FF編 第二章



 湧き上がる気持ちを抑えながら自動ドアが開くのを待った。屋外へ出て空を見上げると抜けるような青空が広がっている。

 暖かな風にさらさらと黒髪をなびかせながら、少女はうんと伸びをして息を吐く。稲妻総合病院から出てきた彼女の、[#dn=2#][#dn=1#]の表情には隠しきれない喜びが滲んでいた。

 やっと、今日で怪我をした左足が完治に至った。女子陸上部内でのトラブルで痛めた足はやはり捻挫をしてしまっていて、彼女は二週間程度の安静を余儀なくされていた。

 一度大きい病院で診てもらった方がいいかもしれない、と総合病院を紹介された時は肝が冷えたが……。きちんと安静にしていれば選手生命に傷がつくほどの大事ではない、と言ってもらえて胸を撫でおろした。

 安静にしている間、ずっと走りたくてうずうずしていたのだ。言いつけを守り、あの日から今日まで。通学のための行き来以外はほとんど足を使っていない。

 中学校に上がってからはほとんど欠かさず、毎日自主練習に明け暮れていたのだからこの期間を果てしなく長く感じていた。

 ようやく走ることができる。そう思うと腹の底から高揚感が沸き上がって心がソワソワと浮き上がる。

 とんとん、とつま先を地面に打ち付け、足首を回してみる。もう痛みも違和感もない。問題なく走れそうだ。試しに彼と待ち合わせをしている鉄塔広場まで走ってみよう。体力が落ちていないといいけれど……。

 胸いっぱいに息を吸い、[#dn=1#]は地面を蹴り出す準備をする。だがスタートを切ろうとした瞬間、彼女は目の前の光景に思わず声を漏らした。

「あっ……」

 数メートル先、病院を背にして歩いていく少年のポケットから何かが滑り落ちてアスファルトの上に落ちた。

 その少年は自らのポケットから何かが滑り落ちたことに気がついていないようで、まっすぐに道を歩いていく。このままでは彼は気づかずに行ってしまう……。そう思った瞬間には、[#dn=1#]は地面を蹴って駆け出していた。

「待って!」

 勢いとともに[#dn=1#]は少年が落としたチェーンのようなものを地面から掠め取る。そして咄嗟に出てきた大きな声で少年を呼び止めようとした。

 前を歩いていた白髪をツンツンと逆立てた少年は[#dn=1#]の声にちらっと振り返った。[#dn=1#]は彼の前で立ち止まり、彼のポケットから零れた落とし物を少年に差し出す。

「あの、これ……」

 差し出した自らの手の中にあるものを[#dn=1#]は改めて見る。よくよく見てみると拾い上げたのはペンダントのようだった。

 ペンダントトップには不思議な形の飾りがついている。まるでスパイクのような……、珍しい形だなと思いながら[#dn=1#]は少年を見上げる。

「落としませんでしたか?」

 瞬間的に走り出した名残で弾む息を抑えて[#dn=1#]は彼に尋ねた。おそらく[#dn=1#]と同い年くらいの少年は……、その鋭い眼差しにわずかに驚きを滲ませる。ペンダントを見てそして次に[#dn=1#]を見た。

 数秒間、何も言わずに[#dn=1#]を見つめ、彼は数秒を置いてまたペンダントへと視線を落とす。

「ああ……、すまない」

 少年は[#dn=1#]からペンダントを受け取ると、大事そうに手の中に握りなおした。彼の表情の変化は分かりにくかったが、どことなく安堵が見える気もする。

 表情が和らいだように見える少年の様子を前に、[#dn=1#]は声を掛けて良かったと目を細めた。彼にとってこのペンダントはきっと大切なものだったのに違いない。

 追いかけてきてよかったと思いながら、[#dn=1#]は唇に笑みを乗せた。熱を孕んだ風が彼女の髪をふわりと舞い上げる。

「それじゃあ……、私はこれで」
「……」

 少年の眼差しが再び[#dn=1#]を見つめた。彼の研ぎ澄まされた眼差しの中に一瞬、揺らぎが見えた気がしたが[#dn=1#]は気にも留めなかった。

 軽く会釈をして再び地面を蹴り、[#dn=1#]はその場所から走り出す。約束をしているのだ、早く行かないと。

「……」

 その姿はさながら風。生い茂る木の葉を揺らし、花壇に咲いたアナベルを撫でた風と同じに彼女は振り返ることなく駆けてゆく。

 少年は走り去っていく彼女の後姿をじっと、何も言わずに見つめていた。
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