を揺らす。[#dn=1#]の背後にはユニフォーム姿の、あの頃のままの鬼道が立っていた。
「鬼道さん……」
心臓が高鳴るにつれ、[#dn=1#]はあえて目を合わせないように俯いて鬼道から視線を逸らした。何も変わっていない、この感覚……さっきもそうだった。
帝国学園にいた頃から、気が付いたときにはそうなっていた。
鬼道の瞳に映るための日々があった。ゆえに、彼の眼差しには[#dn=1#]にとっての絶対だ。飼いならされた犬のように反射的に従わずにいられない。
でなければ今、[#dn=1#]はこんなところで立っていなかっただろう。
「何か御用ですか」
できる限り素っ気なく視線を逸らしたまま鬼道に問う。鬼道はどんな顔をしているだろう……、圧迫し始める不安に固く目を閉ざして[#dn=1#]は沈黙を堪える。
おそらくは数秒だったが、[#dn=1#]には途轍もない時間に感じられた。
かすかに靴底がアスファルトと擦れる音がして、鬼道の気配が数センチの距離まで近づいたのが分かった。[#dn=1#]は呼吸を震わせる。
「久しぶりの再会だというのに随分な言いようだな。[#dn=2#]」
耳元に鬼道の顔が近づいたのを気配で感じ取った。
「……しかし、お前がまさか雷門にいるとは」
甘く響く声に眩暈さえ起こしそうになる。どうして鬼道は帝国にいた頃と変わりなくこうして語り掛けてくるのか、[#dn=1#]には分からなかった。
鬼道はこっぴどく[#dn=1#]を振ったのだ。それなのになぜ。
「急に帝国からお前が消えて……、ずっと心配していた」
「え……?」
鬼道の言葉に[#dn=1#]は思わず顔を上げてしまう。見つめ返してしまった鬼道の瞳は、[#dn=1#]を映して微笑んだように思えた。[#dn=1#]の胸に甘い痛みが走る。
「[#dn=2#]」
鬼道は[#dn=1#]の肩に触れ、そして次に[#dn=1#]の頬を指先で撫でた。名前を呼んだ鬼道の声色は切実な感情が滲んでいるようにすら感じる。
まるで慈しみ、長らく求めていたものを手中に収めたかのような。……どうして。
――――どうして、こんな振る舞いをするの……?
混乱の中に喜びに打ち溢れる心がある。あの時掛けられた酷い言葉がすべて嘘だったのではと都合のいい錯覚をしてしまいそうになるほど、鬼道の言葉も触れる指も[#dn=1#]にとって心地よく与えられるのだ。
――――けれど、彼にその気はない。
[#dn=1#]は必死に己に言い聞かせる。あれだけ酷く想いを拒絶されたのだから……。だとすれば考えられることと言えば何か。
熱に浮かされそうになる頭を[#dn=1#]は必死に働かせる。
[#dn=1#]を懐柔したい理由がもしかすると鬼道にはあるのかもしれない……。鬼道は目的のためなら手段を選ばないはずだ。
たとえば、[#dn=1#]の好意を利用して帝国の利になる情報を掴もうとしている、だとか。差し出せるものなど特に持っていやしないが。
[#dn=1#]の思考を遮って鬼道は言葉を続ける。
「お前、俺をひっぱたいたときに手帳を落としていっただろう? 俺が預かっている。」
「……!」
手帳、その単語に[#dn=1#]は息を呑んだ。無くしたと思っていた手帳……、鬼道に倣い予定や練習メニュー、そして日々の出来事を綴ったものだ。引っ越しのゴタゴタで紛失したのだと思っていた。
帝国の日々を忘れようとするなら、持っていない方がいいと割り切った品だ。[#dn=1#]は軽く唇を噛む。まさか、鬼道が持っていたなんて……。
「次に会った時に返してやろう。……それと」
鬼道が身体が触れ合いそうなほど[#dn=1#]の方へと距離を詰める。[#dn=1#]はとっさに後ずさったが、学校を囲む塀が彼女の退路を塞いだ。
「……っ」
手帳の話題が出たせいで気が逸れていたが、鬼道がこうしてここへ来るよう[#dn=1#]に差し向けた目的はまだ分からないままなのだ。畏懼を露わに[#dn=1#]が身を縮める。
それをどう思ったのか、鬼道はそれでも足を止めなかった。[#dn=1#]を壁際まで追い詰めると、彼女が背を預けている壁に鬼道は手をつく。
そして、逃げることは許さないと言わんばかりに鬼道はニヤリと笑った。
「[#dn=2#]、あの背番号2番の男……。アイツはお前のなんだ?」
「……えっ」
想定外の質問に[#dn=1#]は戸惑いを隠せなかった。そんなことが気になるのか、どうして……。[#dn=1#]は鬼道を見上げる。日の光でゴーグルの中に隠された赤い瞳が覗く。
答えろと告げるその眼差しは[#dn=1#]の心を乱そうとする。顔に集まる熱を誤魔化そうと顔を背けながら[#dn=1#]は口を開いた。
「いや、あの……その」
恋人だ、と言い切るべきだ。胸を張って鬼道が示した男、風丸一郎太は自分の恋人だと正直に告白するのが最善だということは分かっている。
だが、どうしても言葉に詰まってしまった。堂々と恋人です、と口のするのはやはり少し恥ずかしい。
それに[#dn=1#]が鬼道に告白したのはほんの数か月前だ。もう恋人ができたなんて言ったら鬼道は[#dn=1#]を軽薄だと思うだろうか。
……そもそも、自分を嫌っているはずの鬼道にどう思われるかを、未だに気にしていることがおかしいかもしれないが。
「……顔が赤いぞ」
面映ゆそうに顔を背け、答えを言い淀んだ[#dn=1#]を見つめ……。鬼道は一瞬、表情を強張らせた。そこには戦慄が見て取れたが、[#dn=1#]はそれに気が付かなかった。
耳を劈く警笛が時限を知らせる。[#dn=1#]の頬をそっと撫で、鬼道は平静を取り繕った声で囁いた。
「……フッ、まぁいい。……またな」
そう言い残して鬼道はマントを翻して[#dn=1#]に背を向けた。一人その場に取り残された[#dn=1#]は突っ立ったまま、去っていく鬼道の後ろ姿を見ていることしかできなかった。
残ったのは幾多の感情で赤く染まった頬と、答えの見えなかった疑問だけだった。
……鬼道さんの目的は。……いや、気になるのはそれだけじゃなくて。
どうして心配したなどと言ったの? 別れ際にもなぜ”またな”なんて言葉を残したのだろう。
あの日、あれだけこっぴどく[#dn=1#]の言葉を拒絶しておいて、今なおあの日なんて無かったかのように振る舞うのか。[#dn=1#]には鬼道の考えていることが分からない。
……しかし、必ず目的あるはずだ。でなければ[#dn=1#]に会いに来るはずがない。
落ち着きのない心を叱咤する。しかし、[#dn=1#]が何より腹立たしいのは自分自身のことだった。
鬼道の言葉に心が大きく揺れ、熱を持ってしまうなんて。何かを期待するだけ無駄だと知っているのに。
――――私には、大切な人が他にいる。
「[#dn=1#]?」
自分を呼ぶ声に[#dn=1#]はハッとして顔を上げた。弾ける色をした雷門中サッカー部のユニフォームを身にまとった彼、風丸が[#dn=1#]の元へと小走りで駆けてくる。
風丸は[#dn=1#]を見つけると目に見えて安堵の表情を浮かべた。
「一郎太くん……」
「こんなところにいたんだな。……急に姿が見えなくなったから探しに来たんだ」
心配した、と行動の通りに示す風丸に[#dn=1#]は居た堪れない気持ちになった。[#dn=1#]がベンチを抜け出してくる前、彼は試合に勝った喜びをチームで分かち合っていたはずだ。
そのさなかに、風丸は[#dn=1#]の不在に気がつき、あまつさえその歓喜の場を抜けて[#dn=1#]を探しに来てくれたのだ。何もかもを差し置いて。
風丸にそんな気を遣わせてしまったことを[#dn=1#]は心の底から申し訳なく感じる。
「ごめんなさい……」
さらに言えば、グラウンドを抜け出した理由が鬼道に会うためだった、というのが余計に[#dn=1#]の罪悪感に拍車をかけた。
[#dn=1#]が自己嫌悪から苦々しい表情を浮かべると風丸はぽんと[#dn=1#]の肩を叩いた。
「そんな深刻な顔するなよ、ちゃんと見つけられたんだから」
平然と笑う風丸を見て[#dn=1#]は先の出来事を思い出す。彼が帝国のシュートに頭から突っ込んだことを。走ってこれたようだから足は大丈夫だと思うが他に怪我はないのだろうか。
「……一郎太くん、怪我は」
「心配いらない。……そんなことよりさ、今日[#dn=1#]が試合を見に来てくれて嬉しかった」
え、と[#dn=1#]は小さく声を漏らす。恐る恐る風丸の顔を見上げると、風丸は頬を赤く染めながら、照れくさそうに頬を掻く。
「見に来ないかもしれないって思ってたから。……だけど、お前が俺の名前を呼んでくれて」
「……っ」
「俺の為に来たんじゃないかもしれないって思っても、本当に嬉しかったんだ」
ああ、なんて……。焼け付くような胸の痛みが火傷のように痛む。その痛みに伴って呼吸が麻痺してしまいそうだ。[#dn=1#]は制服の胸元をギュッと握り締める。
誠実で温かい、ひたむきな風丸の想いにひどく[#dn=1#]は胸を打たれた。
言葉の端々から彼の感情が滲んでいる。風丸はこんなに自分を好きでいてくれ、大切にしてくれて。試合を見に行くなんて、恋人だったら些細なことを心から喜んでくれる。
自身の怪我などどうでもいいとばかりに、ここまで私を探しに来てくれた。
……それなのに、私は。
「え……っ。あ、[#dn=1#]……?」
堪らない想いが[#dn=1#]を突き動かす。風丸の方へと指先を伸ばし、そのまま彼の身体をぎゅっと[#dn=1#]は抱きしめた。
身を寄せると風丸の横髪が[#dn=1#]の頬をくすぐる。肩口に顔を埋めると少しだけ汗の匂いがした。しかしそれすらも含めて[#dn=1#]は彼を愛しいと思った。
「ど、どうしたんだよ、急に」
突然の[#dn=1#]の行動に風丸はかなり驚いたようだった。
なんせ、付き合い始めてこの数週間、些細なふれあいも手を伸ばすのはいつも風丸の方だった。[#dn=1#]からの明確な愛情表現はこれまでほとんどなかった。
戸惑いの中、それでも自分の背中に回された手の温かさを感じて、[#dn=1#]は重苦しい感情から息を吐く。
「……一郎太くんが好き」
強く風丸の身体を抱き寄せ、彼の胸に顔を埋めながら[#dn=1#]は言葉を連ねる。
「誰よりも好きだよ。……だから」
感情に任せて吐露していた言葉はそこで迷子になってしまった。好きだから……、何だというのだろう。[#dn=1#]は自分自身の行動に困惑する。
私の今の行動は本当に彼への想いだけで突き動かされたものだろうか。鬼道さんに抱いてしまった心、それに対する後ろめたさから生まれたものではないとどうして言い切れるだろう。
自分自身の心に葛藤し、[#dn=1#]は何も言えなくなってしまった。しかしそんな[#dn=1#]をすべて包み込み、受け入れるといわんばかりに風丸が[#dn=1#]を優しく抱き寄せる。
「無理しなくていい。……そう言ってくれるだけで俺は嬉しいよ」
胸の中に今までにない熱い思いがこみ上げて涙が溢れそうになる。もしかすると彼だって、薄々ここで[#dn=1#]が何をしていたのかを察しているのかもしれない。
そうでありながら、ただただ[#dn=1#]を受け入れてくれる言葉をくれる。そこには嘘も偽りもない。
だから、応えたいと思うのだ。この燃えるような熱と鼓動は目の前にいるこの人が好きだと抑えきれずに叫んでいる。
「一郎太くん……」
そっと風丸の胸を押して彼の顔を見上げた。どうした? と言いたげに[#dn=1#]を見つめる風丸と視線が合う。穏やかで温かみのある眼差しが濁りない色で[#dn=1#]を映していた。
[#dn=1#]は両手を持ち上げ、風丸の頬に添える。たじろぐ風丸が言葉を放つ前に[#dn=1#]は背伸びをした。
「は……」
あとほんの数ミリの距離、だというのに唇を重ね合わせることがどうしてもできない。青一色の視界をしばし見つめ、[#dn=1#]は力なく足を地に下ろした。
「……[#dn=1#]」
動揺を交えた風丸の声がする。[#dn=1#]は顔を上げることができずに目を伏せる。手が触れたままの彼の表情が、どんな色を浮かべているのか見ることはできなかった。
「ごめん。上手く、言葉にできない……」
[#dn=1#]は風丸の気持ちに至誠が尽くせていない。その想いが彼に触れることを今でも躊躇わせる。
けれども彼を好きだという気持ちは決して嘘ではないのだ。どうか、それを彼に分かっていてほしい。
風丸の想いに心から応えたい、その気持ちは偽りではないことを。自分勝手なことばかり心はしきりに叫んでいる。
「[#dn=1#]」
今度ははっきりと風丸が[#dn=1#]を呼ぶ。[#dn=1#]の頬に彼の指先が触れた。呼び寄せられて[#dn=1#]が視線を上げると間をあけず唇が塞がれた。
思い出すのは夕暮れの教室、あの日と同じ体温が唇に触れている。視界は先ほどと同じ青に塗りつぶされた。重ねられた感覚を愛しいと思いながら[#dn=1#]は目を伏せる。
長く、思いを交わし合うようなキスだった。しばらくの後、ゆっくりと重ね合わせた唇が離れる。
「すまない、こんな……急に」
離れ際、吐息と共に彼が掠れた声で囁く。上げた顔を真っ赤にして風丸は口元を手で覆って隠した。
「その、[#dn=1#]も同じ気持ちだと思って……」
自惚れもいいところだな、と笑って誤魔化そうとする風丸を見上げ、[#dn=1#]はじんと胸が熱くなるのを感じた。
「……そうだよ」
風丸の頬を撫で、心を絞り出すようにして[#dn=1#]は彼の言葉を肯定する。
『どんなに時間が掛かっても、俺がそいつを忘れさせる。……だから、そいつじゃなくて……、今だけでも一緒にいる俺を見てほしい』
想いを通い合わせたときに彼が与えてくれた言葉を忘れることなく覚えている。だから、彼の気持ちには誠意で応えていきたいのだ。
どんなに時間が掛かっても、胸を張って風丸が好きだと。他の誰も眼中にないのだとそう言えるように。できる限りのことをして風丸の想いに応えたい。
「一郎太くんのことが好きだって、気持ちを伝えたかったの……」
[#dn=1#]は再び風丸の胸に顔を埋め、彼の匂いと温かさに触れる。惜しみなく与えられる彼の心に自分自身の心できちんと向き合いたいとそう考えている。
ちゃんと自分の想いを正直に彼に伝えていきたい。行動で示していきたい。
たとえ他の誰かに心を惹かれることがあっても。風丸のことを大切にしたいという気持ちは、紛れもなくここにある。
「一郎太くん」
だからこれは、その第一歩だ。
「ああ」
「……サッカー部で臨時マネージャーできないかな」
「えっ⁉」
さっきから驚いてばかりの風丸が、またも驚きの声を上げる。[#dn=1#]は緩んだ腕の中で顔を上げ、風丸を見上げた。風丸は声の通りに驚愕に目を丸くしている。
そんなに驚かなくても、と[#dn=1#]は風丸に微笑みながら言葉を続けた。
「私の知らないところで今日みたいな無茶されたら嫌だから……」
今日の試合、相手が帝国だということを差し引いても風丸は随分ボロボロにされていた。しかも円堂を庇うために頭からシュートに突っ込むなんて。
彼の性格からしてまたそういう無茶をするのは見えているのだ。止められないかもしれないが、せめて近くにいたいと思った。
あんな遠く、走り出さないといけない場所にいるのは嫌だ。
「あ、いや……、俺は嬉しいが……。だけど[#dn=1#]にも陸上があるだろ?」
「陸上部に残っていることが重要でもないから。……一人で走ってたのは元々だし」
これまでと何も変わらないと[#dn=1#]ははにかむ。
走ることをやめる気は毛頭ない。しかし、今の自分の立場を考えると陸上部に残り続ける意味もないと感じていた。
女子陸上部の活動が解禁されたって、[#dn=1#]が部内で孤独に身を置くことになるのは変わらない。男子陸上部だって風丸がいるからこそ[#dn=1#]の立場が成立する。
たとえ部に所属していなくたって、個人競技なのだから十分に活動はできる。そもそも[#dn=1#]は帝国にいた頃はずっと一人だったのだ。
「だが……」
[#dn=1#]の言葉に風丸は食い下がろうとした。だが[#dn=1#]は首を振って風丸の手を取り、彼の手に指を絡ませて握る。そして、じっと風丸を見つめて宣言した。
「もう決めたの。……私は一郎太くんの走る姿を見たい。一郎太くんの足が、どんなふうにサッカーで生かされるのか。近くで見ていたいから」
そんなことのためにサッカー部に入る、というのは不純かもしれない。しかし風丸のことが理由の大部分を占めるとしてもそれがすべてというわけではない。
転部まで視野に入れるのはもちろん、風丸がいるからに他ならないが……。今日の試合では雷門の、風丸を除けばとくに円堂の不屈の闘志に驚かされた。
諦めない気持ちであの帝国学園の必殺技、デスゾーンを止めてしまうなんて……。
風丸が応援したくなるのも納得だと思った。きっと風丸は、円堂の情熱やサッカーに向けるひたむきさを見て助っ人に行くことに決めたのに違いない。
友人の秋が入学時から彼を応援し続けているのも必然なのかもしれないと[#dn=1#]は今回の試合でそう感じた。円堂のプレーは多くの人の心を動かす、そんな気すらした。
「そこまで[#dn=1#]が言うなら……。分かった、じゃあ後で円堂の所に一緒に行こうぜ」
納得したとは言い切れないが、[#dn=1#]がもう意見を曲げないことを悟ったらしい。風丸は[#dn=1#]の意見に押され、仕方なしというように微笑を見せる。[#dn=1#]は彼の言葉に頷いた。
……風丸と、彼が力を貸している雷門サッカー部のために。あくまでもそのためだと[#dn=1#]は自分の決定をそう言い切ろうとする。
しかし……、心の片隅で本当にそれだけ? と囁く声がする。もしかするとサッカー部に行くという選択の理由をこの二つで片づけてしまうことはできないのかもしれない。
その疑心を振り払おうと、[#dn=1#]は風丸の手を握り彼の感覚を確かめた。