FF編 第二章



    ❀

 肌を焦がす熱がグラウンドへ降り注ぐ。雨上がりの地面がキラキラ光っているのを[#dn=1#]は教室の窓から見下ろしていた。

 今朝もまた雨が降っていた。段々と暑さを増し始めるこの季節は外で練習できない日も多いけれど、運動部の気概が湧くのが見えるから嫌いではない。

 夏に行われる大きな大会に向け、数多の部活がチーム一丸となって練習に励むだろう。努力している人たちを見ると自分も頑張らなければと思うのだ。

「今日からまた新しい仲間がこのクラスに加わります」

 そんな一日の始まりの、変わり映えのしない朝のホームルームが、いつもと違っていたのは担任の放ったこの一言のせいだった。

 新しい仲間、ということは転入生? 途端にクラス中がざわめきだす。一学期も半ばの半端な時期に転校してくるなんて珍しいな、と思いながら[#dn=1#]は視線をグラウンドから教壇の方へ戻した。ちら、と教卓近くの席についている秋の後ろ姿を見る。

 [#dn=1#]は秋からそんな噂を聞いていた。このクラスに転入生が来るらしいと。そしてその話の信憑性はかなり高いと思っていた。昨日の席替えの時に先生が机と椅子を増やしたからだ。その空席は今、[#dn=1#]の後ろにある。

「どうぞ、入って」

 先生の促しで教室中の視線が扉を向く。[#dn=1#]も同様に扉の方に視線を寄せた。

 どんな人だろう……。男子か、女子か。

 [#dn=1#]自身もまだ転校してきて数か月の身だから、とても学校のことを教えるなんてできないが、それでも転校したての気苦労に寄り添うことはできるかもしれない……。そんなことを思っているとがらりと扉が開いた。

 ――――あれ、あの人……。

 扉から入ってきたのは見覚えのある人だった。[#dn=1#]は驚きに背筋を伸ばし目を丸くする。ツンツンと逆立った白髪に浅黒い肌、鋭い眼差し……。

 彼は昨日、病院の敷地内でペンダントを落としていた少年だ。少年が教壇へ向かう最中に、担任教諭が黒板に彼の名前を書いた。豪炎寺修也。

「あああああっっっ‼」

 そして、その少年に見覚えがあるのは[#dn=1#]だけではなかったようだ。

 橙色のバンダナがトレードマークのサッカー部のキャプテン、円堂守が突然大声をあげて立ち上がった。彼は豪炎寺を指さして吃驚の声を上げている。……知り合い、だろうか?

「円堂くん、知り合いですか?」 
「い、いや、その知り合いってわけじゃないんですけど」

 [#dn=1#]と同様の疑問を担任も抱いたらしい。担任から掛けられた問いに円堂は口ごもりながら答えた。円堂はひとりで百面相をしながらガッツポーズをしている。何か思うところがあるらしい。見ているとなんだか面白くて思わず笑ってしまう。

「いいから座れ」 
「あ、はい」

 はしゃいでいる円堂を意にも介さず、担任は円堂にひらひらと手を振って席に着くように言った。そして円堂が席に着くのを確認して豪炎寺の紹介を続ける。

「今日から我が雷門中に転入となった豪炎寺修也くんだ。前は木戸川清修にいたんだったな」
「はい」

 短く豪炎寺が頷く。木戸川清修……、確かサッカーの強豪校だったはずだ。去年の夏、大会で帝国と試合をしていた学校にそんな名前があったような気がする。

 すると、円堂の喜びようを見るに豪炎寺はサッカー経験者だろうか。

 雷門中サッカー部は部員が足りていないと秋から聞いている。転入生の豪炎寺が木戸川清修でサッカーをやっていたなら、入部を期待するのは当然のことだ。

「じゃあ、豪炎寺くんはそこの空いている席に」
「はい」

 担任が指さした席、すなわち[#dn=1#]の後ろの席に豪炎寺が向かって歩き出す。近くまで歩いてきた豪炎寺の方へちらと視線を寄せると、火花が散りそうなほどしっかり彼と目が合った。豪炎寺の眼力に押され、[#dn=1#]はぎこちなく瞬きをする。

「……!」

 豪炎寺は[#dn=1#]を見て驚きに目を見張ったようだった。歩調が乱れ、[#dn=1#]の前で一瞬彼は立ち止まりかける。だが、何も言わずに彼は[#dn=1#]から視線を逸らし後ろの席に腰を下ろした。

「えーっと、ホームルームが押しているからこのまま授業に入りますよ。教科書の三十四ページから……」

 ホームルームからそのまま授業に突入してしまったため、[#dn=1#]は振り返るに振り返ることもできずに教科書を開く。

 昨日顔を合わせているのだし、休み時間にでも挨拶くらいはしてみようか……。そう思いながら[#dn=1#]はノートに今日の日付を書き込んだ。

 しかし、昼休みを迎えると豪炎寺の方が先に声を掛けてきた。つん、と背中を肩に何かが触れて[#dn=1#]は背後を振り返る。

 豪炎寺はじっと[#dn=1#]の方を見つめていた。さっきも思ったが迫力のある眼差しだ。豪炎寺は目を凝らすようにして[#dn=1#]を見つめたかと思えば、小さな声で[#dn=1#]に問いかけた。

「……お前、昨日の」
「あ、うん……。そうだよ」

 どうやら豪炎寺の方も昨日、病院の入り口付近で顔を合わせていたことに気が付いたらしい。彼の指摘に[#dn=1#]は頷き、身体を椅子ごと豪炎寺の方へと向けた。

 向き直っておきながら、どう言葉を掛けて良いか分からなくて[#dn=1#]は眉根を寄せる。

「……えっと」
「ありがとう」
「え?」

 脈略の無い豪炎寺の言葉に[#dn=1#]が声を漏らす。豪炎寺は[#dn=1#]を見て、ほんのわずかに口元を緩めたような気がした。

「昨日はちゃんと礼を言ってなかった。……助かった、大事なものなんだ」

 そう、だっただろうか……? ペンダントを渡した時に彼が安堵した様子だったのは覚えているが礼なんて気にしてなかった。

 あの時は風丸との約束があって急いでいたから、それどころではなかったというのもある。

「ううん……。よかった、大切なものならちゃんと返せて」

 ただ、感謝されているのなら、昨日ちゃんと気が付いて声を掛けることができて良かったと思う。豪炎寺の表情の和らぎを見て、[#dn=1#]の方も緊張を緩める。口数は少なそうだが悪い人ではないようだ。

「そういえば、自己紹介してないね。……私は[#dn=2#][#dn=1#]。私も豪炎寺くんと同じで春に転入してきたばかりで」
「……そうか」
「うん。……だから、えっと……。どうぞよろしくお願いします」
「……ああ、よろしく」

 こういうとき、どんな言葉を掛けるべきなんだろうか。会話が途切れて[#dn=1#]は少し焦る。わざわざ椅子まで動かして向き直った手前、このまま話が終わってしまってはなんだか気まずいと思った。

 しかし仲の良い友人となら自然に話せるとはいえ、明るく話を振るのは内向的な彼女の性格上、元々得意ではない。

 転校してきたとき、秋はどんなふうに声を掛けてくれただろうかと必死に頭を巡らせる。だがまたも豪炎寺の方が先に口を開いた。

「……[#dn=2#]は、どこか悪いのか」
「え?」
「病院にいただろ。……それとも誰かの見舞いか?」

 心なしか心配した様子で豪炎寺が問う。表情は読みにくいから、[#dn=1#]が勝手にそう感じただけかもしれないが。ただ、出会った場所が病院ともなれば多少気にかかるのもおかしなことではない。

「足を怪我したからちょっと……」
「足を?」
「そう。やっと昨日、運動して良いってお許しがでたの」
「ああ……、どおりで」

 [#dn=1#]の答えを聞いて、豪炎寺は今度は目に見えて微笑んだ。何か納得に至ることがあっただろうか、[#dn=1#]は不思議に思い首を傾げる。

 ……そういえば、豪炎寺は何の用で稲妻総合病院なんかにいたのだろう。尋ねていいものかと躊躇ったそのとき、豪炎寺と[#dn=1#]の会話は中断することになった。無論、彼の登場によってだ。

「よう! 昨日ぶり」

 そう言って二人の前に姿を現したのは円堂だった。後ろには秋の姿もある。秋は円堂の会話の邪魔にならないようにさっと[#dn=1#]の横に歩み寄った。

 円堂がここに来た目的を察するのは簡単だが……、そう思いつつ[#dn=1#]は秋をちらと見る。

 それにしても秋と円堂は仲がいい。同じ部活のキャプテンとマネージャーだということを抜きにしても。

「……相変わらず仲良しだね、円堂くんと」
「ちょ、ちょっと[#dn=1#]ちゃん!」

 小声でぼそぼそと言葉を交わし合う。円堂くんはそんなんじゃないの、と秋は顔を赤らめ手を振って否定したが[#dn=1#]はそうは思わない。

 転入してきてから秋と一緒にいればはっきり分かってしまうものだ。どんなに秋が円堂と、円堂が大切にしているサッカー部のことを想っているかなんて。

 ただ円堂はそういうところ鈍そうだから、まったく秋の想いに気が付いてる様子はないが……。早く気づいてくれればいいのに、と彼を見るたび[#dn=1#]は常々思う。

 円堂は裏表のない良い人だ、これは主に風丸からの話での判断だがクラスメイトとしてもそう思う。

 風丸が強く信頼を寄せている人物なのだから、[#dn=1#]自身はあまり交流はないものの周囲の人物評から円堂への信頼は低くない。

「昨日、ちゃんと自己紹介してなかったからさ。俺、円堂守!」

 快活明朗な円堂の声とは裏腹に豪炎寺の表情は硬いままだ。むしろさっき[#dn=1#]と話をしていたときよりも表情に陰りがある。

 それにしても、円堂の言葉から察するにやはり二人は知り合いだったのか。円堂と豪炎寺の様子を伺いながら、[#dn=1#]はこっそりと秋に尋ねた。

「円堂くんって、豪炎寺くんと昨日会ってるの?」 
「うん。ちょっといろいろあってね」

 色々……、昨日彼と病院で出会った後のことだろうか。円堂とも顔を合わせていたなんて、昨日は豪炎寺にとって忙しい一日だったのかもしれない。[#dn=1#]は様子を見ながら思う。 

「サッカー部のキャプテンやってるんだ! ポジションはキーパー!」
「……!」

 豪炎寺の無反応だが円堂は溌剌と自己紹介をしている。その中で[#dn=1#]は豪炎寺があからさまにサッカーという言葉に反応を示したことに気が付いた。

 まるでサッカーを忌避するかのような眼差し。……彼が見せた感情に、[#dn=1#]はわずかながら共感を抱く。

 それは[#dn=1#]自身がサッカーに対して複雑な思いを抱いているからかもしれない。なんせサッカーは帝国での思い出にどうしても結び付く。

 熱中するに値するスポーツであることは分かっている。円堂や……あの鬼道でさえ世界の中心であるかのように夢中にさせられているのだ。

 実際、帝国学園サッカー部の練習見ているのは楽しかったし、授業でプレーをした時だって面白みが全くなかったと言えば嘘になる。

 だが全面的に好きだと肯定もし難い。帝国学園のサッカー至上主義と、忘れもしないあの日の出来事。[#dn=1#]がサッカーから遠ざかりたいと思うには十分すぎる理由だった。

 それと似たものが豪炎寺の眼差しには滲んでいる。いや、むしろ……。[#dn=1#]に比べより強迫的に、豪炎寺はサッカーに対する思いを秘めているように感じられた。

「お前も入らないか? 木戸川清修ってサッカーの名門だもんな。通りであのキック、凄いはずだぜ!」

 熱心に円堂の勧誘を余所に、豪炎寺は興味ないと言わんばかりに窓の方に目を向けてしまった。円堂はそんな豪炎寺の反応が想定外だったのか、きょとんとして豪炎寺の反応を見つめている。

「え、なんだよ?」
「サッカーはもうやめたんだ」

 目を伏せ豪炎寺が呟く。

「やめたって、どうして?」 
「俺に構うな」

 納得できずに理由を問う円堂が豪炎寺の机に手をつく。しかし豪炎寺は取りつく島もなく円堂を突き放した。素っ気ない声には著しい拒絶の色が見える。……だが、どうしてここまで。

 答えが出ないうちにタイムリミットが訪れた。間が良いのか悪いのか、慌てた様子の半田が円堂らの元へとやってきた。 

「円堂! 冬海先生がお前を呼んでる、校長室に来いってさ。大事な話があるって。俺なんか嫌な予感がするんだ……、例えば廃部の話とかさ」
「廃部⁉」 
「廃部……」

 円堂が叫んだ言葉を[#dn=1#]が小さな声で繰り返す。雷門中サッカー部について、[#dn=1#]も話だけは秋や半田から聞いている。

 サッカー部の抱えている問題は部員不足だけではない。部員が足りないせいで他の部活が優先され、練習するグラウンドの確保ができないこと。そして部員たちのやる気だ。

 その環境のせいで荒んだ部員たちは部室を溜まり場として、ゲームや漫画を持ち込んでいるとか。

 やる気がないなら潰れてしまうのも仕方ない。……とはいえ、キャプテンの円堂はあれほどまっすぐでサッカーに対し熱心に向き合っている。一概に、潰すなんて妥当な判断だとは思えない。

「私もそんな噂、聞いたことある……」
「秋ちゃん……」

 半田の持ってきた噂におずおずと秋も声を漏らした。秋も不安げに円堂を見つめている。円堂は憤懣を露わに声を上げる。

「冗談じゃないぞ! 廃部になんかさせるもんか‼」

 強く宣言して円堂は校長室へと向かっていった。円堂と、円堂の後ろ姿を心配そうに追いかけていった秋と半田の姿を見送る。

 サッカー自体には複雑な感情を持っているとはいえ、友人たちが所属する部なのだ。廃部になんてなってほしくはない。そう思いながら[#dn=1#]はさりげなく豪炎寺の方へと視線を送る。

 窓の外、校庭を見ている豪炎寺は酷く険しい表情を浮かべていた。
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