FF編 第十二章
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真夜中になり、練習の疲れから選手もマネージャーも早々に眠りについた。広い体育館には選手たちの寝息、いびきが響いている。時刻は午前二時ごろ、選手たちはほとんど寝静まっていた。
だが花織は中々眠れなかった。どうしてだろう、慣れない場所にいるからだろうかと花織は思う。バスや車の中では眠れるのだが、小学校の修学旅行でも眠れなかったからきっと大勢で眠るというのに緊張しているのかもしれない。とにかく花織は身体は疲れ切っているはずなのに、眠りにつくことができなかった。
花織は寝返りを打つ。目を瞑っても一向に眠気が来ない。しょうがなしに花織は音を立てないように起き上がり、そろそろと布団から這い出た。外に出て散歩でもしようか、きっとそうした方が眠れるだろう。
花織は監督や先生に気づかれぬように静かに体育館を出る。夏にしては涼しい夜だ、そんなことを思いながら普段こんな時間に通ることの無い学校の道を歩く。花織はサッカーグラウンドを通り過ぎ、部室の辺りをまで歩いてきていた。
「……花織」
背後から掛けられた声に花織はびくりと身体を震わせた。彼女が突然掛けられた声に驚いて振り返ると、彼女の背後には呆れた様子のエースストライカーが立っていた。
「豪炎寺くん?」
「こんな夜更けにお前はどこへ行くんだ?」
怪訝そうな表情の豪炎寺は花織の元まで歩いてきた。花織は特に目的もなかったために何と言おうか少し迷ったがすぐに返事をした。
「眠れないからお散歩しようと思って。豪炎寺くんはどうしたの?」
「…………誰かが体育館を出ていく音で目が覚めたんだ」
ふっと笑いながら豪炎寺が花織を見る。花織は豪炎寺のその返事に彼が何を言いたいのかを悟った。とどのつまり、彼は花織が体育館を出ていく音で目が覚めたというのだろう。
「……ごめんね、起こしちゃって」
「いや、いい。お前と話したいこともあったからな」
さらさらと花織の美しい黒髪が風に靡いた。花織は髪を耳に掛けて話? と豪炎寺に問い返す。豪炎寺は頷いた。花織と豪炎寺は特別仲が良いとは言えないが、チームメイトの中では割と話をする仲だった。今の鬼道と花織の関係のような感じだろうか。具体的にいえばチームのことについて話すことが多々あった。花織は豪炎寺のプレーを尊敬していたし、豪炎寺もマネージャーとして意欲的にサッカーを学ぼうとする花織の姿勢は嫌いではないようだった。
「お前はまだ風丸や鬼道のことで悩んでいるのか」
そう問いかけた彼の面持ちは先ほどよりは幾分か厳しかった。鋭い目はじっと花織を見据え、答えを待っている。花織はその問いかけに穏やかに目を伏せた。花織は豪炎寺の言葉に首を横に振る。
「悩んでないよ。……もう決めた、自分の気持ちに言い訳しないって。やっとわかったんだ、自分が素直に何を思ってるのか。今、チームのために何をしなくちゃいけないのか。……ずいぶん時間が掛かったけど、分かった」
「……そうか」
豪炎寺の表情が花織の答えに少し柔らかくなった。花織はその表情で何となく、豪炎寺が今まで自分に対して何を感じていたのかを悟る。
「ごめんね、今までウジウジしてて。……ちょっと鬱陶しかったよね」
「ああ、少しな」
豪炎寺が優しく笑いながら花織に言う。豪炎寺は、勝ちや勝負に関してかなりシビアに考えている。サッカーに対しても強くのこだわりを持った人だ。だからこそ今花織は、自分の気持ちを整理でき視野が広がった今なら分かる。彼は相当、自分に対して苛立っていたはずだ。
サッカーに関係の無い事案を持ち込んで、チームの士気を乱しかけて……。男であればサッカーボールを打ちこんでやりたいくらいには、彼は花織に対してイライラしていたのではないかと花織は思った。
「本当にごめん。でも、もう悩まないから」
「そんなに気にするな。自分で解決できたのならそれでいいだろう」
そう言って豪炎寺がぽんぽんと花織の髪を撫でる。豪炎寺は目を細め、彼にとって大切なものに花織を重ねていた。花織は背の高い豪炎寺を見上げる、そして少し困ったような笑顔を浮かべた。
「自分で、じゃないの。秋ちゃんや土門くん、一之瀬くんや鬼道さんも……。他にも色んな人の支えがあってやっと立ち直って自分を見つめられたんだ。決して自分一人で解決できたってわけじゃなくて……。だからね、豪炎寺くん」
花織は空を仰いだ。三日月が夜空に浮かんでいる。都会だということもあり、星はあまり目立たなかったが、澄んだ空が花織の頭上には広がっていた。大きく息を吸ってここの所ずっと考えていたことを口にする。
「私もいろんな人に貢献したいって思うんだ。マネージャーとしてチームに、そして選手にもっと協力できたらなって思うの。……私、特に今までウジウジ悩んでて迷惑かけたから、特に悩む選手の相談に乗れたらなって。今までの自分のスポーツの経験を生かして、マネージャーって立場から選手を支えてあげられたらなって思う」
「……花織」
「伸び悩んでる円堂キャプテンみたいな選手、絶対これから出てくると思う。あんなに頑張ってる皆だから、むしろスランプがないなんてことはないと思う。だからその人が、がむしゃらに前を見ることしかできないとき、それを脱却できるような方法を一緒に考えられたらなって……。見守るだけじゃ嫌だから、自分らしく選手の為に行動したい」
そこまで言って花織は照れくさそうに笑った。事実恥ずかしかったのだ、自分は元々マネージャーには向いていないと思っている。選手の方がむしろ良いと。だからこそ、マネージャーらしい目標を口にすることは少し恥ずかしかった。特にサッカーに対しては厳しい考えを持つ豪炎寺に対してというのも。
だが、豪炎寺にこういえることで自分の目標が明確になった気もした。豪炎寺にここまでのやる気をみせたのだから、実行せずにはいられないだろう。
「やっぱり変かな、そういうの。秋ちゃんたちの方がマネージャーとして優秀だから、自分にしかできないことをしたいって思ったんだけど……。そういうのって余計なお世話?」
「……いや、悪くないんじゃないか」
豪炎寺は花織を凝視していたが、ふっと微笑んで花織の頭を再度撫でる。よく豪炎寺は花織の頭を撫でる。撫でやすい位置に彼女の頭があるからかもしれないし、もしかすると他に理由があるのかもしれない。豪炎寺は小さな声で花織に囁いた。
「……そんなふうにお前に想われる風丸は、本当に幸せ者だろうな」