FF編 第二章
「試合、始まらないね」
動きのないグラウンドを見つめて[#dn=1#]が呟いた。雷門中に到着して早々、帝国学園イレブンはウォーミングアップを始めた。
彼らの高い技術力とチームワークは、試合を待っている観衆にどよめきを与えるほどだった。しかしそれももう十数分以上前の話だ。
ちら、と[#dn=1#]の言葉で豪炎寺がグラウンドの方を見る。試合開始時間はとうに過ぎているはずなのに一向に試合が始まらない。
何かトラブルだろうか。雷門中の部員が足りない問題は、先ほど一人追加の選手が来たことで解消されたはずだ。それともさっき巨体の少年が校舎の方へ走っていったがそれが原因だろうか。
[#dn=1#]は豪炎寺と共に木の陰に身を顰めるようにしてグラウンドの様子を伺っている。成り行きで豪炎寺とはこの場で一緒に試合を見る流れになってしまった。
だが、[#dn=1#]はともかくとして豪炎寺はこんなふうにコソコソと試合を見なくてもいい気がするが……。
「豪炎寺くん」
「……なんだ」
「豪炎寺くんってサッカー好きなの?」
核心を突く質問に豪炎寺の瞼が一瞬痙攣したように見えた。
以前から気にはなっていた。サッカーに対して見せた豪炎寺の反応が。そして今の状況も奇妙だ。
もしもただサッカーが嫌いだというのなら、さっさと下校しているはずだ。豪炎寺がこんな場所でグラウンドを見ているのはおかしい。
なによりあの時も今も、豪炎寺の眼差しにはサッカーに向けられた複雑な思いが秘められている。
「お前には関係ない」
「……ここで試合を見ようとしているのに?」
確かに関係はないかもしれないが、一緒にここにいながらその言いようもどうかと思う。[#dn=1#]は呆れ調子で、別に言及する気はないと肩を竦めた。
それに何となく推測は立つ。[#dn=1#]自身が足を使うスポーツをしているから余計に分かる。身体の鍛え方からして豪炎寺はスポーツ経験者と見て間違いない。
そして体操着の時にちらと見た足の筋肉の発達、彼がサッカーをしていた線は濃厚だ。そして嫌いなスポーツをわざわざ見に来る理由はない。
辞めなければならない理由があったとか……? 推察の目を[#dn=1#]が向けると、負けじと豪炎寺が[#dn=1#]に言葉を向けた。
「だったらお前も……」
鋭い眼差しが[#dn=1#]を見る。
「[#dn=2#]もサッカーが好きでここにいるのか」
射竦めるような彼の瞳は[#dn=1#]の心に直に問いかけた。
「私は……」
答えられずに言葉に詰まる。私がここにいる一番の理由……。
改めて考える間もなく二人の会話は中断された。試合開始のホイッスルが吹き鳴らされたのだ。豪炎寺と[#dn=1#]の意識は開幕した雷門対帝国の試合に絡めとられる。
試合開始直後は雷門の調子が良いように見えた。帝国相手に果敢に攻めているふうに感じられる。観客も雷門中の期待以上の動きに沸き立っているが……。
帝国を知る[#dn=1#]は苦々しい表情で呟いた。
「帝国はこんなものじゃない……」
「……」
訝しげに豪炎寺が[#dn=1#]を見たが、彼女は豪炎寺の視線に気づく余裕もなく試合を見つめていた。雷門が好プレーをするたびに足元から不安がせり立ってくる。
おおよそ一年もの間、[#dn=1#]は鬼道に呼ばれるたびに彼らの練習を見てきたのだ。あまつさえ彼らの練習内容から自分の能力向上のためのヒントを得ようと研究を重ねた。
帝国学園イレブンの本来の実力は鮮明に記憶に焼き付いている。……今の動きはウォーミングアップにさえなっていない。
染岡がシュートを放ったがそれは帝国学園ゴールキーパーの源田にあっさりと止められた。源田は鬼道に声を掛け、ボールを彼の元へと投げる。
ボールを受け取った鬼道の口元はにやりと怪しく歪められた。
距離があるから表情の仔細は[#dn=1#]には見えない。そのはずなのにあの人がどんな顔をしているか手に取るように分かる。
ああ……、彼だ、[#dn=1#]の心は簡単に揺さぶられる。
「……始めようか、帝国のサッカーを」
鬼道の呟いた言葉が本当の意味での試合開始のホイッスルだった。彼らのウォーミングアップは終わり、ついに試合が始まった。
それからの試合は、いや試合と呼ぶのが正しいのかすら観客には分からなかった。雷門は全くと言っていいほど帝国学園に歯が立たない。
鬼道の発言、あれから数秒と経たないうちに雷門は一点リードされてしまった。キックオフが繰り返されるたび、それは目にもとまらぬ速さで帝国側の点数が積み上げられていく。
しかも帝国イレブンは点を取るだけでは飽き足りなかった。反則ギリギリのプレーで雷門イレブンの選手たちに危害を加え始めたのだ。
「こんなの……」
あまりに酷い試合展開に[#dn=1#]は思わず顔を覆いたくなる。こんなのサッカーじゃない、これを指揮しているのがあの人だなんて。……いや違う、[#dn=1#]は首を振る。
決して鬼道はこんなことする人ではない。最後こそ酷いものだったが帝国にいたあの一年間、鬼道は常に[#dn=1#]を優しく丁重に扱ってくれた。
この試合だってそうだ、普通なら帝国は弱小チームなんて相手にしない。ならばこの試合展開も総帥の指示のはず。なにも鬼道が悪いわけではない。
「……っ」
胸中で並べ立てた言葉に[#dn=1#]は我に返った。
……どうして鬼道さんへの擁護の言葉ばかりが胸の中に浮かぶの? 一郎太くんが目の前で傷つけられているのに。
痛ましい姿でボールを追いかける彼を見る。想像していなかったわけじゃない、こうなることは分かっていた。
風丸を応援したい。けれどもこんなの見ていられない。止められるなら今すぐに試合を止めて彼から危険を遠ざけたい。
――――どうして私は何もできないの。
「[#dn=2#]、……大丈夫か」
「……え?」
静かに豪炎寺の手が[#dn=1#]の肩に触れる。豪炎寺に言葉を掛けられて初めて、[#dn=1#]は自分の頬に涙が伝っていることに気が付いた。
乱暴に涙を拭って[#dn=1#]は平然を装おうとする。平気、とそう答える前に豪炎寺の表情にも悲痛さが隠しきれていないことに気が付いた。
「豪炎寺くんこそ……」
肩に置かれた手が震えている。豪炎寺が抱いているのはきっとラフプレーを楽しむ帝国イレブンに対する怒りと……、なんだろう。[#dn=1#]は涙で潤んだ瞳で豪炎寺の顔を覗き込む。
「辛そうに、見えるよ……」
「……っ、俺は」
[#dn=1#]が呟いた言葉に目に見えて豪炎寺が狼狽えた瞬間だった。
「デスゾーン開始だ」
グラウンドから聞こえた声が会話を遮る。[#dn=1#]はぎゅっと心臓が握りつぶされるような痛みを覚える。聞き間違えるはずがない、鬼道さんの……!
鬼道の言葉を引き金に帝国の攻撃はますます激化した。帝国イレブンは嘲笑いながら雷門イレブンを、とくにゴールキーパーの円堂を痛めつける。
「出てこい!」
雷門イレブンを攻撃しながら鬼道が声高に叫ぶ。ようやく[#dn=1#]は鬼道の目的に気が付いた。
彼は何かを待っている。誰かを引きずり出すためにワザとこんな非道な手段を取っている。……そして。
「……っ」
彼の声が響くたび、堪えながらも豪炎寺の表情が苦痛に歪むのが分かった。[#dn=1#]は答えに至る。鬼道さんの、帝国学園の目的は彼だ。
「豪……」
核心に迫ろうとした瞬間、駆ける青髪が[#dn=1#]の視線を釘付けにした。
「ふざけるな……。こんなの……っ、こんなのサッカーじゃねぇっ‼」
「……!」
全身に稲妻が落ちたような衝撃が走る。身体も頭も痺れてしまって、[#dn=1#]はただただ目を見開いた。
彼女の目の前、グラウンドでは風丸がゴールキーパーの円堂を庇い、頭からボールに突っ込む。
ボールはかろうじてペナルティーエリアに転がりゴールには至らなかったが……。風丸の身体はシュートの衝撃によりゴールの中へと弾き飛ばされた。
「風丸っ‼」
「風丸さんっ!」
口々に雷門イレブンが風丸の名を叫んだ。グラウンドに伏したまま、風丸は起き上がらない。
「……っ」