FF編 第二章



「馬鹿だな、俺も……」

 動揺を露わに自分の前から去っていった[#dn=1#]の姿を思い出し、風丸は呟いた。

 サッカー部へ助っ人にいくこと、そして帝国学園との試合を話に出せば[#dn=1#]が取り乱すなんてことは当然想像できた。余計な心配をかけてしまうことも分かっていた。

 しかし、風丸の方も譲るわけにはいかなかったのだ。大切な友人の円堂のために力になりたい。円堂のサッカーにかける熱意を小さなころから近くで見てきた。

 寝ても醒めてもサッカーの事ばかり。その円堂からサッカーを奪われるなんて……、抗うすべがあるなら絶対に力になりたいと考えた。それにサッカー部に属している半田にもこの間の恩がある。

 監督と話をつけ、陸上部のみんなにも事情を説明した後、風丸は彼の幼馴染がいるかもしれない鉄塔広場へと足を運んだ。風丸自身も時々ここを訪れるが、円堂は特にここがお気に入りだった。

 広場の階段を登っているとドンっと何かが衝突したような重たい音があたりに響く。……円堂か? 風丸はきっとそうだと思いながら先を急ぐ。

 登りきった視界の奥、やはり先ほどの衝撃音の正体は円堂だった。大きなタイヤがロープで括りつけられた木の傍に円堂は倒れている。

 タイヤが振り子のように揺れているところを見ると円堂はこれに吹き飛ばされたようだ。……らしいといえばらしいが。風丸は呆れ半ばに肩をすくめた。

 円堂の傍に駆け寄ろうとして、ふと風丸は視界の端に人影を捕らえる。傍の草むらの中に見知った顔が身をひそめ円堂の様子を伺っていた。アイツらはサッカー部の……。

 風丸は気づいていないふりをしながら円堂の元へ進む。なんだ、人望はあるんじゃないか。そう思いながら地面に倒れている円堂の顔を彼は覗き込んだ。

「むちゃくちゃだな、その特訓」
「風丸⁉」

 顔中泥まみれの幼馴染は風丸を見て驚きを見せた。風丸は円堂を支え、彼が立ち上がるのを手伝う。助け起こした時に気が付いたが、円堂は木に吊り下げられたものと同じくらいの大きさのタイヤを背に背負っていた。

「変な特訓、してるんだな」 
「ああ、あれだよ」

 そういって円堂はベンチの上に置いてある一冊のノートを指差した。そしてノートを拾い上げると風丸にそれを差し出す。ノートの表紙には黒いペンでぐしゃぐしゃの線が引かれている。 

「見てみろよ!」

 ニコニコと泥だらけの顔を綻ばせて円堂は言う。その言葉に頷き、風丸はノートを開いた。中を開いてみると表紙同様、ノートの中にも黒い線が四方八方ににノートを走っている。

 思わず風丸の眉間に皺が寄る。中に書かれている文章はミミズの這ったような字、と表現するのでさえ過剰評価かと思うような字で書かれていた。

「……読めねぇ」

 円堂との付き合いは長いが中々酷いもんだな。ここまで読めない字を書くやつだったか。いや、それとも他の誰かが書いたのか……。疑問に思いながら風丸はまじまじとノートを見る。何にしたって、全く読める気がしない。 

「お前……、これ読めるのか?」
「うん、読めるよ。シュートの止め方が書いてあるんだ」
「へぇ……」

 だが円堂は読めるようだ。円堂の解説を聞きながら風丸は感嘆の息を漏らす。 

「それ書いたの、じいちゃんなんだよね」
「じいちゃん?」

 円堂の言葉に思わず反応する。円堂との間で彼の祖父の話題が出ることは初めてだった。風丸が首を傾げて円堂の方に視線を向けると、円堂は鉄塔を見つめて言った。

「ああ、俺が生まれる前に死んじゃってるけどね。昔、雷門サッカー部の監督だったんだってさ。その時作った特訓ノートらしい」

 どこか遠くに思いを馳せ円堂は呟く。それが、円堂のサッカーのルーツなのか。初めて会った時からサッカーのことばかりだった幼馴染の片鱗を今になって風丸は知る。

 それから円堂は、風丸が最も気になっている帝国学園の話を始めた。

「帝国学園はスピードもパワーも想像以上さ。そいつらのシュートを止めるには、じいちゃんの技をマスターするしかないって思ってさ」

 ――――やっぱり、本気なんだな。

 風丸が円堂の力になりたいと思った最大の理由がここにある。

 出会ったときから円堂はとにかくまっすぐで、ひたむきな努力の才能を持った奴だった。折れない芯を持っていてどんなときも絶対に諦めない。

 円堂のそういうところにこれまで助けられたことがたくさんある。だから、円堂の力になりたいと思ったんだ。

 正直、サッカー部がちゃんと機能しているのか自信はなかった。時々、円堂の練習相手になることはあったが部員はちっとも練習に顔を出してこなかった。

 だが、少なくとも円堂はこんなに一生懸命なんだ。圧倒的な実力差を突き付けられても勝てることを信じて真剣に勝負に挑もうとしている。

 ……いや、円堂だけじゃないはずだ。そばで隠れている部員たちもきっとどこかで勝ちたいと、自分が好きだから始めたサッカーをやりたいって思ってるはずだ。

 それだけで手を貸す理由は十分だと思った。

「お前、本気で帝国に勝つ気なんだな」
「ああ!」

 風丸は円堂を見つめ、手を差し出す。

 ……本当は、円堂を助けたいっていうまっとうな気持ちだけで彼はここに立っているわけじゃない。

 彼の脳裏に恋人の姿がよぎる。正義感だけじゃない、風丸の心には少なからず欲も存在していた。

 ――――[#dn=1#]の好きな奴が帝国にいる。

 知りたいと思うのは当然のことだ。先ほどの[#dn=1#]の動揺具合を思い出すほどそう思う。

 今でも、離れているのに[#dn=1#]の心を揺さぶり続ける。そして[#dn=1#]の心に深く傷を負わせた男。それが帝国学園サッカー部にいるはずだ。

 きっと最低なやつだとは思うが、何を考えて[#dn=1#]をそこまで深く傷つけたのか。知れるものなら知りたい。

 不謹慎な話だとは理解している。だが機会があるなら、俺が[#dn=1#]のそばに居るならその男のことを知りたいと思った。俺自身が[#dn=1#]のことを守るために。

 それに、ここまでくると興味が湧いてきた。円堂がここまで熱くなれるサッカー、帝国の奴が[#dn=1#]を傷つけてまで選んだサッカー。

 俺自身が同じだけ夢中になれば、円堂たちが見ている景色が拝めるかもしれない。

「お前のその気合、乗った!」
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