FF編 第一章



 桜が散って木々は青々と色づき始めた。[#dn=2#][#dn=1#]が雷門中学に転校してきておおよそ一か月が経つ。彼女もようやく新生活に慣れ始めていた。

 今でも風丸と部活の後に個人練習をする習慣は続いている。もはや当然のように待ち合わせて、当たり前のように時間を共にした。[#dn=1#]にとって風丸が誰よりも雷門で信頼を寄せている人物であることに違いはない。

 だが、[#dn=1#]は風丸のほかにも徐々に仲の良い友人ができ始めていた。

 転入してきてすぐに声を掛けてくれた秋とは特に親しくなった。クラスが同じで、女子という間柄だから距離感が縮まるのも早い。

 お姉さんのように頼りになり、面倒見もよい秋に[#dn=1#]はすっかり心を許してしまっていた。女の子の友人も帝国学園にいたときはほとんどできなかったから秋と過ごす時間はとても[#dn=1#]にとって楽しいものだった。

 しかしだ、[#dn=1#]が親しくなり友人と呼べる関係になったのは秋だけではない。男の子の友人もできていた。最近行動を共にしているのは栗色の髪の少年半田真一。そしてピンクと水色の縞模様のニット帽がトレードマークの松野空介こと、マックスという綽名の同級生であった。

 彼らとの交友関係は転校翌日に半田が勢いよく話しかけてきたことから始まった。何やら慌てた様子だったが、友達になってくれ、という彼の言葉を[#dn=1#]は喜んで受け入れた。マックスとは半田からの紹介で知り合うこととなった。

 帝国学園にいた頃は特定の人物を除いて、男子とは口を利いていないに等しかった。そんな[#dn=1#]にとって半田やマックスと過ごす時間は新鮮で休み時間などは行動を共にすることもあった。

 一年前が嘘のように[#dn=1#]の新生活は順風満帆だった。日々が楽しくて仕方のない[#dn=1#]は笑顔でいることが増え始めた。

 しかしそんな彼女を見ていて、内心複雑な気持ちを抱えている人物がいた。……それは、何を隠そう風丸一郎太に他ならない。

 今日の休み時間、[#dn=1#]の教室を通りかかった時のことを彼は思い出す。さりげなく教室の中を見たとき、[#dn=1#]がマックスや半田と楽しそうに話をしているのが見えた。

 ……そういうところを見ると、なぜか無性にモヤモヤとした感情がどこからともなく湧いてくるようになっていた。別に何か悪いことをしているわけでもないのに、その光景を見たくなくないと思う。そして張り裂けるような痛みが胸に響いた。

 いつからかは分からなかったが、風丸の中には明確に変化があった。気が付けば[#dn=1#]の姿を目で追ってしまっている。

 それだけじゃない、目が合ったらどぎまぎして微笑みかけられると心臓が激しく脈を打った。話しかけられた時も妙に喉が強張って上手く話せなくなってしまう。

 ――――緊張、しているのか。

 だが、なんで急に緊張なんかするようになるんだ。

 少し離れたところにいる[#dn=1#]の横顔を風丸は見つめる。優美な仕草で髪を払って微笑む。そんなわけないと分かっているのに、彼女だけが不自然なほどこの場で目立って見えた。上手く理性でコントロールできない感情に風丸は服の胸元を握る。

 ――――何なんだ……っ。

 最近の俺は、変だ。[#dn=2#]が嫌いなわけじゃない。だが、どうしてこんな気分になるんだ。出会ったときはなんともなかったじゃないか。初めて一緒に練習したときだって……。こんな気持ちにはならなかったはずだ。

「[#dn=2#]さんは今日も風丸先輩と練習するんですか?」
「うん、もちろん。なんだか、一緒に練習しない方が落ち着かなくって」
「すっかり仲良しですね。俺もたまには混ざりたいなあ」

 何、話してるんだアイツら。風丸はじっと話をしている[#dn=1#]と宮坂の方を見る。

 ここまで声は届かないが、楽しそうにしているのだけは見ていて伝わってくる。宮坂は、少し[#dn=2#]に遠慮がなさすぎるんじゃないか。あんなにはしゃぎながら話してるなんて いったい何を……。

 そこまで考えて風丸は額に手を当ててため息をついた。何を考えているんだ、と思考をセーブする。

 別に宮坂と[#dn=1#]が何を話していたって俺には関係ない、と自分に繰り返し言い聞かせた。なんでこんなに黒々とした感情を抱くのか。以前は[#dn=1#]と宮坂が話をしていようが何とも思わなかった。現に、大したことじゃないはずなのに。

「風丸くん」

 頭を抱えていると、彼女の声が風丸を呼んだ。顔を上げると心配そうな表情の[#dn=1#]が風丸のことを覗き込んでいる。いつの間にか側まで来ていたようだ。

「……[#dn=2#]」
「大丈夫? 何かあった?」

 難しい顔してるけど……、と[#dn=1#]がますます心配の色を強めた。[#dn=1#]の黒い瞳は今、風丸だけを見つめていた。その眼差しに見つめられると、風丸が胸の中に抱えていた泥のような黒い気持ちは嘘のように消えていく。

 代わりに心臓が大きく脈打ち始めるのだ。さっきとは別の胸苦しさが風丸の身体を支配した。

「だ、大丈夫だ。……何でもないよ」

 心配かけてすまない、と風丸が目を細めて見せる。そうすれば[#dn=1#]は安心した様子で微笑み頷いた。

 彼女の笑顔を見ていると胸の中の花のつぼみが花開いたような気持ちになる。彼女につられて自然と口元が緩んだ。単純すぎる自分の心に風丸は内心苦笑する。あまりにも自分の欲望に愚直すぎると思ったのだ。

 ―――これじゃ、俺が[#dn=2#]を好きみたいだな。

 辿り着いた答えは風丸の身体に稲妻を落とした。

「あ……」

 意図せず彼の口から声が零れ落ちる。目を見開いたまま、風丸は[#dn=1#]のことを見つめた。[#dn=1#]は風丸の視線に気づき目が合うと、彼の視線に応えるように彼女は笑いかけた。

 一際大きく、どきりと風丸の心臓が大きく音を立てる。表情が和らぎ自然と[#dn=1#]に目を奪われる。目が離せなかった。

 行こう、と[#dn=1#]が風丸を呼んだ。その澄んだ声がまるで甘い調べのように温かく胸に溶ける。ここまで来て、風丸は初めて自分が[#dn=2#][#dn=1#]という少女に抱いている感情を知ったのだ。
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