FF編 第二章



 授業が終わり、放課後。あれきりサッカー部の話は続報を聞かない。

 とはいえ、昼休みの終わりに教室へ戻ってきた円堂の表情は明るかった。そこから推察するしかないが、呼び出しは廃部の話ではなかったのかもしれない。

 せめて廃部という最悪の事態を逃れるのならばいいなと[#dn=1#]は思う。

 どんなに弱小でも人数が足りていなくても、サッカーをする場所まで取り上げるのは理不尽な話だと思う。去年までは部員三人で懸命に練習をしていたのだというのだからなおさらだ。

「[#dn=1#]」

 帰りの支度をすませていると彼の声がして[#dn=1#]はぱっと顔を上げる。教室の外で風丸が[#dn=1#]に向けて小さく手を振っていた。一緒に部活に行くため、迎えに来てくれたのだ。

 彼と目が合うと自然と表情が綻ぶ。待ってて、言葉を返し荷物を手に取るために机の方を振り返った。すると、[#dn=1#]と同じく帰り支度をしていた豪炎寺とまたも目が合う。

「……」

 ……彼はこのまま帰るのだろうか。昼休みの様子からすれば、サッカー部の見学に行くということも無さそうだ。

 円堂たちにとっては残念なことだろうが、サッカーをするしないは豪炎寺の自由だし、[#dn=1#]が行ってやってほしいと説得するのはお門違いな話だ。

「豪炎寺くん、また明日ね」
「ああ」

 手を振って[#dn=1#]は豪炎寺に挨拶をする。豪炎寺のほうは笑顔とまでは行かなかったが、少なくとも眉間に寄せていた皺を若干緩めた。[#dn=1#]は荷物を手に取り、教室の前で待っている風丸の元へと駆け寄る。

「おまたせ、一郎太くん」
「……ああ」

 少しだけ陰りのある風丸の声色に[#dn=1#]は首を傾げた。心なしか表情もさっきに比べて少し固い気がする。さっき彼を見たときはそうは思わなかったのに。

「どうかした?」
「いや……、アイツが転校生か?」

 そう言いながら風丸がちらっと豪炎寺の方を見た。当然のことだが転校生が来たという話は学年中に広まっている周知の事実だ。それがどうかしたのかと不思議に思いながら[#dn=1#]は頷く。

「うん、転校生の豪炎寺くん。木戸川清修から来たんだって」
「へぇ……」

 聞いたのは風丸だというのにあまり興味無さそうに風丸が呟く。その表情がほんのかすかに険しさを増したのを見て[#dn=1#]は少し不安を覚える。

 私、何かしてしまったんだろうか……。そう思うのもつかの間、風丸がむくれ顔で小さく呟いた。

「もう随分仲がいいんだな」
「え?」

 想定外のことで[#dn=1#]は思わずきょとんとしてしまった。目をぱちくりとさせながら、[#dn=1#]は風丸をじっと見つめる。

 風丸はみるみるうちに顔を赤らめて、恥ずかしそうに[#dn=1#]から視線を逸らした。もしかして、これは……。

「いや……、何言ってるんだ俺は。悪い、妙なこと言って」

 口元を手で覆いながらもごもごと風丸が呟く。面映ゆさを隠しきれない風丸の視線を受けて[#dn=1#]はドキリと胸が高鳴るのを感じた。

 自惚れかもしれない。だが、もしかすると……、風丸はヤキモチを妬いてくれたのかもしれないと思った。

「……一郎太くん」
「気にしないでくれ。何でもないから」

 あくまでも風丸はシラを切ろうとする。けれども[#dn=1#]は風丸が向けてくれている気持ちが嬉しかった。

 ときめく胸の高鳴りの中、さりげなく右手で彼の手に触れる。ビクっと彼の手は一瞬跳ね、[#dn=1#]から退こうとしたが……。今度は彼の手が[#dn=1#]の右手に触れ、指先を絡めていく。[#dn=1#]はそれに答えようと彼の指を握り返した。

「……もしそういうことなら……、嬉しい」
「……[#dn=1#]」

 図々しすぎる感情なのかもしれない。ヤキモチを妬いてくれて嬉しい、だなんて。これまで追いかけるばかりの気持ちだったからそう思ってしまうんだろうか。風丸に自分を求められることは心の底から嬉しい。

 同じだけ、むしろそれ以上に感じられる好意が向けられると、いっそう彼が愛おしく見える。自分も同じようにして風丸に返せたらと……、好きという気持ちは留まるところを知らない。

「は、早く部活行こ? 遅れちゃう……」

 頬を染めながら[#dn=1#]が風丸をするりと離す。彼への好意は隠しきれないが、まだ声を大にして叫ぶのは恥ずかしい。手を離すのは名残惜しかったがここは校舎内だ。手を繋いで歩くわけにもいかなかった。

     ❀

 部活に行くとは言ったものの、女子陸上部は現在、事実上の休部状態になっている。理由はもちろんあの事件が原因であった。上級生が下級生に対し暴行を働いたなどという事態は結構大きな問題となった。

 これが個々人の問題であれば[#dn=1#]を除いた女子陸上部として謹慎を受けることはなかったのかもしれない。

 しかし、現場が女子陸上部の部室であったことやその場に部員が全員揃っていたことなどが判断の要因となり、女子陸上部として連帯責任の処罰が与えられることになってしまった。

 一応、被害者という扱いである[#dn=1#]は活動そのものを禁止されているわけではない。とはいえ、たったひとりでの活動が部活動と言えるかは疑問であった。もはや個人練習と呼ぶべきだと思う。

 部活動という建前上、活動時間は男子陸上部に揃えられ、終礼への参加をするように取り決めはされている。

 男子陸上部のキャプテンは[#dn=1#]に気を遣ってくれ、参加できる練習は一緒にやろうと声を掛けてくれた。これに関しても監督や顧問から許可は下りている。

 ……とはいえ、あまり積極的に参加というわけにもいかず、つかず離れずの距離感を[#dn=1#]と男子陸上部は保っていた。決して不仲という訳では無いから練習外ではコミュニケーションを取ることは多いけれども。

 [#dn=1#]はひとりグラウンドの隅でクールダウンをしながら、練習している風丸の姿を横目に見る。

 ここ最近の中でも風丸の調子はかなりよさそうだ。いつにもまして彼の走りには誰にも引けを取らないスピードと気迫があった。

 それも当然かもしれない。この夏時期には陸上でも大きな記録会がある。今時期の練習で結果を残さなければ代表選手には選ばれない。彼の走りにますます熱が入るのは至極当たり前のことだと思った。

「おつかれさま、一郎太くん」
「ああ、[#dn=1#]もおつかれ」

 終礼のために男子陸上部に合流し[#dn=1#]は風丸に声を掛けた。風丸も[#dn=1#]の声に応えたが、練習の後、普段なら爽快さに満ちる彼の表情に[#dn=1#]はどこか違和感を覚えた。

 部活前に風丸が見せていた動揺とは少し違う。……それでも何か、引っかかるものがある。そして思い当たることもないわけじゃない。

「さっき円堂くん来てたね。彼、どうしたの?」

 グラウンドの外周を走っていた時、なぜか陸上部のグラウンドでサッカー部のキャプテンの円堂の姿を見た。

 円堂はサッカー部のユニフォームを身に着け、何か大きな看板のようなものを持っていた。遠目にしか見えなかったから看板の文字は良く見えなかったが……。ただ、風丸とは少し話をしていたような気もする。

「ああ、ちょっとな……」
「……?」

 [#dn=1#]の質問に対し、何とも彼は煮え切らない返答をした。

 なぜ、言葉を濁したのか理由は分からない……、話せない理由でもあるのか。彼ら友人同士の話で、話せないなら無理に聞き出すつもりはないが……。とはいえ、気にはなる。

 心配から[#dn=1#]は風丸に視線を寄せる。風丸は何でもないからと微笑み、[#dn=1#]の肩をぽんぽんと叩いた。

「集合ー!」

 号令がかかって一斉に部員たちが動き出す。風丸とそして[#dn=1#]も号令に従って整列をした。定例の話が終わった後、男子陸上部のキャプテンはバインダーを手に取って声高に叫んだ。

「今日は、夏季大会の選抜メンバーを発表する! 日頃の練習とタイムから監督たちの判断で選ばれるからな」
「……!」

 男子陸上部の部員たちの脇で整列していた[#dn=1#]も無意識に背筋が伸びる。今日だったのか発表は……、そろそろだとは思っていたけれど。

 自分は関係ないと分かっていながら代表発表に[#dn=1#]は少しだけ緊張を抱く。どうか彼が選ばれてほしい。自分のことではなくても[#dn=1#]は強くそう思う。

 振り向きたい気持ちを抑えて、斜め後方にいる風丸の選出を[#dn=1#]は心から願った。

 風丸の名前が呼ばれるのを待つ。今大会は三年生にとって最後の大会になる。単純に考えるなら、全国クラスの実力を持つ風丸が選ばれないはずはない。それでも、三年生が優先される可能性は決してゼロとは言い切れない。

 次々と三年生の名前が呼ばれていく中、[#dn=1#]は休めの姿勢を崩さずにギュッと目を瞑った。

「じゃあ、百メートル。風丸、西野……」

 彼の名前が聞こえた瞬間、[#dn=1#]は俯き気味だった顔を上げた。ほっと安堵から息をつく。喜びから堪えきれずに笑みがこぼれてしまうのを止められない。

 自分が選ばれたわけではない、それでもまるでも自分のことのようにじわじわと喜びが沸き上がってきた。

 この結果にきっと彼も喜んでいるに違いない。[#dn=1#]はとうとう我慢できずに風丸の方をチラっと振り返った。

 しかし[#dn=1#]の予想を外れ、風丸は……。嬉しそうな表情をするでもなく、真剣に何かを考え込むようなそぶりを見せていた。

 ……どうしてそんな顔をしているの。

 さっきから風丸の様子が少し変な気がする。[#dn=1#]の喜びは風丸に対する疑念に変わっていく。

「以上だ。それじゃあ選ばれた奴はしっかり頼むぞ」

 解散が告げられ部員たちが動き出す。その中を縫っていち早くキャプテンの前へ出たのは風丸だった。

「先輩!」

 食い気味に風丸が大声を上げる。何だ? と散り始めた陸上部員たちが風丸たちの方を振り返った。[#dn=1#]も成り行きを見守ることしかできずに彼の姿を見つめる。

 風丸は小さく息を吐き、決意を瞳に宿して宣言をした。

「俺、今回は辞退します」

 衝撃が部内に走った。周囲にいた部員たちが唖然とした様子で風丸を見る。誰も彼も驚きを隠せていない。風丸の後輩の宮坂もあんぐりと口をあけて彼を凝視している。

 当然、[#dn=1#]も動揺を隠しきれなかった。力なく拳を握る。彼の言っていることが理解できない……。

「今から監督にも申告してきます。……すみません、先輩」

 頭を下げ、風丸は踵を返して部員たちの輪を抜けていく。このまま彼は職員室に向かうようだ。あまりの衝撃に[#dn=1#]は硬直して動けなかった。

 どうしたんだ、風丸のやつ……。と周囲の動揺の中で我に返ってようやく足が動いた。走り出し、揺れる青髪のポニーテールの姿を追いかける。
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