FF編 第一章
夢みたいな話だと思った。好きな人と想いが通じ合うなんて。
朝起きたとき、昨日の出来事はすべて夢ではないかと思った。しかしながら、痛む足が昨日を現実だと証明する。痛む足を庇いながら[#dn=1#]は学校へ行く支度を進めていく。
しばらくは安静だ……、朝練はできないからその分ゆっくり支度に時間を割ける。
洗面所へ向かい、顔を洗う。目の腫れは多少気になるが、昨日よりは随分いい。それよりも……、鏡に映った自分を[#dn=1#]はじっと見つめる。自然と唇へと目がいった。
――――昨日。
優しい熱がまだ残っている気がする。[#dn=1#]は確かめるように自分の唇に指を這わせた。
昨日はそれどころではなく、考えもしなかったがあれはファーストキスだった。キスをした、紛れもなく想いの通じ合った人と。
――――私、一郎太くんと……。
その時のことを思い出すと燃えるように顔が熱くなり、冷たい水で思いきり顔を冷やした。それでも顔はまだ熱い。心臓も、どきどきと大きく音を立てている。
胸に手を当て、[#dn=1#]は深呼吸をして息を整える。……鏡に映った自分は熱もないのに真っ赤な顔をしていた。
今日はいつもより早めにして家を出た。
両親は学校まで送ろうと言ってくれたが、二人とも仕事があるのだからと[#dn=1#]はそれを断った。学校までそんなに遠いわけでもない。少し余裕を持って家を出ればよいだけだ。
いってきますと、声を掛け[#dn=1#]は家を出る。扉を開けた瞬間、[#dn=1#]の視界に飛び込んできたのは風になびく青い髪。彼は[#dn=1#]の姿を見つけ、爽やかな挨拶と共に微笑む。
「[#dn=1#]、おはよう」
「い、一郎太くん⁉ どうして……、きゃあっ!」
「[#dn=1#]!」
あまりにも唐突な風丸の登場に、[#dn=1#]は驚きのあまり松葉杖をつきそこなった。ぐらっと身体のバランスが崩れ、身体が軽く宙へ浮く。
倒れる……! [#dn=1#]がそう思って固く目を瞑った瞬間だった。ふわっと、優しく身体が抱き留められた。
覚悟していた衝撃はなかった……。[#dn=1#]が恐る恐る目を開くと、風丸の心配そうな瞳が[#dn=1#]を覗き込んでいる。
「おい、大丈夫か?」
「……っ」
やっと落ち着いていた熱が頬に集まってくる。吐息が掛かるほど近い距離に[#dn=1#]は言葉も出ずに首を縦に振った。
前にもこんなことがあった、出会ったばかりの日に。[#dn=1#]が風丸を見つめていると、風丸は[#dn=1#]の考えを読んだかのように微笑んだ。
「なんか、前にもこんなことあったな」
「……うん」
風丸は[#dn=1#]を助け起こしながら言う。[#dn=1#]は風丸の言葉に頷いて、彼を見つめた。
「一郎太くんはいつだって私を助けてくれるね」
「……そうか?」
「そうだよ」
出会った日からそうだった。幾度となく彼には助けられて今を迎えている。でもそういう自覚が彼にはないのだろう。それが彼の美徳だともいえる。
今日だってそうだ。約束していた訳では無いのに、[#dn=1#]を心配してここまで来てくれたのだろう。
「鞄は俺が持つから」
「ありがとう……、ごめんね」
「このくらいしなきゃ、何のために迎えにきたか分からないからな」
頼もしく微笑む彼を今は素直に好きだと思える。
いつか風丸にもらっただけ、気持ちを返すことができるだろうか。[#dn=1#]はそう思いながら、彼の隣を歩き進む。……そうしたいと、心の底からそう思っている。
風丸のサポートもあり、[#dn=1#]は無事に学校に到着することができた。
歩きながらも風丸はずっと[#dn=1#]を心配そうに[#dn=1#]の様子を見て、[#dn=1#]がバランスを崩したらいつでも支えられるようにと気を張っていたようだ。……真面目な彼らしいが、早く治さないと彼の神経の方が持たないかもしれない。
彼は教室まで[#dn=1#]を送り届けてくれた。教室の扉を開けると、ざわりと教室内の空気が一転する。昨日の騒動はまた色々と噂になっていることだろう。そうでなくても[#dn=1#]の松葉杖は目を引く。
何があったのかひそひそと情報交換をしているクラスメイト達の視線など意にも介さず、風丸は[#dn=1#]を席に座らせた。
「[#dn=1#]ちゃん、おはよう」
「おはよう、秋ちゃん」
[#dn=1#]が風丸に礼を言った後すぐに秋が[#dn=1#]のところまでやってきた。風丸と[#dn=1#]、ふたりが一緒にいるのを見て彼女はすべてを悟ったようだった。嬉しそうに表情を綻ばせ、秋は[#dn=1#]に微笑みかける。
「風丸くんと上手くいったんだね。よかった」
「秋ちゃん……、うん」
動向を見守っていたクラスメイト達も、[#dn=1#]たちの言葉を耳にしてざわめき始めた。気恥ずかしさに[#dn=1#]は俯くが、それでも嬉しい気持ちがあった。この現実が、今を夢ではないと信じさせてくれた。
❀
「おはよ、風丸」
[#dn=1#]を教室まで送り届け、後でまた行くからと約束をして。風丸は彼女のクラスを後にした。
教室を出た途端に背後から声が掛かる。声からして誰であるかはすぐに分かった。風丸が振り返るとニヤニヤ笑いを浮かべたマックスと、半田がそこには立っていた。
「いいようにまとまったみたいじゃん。キミたち見てるとホントもどかしくてさあ」
「ああ、迷惑かけたな」
言葉の通りだ、マックスたちの助言なくして今の結果は得られなかった。風丸はそう思いながら礼を言う。そしてちらと半田の方へと視線を寄せた。
彼の想いは知ってしまった。だからこそ、半田の様子は気になる。だが、彼はいつもと変わらず平然としたものだった。
「ほんとによかったな。 [#dn=1#]のこと大事にしろよ?」
きっと心は隠しているだけだ。……風丸が半田にしてやれることはない。
できることがあるとすれば、彼がいうように[#dn=1#]を大切にするってことだけだ。それが背中を押してくれた彼に報いることになるはずだ。
「ああ、絶対大事にする」
「朝から熱いね~。じゃ、ボクはそろそろ行くよ。あとでね、風丸」
「じゃあな」
手を振りながら二人は教室へと向かっていった。その場に残された風丸はもう一度、彼女のいる教室を振り返った。秋と話を続けている[#dn=1#]に視線を送る。
すると[#dn=1#]は風丸の視線に気が付いて微笑み、小さく風丸の方に手を振った。彼女が気が付いてくれたことが嬉しくて風丸も手を振り返す。
――――好きだ。
見つめているだけで気持ちが溢れかえる。
[#dn=1#]の気持ちが本当の意味で俺に向いてくれるまで、少し恥ずかしいが気持ちを伝え続けていきたい。[#dn=1#]が他の奴のことなんて考えなくてもいいように。
俺のことだけを見ていてほしいんだ。……[#dn=1#]を傷つけた奴のことなんて考えていてほしくない。……付き合ったばかりなのに、彼女のことで頭がいっぱいだなんて馬鹿げてるな。だけど悪い気はしない。
[#dn=1#]と出会う前にはもう戻れない。……[#dn=1#]が一緒にいたいと望んでくれた。それがすべてじゃなくても……、俺はその言葉を信じていたい。
窓から差し込む暑い日差しを仰ぐ。校庭の桜は完全に散って、青い葉が風に揺れていた。開いた窓から吹き込む風が彼の熱を高めていく。多くの運動部にとって重要な季節をそろそろ迎えようとしている。
……もうすぐ夏だな。
薫る風に揺れた髪を抑えて彼は校庭を見下ろす。グラウンドの方にサッカーボールを抱えた幼馴染の姿があった。彼は今日もサッカーへの熱意を叫んでいる。