FF編 第一章



 [#dn=1#]の話は終いには涙交じりになっていた。思い出すのも辛い部分は何度も言葉に詰まって中断しかけた。しかし半田もマックスも[#dn=1#]の話を黙って聞いてくれていた。声が震えるたび、半田はそっと[#dn=1#]の背中を撫でてくれた。

「だから私は風丸くんの気持ちに応えなかった。自分でも風丸くんに惹かれているのは分かってた……。だけど見ないふりしてたの。今でも……、あの人のことが忘れられないから」
「そんなに酷いことを言われたのにか?」
「そうだよ、あの人ほど私を理解してくれている人は他にいない……」

 雷門に来て友人ができて、自分の居場所が鬼道の隣だけだったとは今では思わない。けれども鬼道ほど心を許せた人間はいないのも確かだ。

 それに鬼道に拒絶された経験のせいで、誰かに心を打ち明けることが怖くなった。

 もしも仮に風丸にありのままの気持ちを打ち明けたのだとして、あの時のようにまた酷く罵られたりしたら……。風丸に拒絶されるなどということがあったのなら……、もう二度と立ち上がれなくなる気もした。

「でもこのままでいいとも思ってない。……だから、髪を切ったの。形からでも区切りをつけたかった」

 気持ちの清算をしたかった。鬼道が褒めてくれた黒髪を切る、風丸とお揃いになる長さの髪を切る。そうすることで恋心というものに一気に決着をつけるつもりだった。

「だけどね、できないみたい……。さっき、足を怪我したときに思ったの。足を怪我したら風丸くんと一緒に走れなくなるって、風丸くんが来てくれたらって……馬鹿みたいだよね」

 自嘲しながら[#dn=1#]は濡れた頬をさりげなく拭う。鬼道のことが好きだ。けれどもどうしようもないほど風丸に惹かれているのも事実。

 自分の中では分かっていた、風丸と走って得た楽しいという感情は忘れられない。走る楽しさを思い出す前の、風丸と出会う前の自分にはもう戻れないことを。

「……」

 半田とマックスは[#dn=1#]の話を聞いて顔を見合わせる。[#dn=1#]は名前は明かさなかったが、帝国学園にいるその男から与えられた影響が絶大なのは聞いての通りだ。強い呪縛だとさえ思う。

 けれども[#dn=1#]はそこから抜け出そうと足掻いている。実際、もう会うことのない男のことをいつまでも引きずってたって先はない。新しく芽生えた風丸への気持ちこそが、[#dn=1#]が前に進むための第一歩になるはずだ。

「ねえ、[#dn=1#]」

 マックスが膝をついて[#dn=1#]の顔を覗き込む。まっすぐに[#dn=1#]を見つめて彼女の心に問いただした。

「風丸じゃダメなの?」

 おかしな聞き方だと[#dn=1#]は思った。[#dn=1#]はマックスのまっすぐすぎる視線に射竦められて狼狽える。ダメだとかそういう話ではない……、今更風丸に何を言える? 

 自分に選択する権利などないと[#dn=1#]は思った。マックスの視線から逃れ、[#dn=1#]をは俯く。

「……彼の方が私なんか願い下げに決まってる」
「そっか」

 [#dn=1#]の答えを聞いてマックスは表情を変えずに立ち上がった。ぱんぱんとズボンの土埃を払って[#dn=1#]と、[#dn=1#]を支えている半田の方をチラと見る。

「じゃ、そろそろ移動する? ずっとここにいるってわけにもいかないでしょ。[#dn=1#]を保健室に連れてかなきゃ」
「立てるか、[#dn=1#]」

 半田に引っ張り上げられ、[#dn=1#]はそのまま力を借りて立ち上がろうとする。しかし左足に体重が掛かった途端、足首から激痛が走りその場にしゃがみこむ。

 ジンジンと響くような痛みと共に足が熱を持っている。昔話に夢中になって気が逸れていたが、意識すると立ち上がるには困難な痛みだった。

「ごめん……っ、平気だから」
「おい、大丈夫か⁉」

 慌てて半田が[#dn=1#]の身体を支えようと手を伸ばす。あからさまな強がりを吐く[#dn=1#]を見てマックスはわざとらしくため息を吐いた。

「まったくキミは……。少しは人を頼ることを覚えなよ」
「……」
「ってわけで、半田、[#dn=1#]を保健室まで負ぶってあげて」
「えっ、俺が⁉」

 突然立てられた白羽の矢に半田は目に見えて動揺を見せた。しどろもどろに焦りを見せる半田にマックスは当然でしょとばかりに肩をすくめる。

「ボクは先に言って先生に事情を伝えとく。キミ、要領よくちゃんと説明できる? ボクの方が適任なんじゃない?」
「……それも、そうだな」

 マックスに言いくるめられて半田は頷く。そして[#dn=1#]の前に膝をついて背を差し出した。

「ほら[#dn=1#]、乗れよ」
「でも、私重たいし……」
「ほらー、そこモタモタしないで」

 中々動こうとしない[#dn=1#]をじれったく思ったのか、マックスがパンっと[#dn=1#]の背中を叩いた。結局、[#dn=1#]は半ば強引に半田の背におぶさる形になった。

「足にこれ以上負担掛けたらダメでしょ。……それに、[#dn=1#]に重症感あったほうが、ボクらも言い訳しやすいんだよね」

 だから頼んだよ、とマックスはひらりと手を振って一足先に部室を出ていこうとする。だが、部室を出る間際に一度[#dn=1#]たちの方を振り返ってマックスは微笑む。

 なんだか、らしくない笑い方をしたと[#dn=1#]は彼を見て思った。

「ゆっくり来なよ。……せっかくなんだから」
「……」

 言葉の意図も[#dn=1#]にはよく分からなかった。半田は数秒間をおいて、[#dn=1#]を負ぶりなおすとようやく口を開いた。

「じゃあ、俺たちも行こうぜ。ちゃんと落とさないようにするから」
「ごめんね……。重いでしょ」
「いや、重くない。平気だから摑まってろよ」

 半田は振り返らなかったが実に頼もしく即答した。[#dn=1#]は半田を頼ってしっかりと言われたとおりに彼に摑まる。一歩一歩、慎重に進む半田の足取りを見て[#dn=1#]は止まっていた涙が再びこみ上げるのを感じた。

「ありがとう、半田くん」
「……おう」

 照れくさいのか、耳まで真っ赤になる半田の後ろ姿を見て微笑が零れる。……半田にもマックスにも感謝しかない。

 助けに来てくれて、話しを聞いてくれた上に手を差し伸べてくれた。恋敗れて胸は痛んでも、帝国学園にいたときは無かったものが今はある。

 校庭を進みながら晴れやかな景色を見る。桜はすでにほとんど散り落ちていたが、青々とした葉桜が顔をのぞかせていた。
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