FF編 八章
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あんなに熱を込めたスピード勝負だったが、結局レースは想定外の結末に終わった。「没収試合」という形で幕を下ろすことになった。それは霧隠の勝手を見かねた戦国伊賀島中の初鳥、風魔が制止に入ったためだった。どうやら霧隠は監督やチームメイトの許可も得ず、独断で勝手に雷門に勝負を挑みにきたらしい。彼は大人しく二人に回収されていった。
しかし、野良試合こそ有耶無耶な決着に甘んじたがフットボールフロンティアの一回戦はそういうわけにもいかない。試合は現在前半を終えてハーフタイムを迎えている。得点は一対ゼロ、戦国伊賀島に痛恨の先取点を奪われてしまった極めて苦しい状況だ。
戦国伊賀島の忍術、もとい次々と繰り出される必殺技必殺技に翻弄されてしまい雷門は本来の味を出して攻め切れていない。先取点を奪ったのは先ほど風丸に勝負を挑んできた霧隠で、彼の必殺シュートの土だるまに雷門のゴールは割られてしまった。
「一郎太くん。さっきの……、大丈夫だった?」
花織が言うさっきの、とは風丸がオーバーラップしたときのことだ。相手ディフェンス高坂の必殺技かげぬいにかかった場面があった。かなり派手な転倒だったため、ベンチで試合を見守っていた花織はずっと気が気でなかった。彼がもし足を痛めていたらと今も表情を強張らせて風丸を覗き込んでいる。
「いや、俺は大丈夫なんだが……」
ちら、と珍しく風丸が花織から視線を逸らしてキャプテンの円堂に視線を向ける。休憩に戻ってきてから風丸の視線は度々気遣うように円堂に寄せられていた。花織も彼につられてちら、と視線を送るもののすぐに風丸の方にと視線を戻す。そして彼の立ち姿をじっと見つめて安心半分に息を吐いた。とりあえず骨折などの致命的な怪我はなさそうだ。
「だったらいいんだけど……。はい、ドリンクとタオル」
「ああ、ありがとう」
風丸が笑って花織の手から二つを受け取る。ひとまず安心、と言いたいところだが、花織の胸に巣くう不安は完璧に拭えていない。立っている姿だけでは怪我の有無を判断できない。花織は心配が拭えずに、そわそわと新しいタオルとドリンクを手に持ち、彼の近くにいた土門に差し出す。
「はい、土門くん」
「おう、ありがとう。花織ちゃん」
快活に笑って土門もそれらを受け取ってくれる。ゴシゴシと豪快に顔の汗をぬぐう土門の様子を伺いながら、花織はねえ、と声のボリュームを落として彼に声を掛けた。風丸と同じディフェンダーでしかも隣のポジションに位置する土門だ。風丸の動向に違和感がないか知っているかもしれない。
「今日の一郎太くん、どんな感じ?」
「ん? どんな感じって……。花織ちゃんも分かってるだろ。今日はアイツ、いつもよりも張り切ってるよ」
「そうなんだけど……、さっき結構派手に転んじゃってたから」
「なーるほどね、心配なわけだ」
土門が頭の後ろで手を組みながらにやにやと花織を見る。花織の真意を理解した笑い方だった。花織の頬が気恥ずかしさに少し赤くなる。すると土門がぽんぽんっと安心させるように花織の頭を少し雑に撫でた。
「大丈夫だって。ほら……、な?」
土門がそう言って親指でくいっと、少し離れた場所にいる風丸を指し示した。先ほどまで円堂に注意を向けていたはずの風丸は、いつの間にかじっと花織と土門のやり取りを睨むようにして見ている。
しかし花織の視線が自分の方に向けられたことに気が付くと、ハッとしたように風丸は慌てて不自然に視線を漁って明後日の方向へと逸らした。そんな風丸のあまりにも分かり安い様子に、ククッと喉を鳴らした土門は愉快そうに肩を竦める。
「あんな顔できるんだ、怪我なんかしてねえよ。花織ちゃんも、過度な心配するくらいなら後半からもアイツを応援してやれって」
「……うん」
いつも通りの彼の様子に花織はようやく心から安堵の息を突くことができた。汗を拭い、ドリンクを飲む彼の姿に花織はじっと熱い視線を送っている。その夜の海のように穏やかな眼差しは深い色を持って風丸だけを映している。汗が伝う、うだるような暑さの中でも鮮やかに。
「……」
ハーフタイム、歓声の飛び交うピッチの中で息を呑む。情愛を込めて風丸に熱を送る花織の姿を眺めていた土門がわずかに表情を硬くした。言葉にできない躊躇い、そして何か重大な事実に気づいてしまったかのような神妙な面持ちを浮かべながら、彼は言葉を口にしようと唇を開き……。しかし、最終的には何も言わずに、重く口を噤んでしまった。
❀
まもなく後半戦がスタートした。ホイッスルの音が響いてから、すでに数分経つ。現在、雷門は究極のピンチの中にあった。
なんとハーフタイムの終了間際になって、ゴールキーパーの円堂が負傷していることがわかったのだ。どうやら霧隠のシュートである土だるまを受けた際の怪我らしい。
現在、控え選手ができるほどには部員数が増えたサッカー部だが、ゴールキーパーの代わりはいない……。かなりの劣勢を強いられている状況だが、その逆境の中で誰よりもやる気を見せたのが風丸だった。
彼は円堂のカバーを皆と宣言し、意気揚々とピッチへと向かった。
「止めろ! 壁山‼」
「あ……っ」
手に汗握る展開が花織の眼前で繰り広げられている。ベンチから試合を見守る花織の視線は常に風丸を追いかけていた。
円月の陣の包囲網から抜け出た霧隠をブロックしようとした風丸だったが、易々と彼に避けられてしまう。花織は思わず声を漏らした。手の中で握り締められたノートがぐしゃりと音を立てる。利き手に握りしめられたペンの先は円形にシミを広げるばかりだ。
風丸を抜き去った霧隠の放ったシュートは壁山にブロックされたように見えた。しかし、すぐさまこぼれ球を拾って霧隠が再び執念のシュートを放つ。今度は普通のシュートではない、先ほど円堂のゴールを破ったあの地を這うつちだるまだ。
「ゴッドハンド‼」
怪我をものともせずに円堂がゴッドハンドを繰り出す。しかし、前半の怪我が少なからず響いているようだ。ボールをキャッチしきれなかった。
「‼」
回転が制圧できずに零れたボールはゴールへと突き進んでいる。誰もが、戦国伊賀島の追加点を確信し、息を呑んだその瞬間だった。
そこへ一人の影がゴールの前に過った。その影は目にもとまらぬスピードでボールをカットし、鮮やかにゴールを守って見せた。
「一郎太くん……‼」
感極まった声で花織は彼の名を零した。無意識にベンチから立ち上がり、彼の姿を追いかける。絶体絶命のピンチを防いだそのプレイが、誰よりも圧倒的な風のような速さが、そして自信に満ち溢れた男らしい表情が花織の胸を打ちぬく。彼のあまりの格好良さに花織は試合内容を放棄して風丸の姿を追いかけ続けていた。
彼はそのままボールを持ってフィールドを駆けあがる。速い、彼は誰にも留められない。必殺技を抜け、持ち前のスピードでディフェンスラインから一気にピッチを駆けあがっていく。
「行くぞ! 豪炎寺‼」
風丸の声がベンチまで届く。二人の放った必殺シュート、炎の風見鶏が深々と伊賀島ゴールに突き刺さった。同点だ。
「一郎太くん‼」
躊躇いもなく花織は彼の名を叫んでいた。霧隠と競り合う姿、鮮やかにヒールでボールを上げ霧隠を躱し、風丸は豪炎寺にパスを送る。花織は夢中だった。フィールドを疾風の如く駆ける彼に高揚し、花織は喉が枯れるのも構わず声援を送る。 手の中のノートはもはやぐちゃぐちゃに握り締められていた。
「がんばって‼」
ベンチの声など聞こえないかもしれない。それでも花織は叫んでいた。そして風丸はボールを再び豪炎寺にボールを送り、ファイアトルネードがゴールネットに突き刺さった。その刹那。
試合終了を告げる長い、長いホイッスルの音が、スタジアムの青空へと響き渡った。二対一。雷門中学、フットボールフロンティア全国大会・準々決勝進出決定の瞬間だった。