FF編 第十二章
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「で、でたああああああ!!!」
にんじん、玉ねぎを切り終わり、野菜を炒める係のチームメイトに花織と鬼道は野菜を受け渡した後、二人で談笑を続けていた。そんな二人の雑談を打ち切ったのがこの叫び声だった。花織は驚きに弾かれたように身体をびくりと震わせる。鬼道も思わずその叫び声に顔を顰めた。
声の主は壁山だったようだ。校舎から掛けてきたかと思えば、目金の後で蹲っている。出た、出たと頻りに繰り返す彼の背中は震えている。
「出たって、何が?」
唐突な彼の大声に一之瀬が、怪訝そうに首を傾げて壁山に問うた。
「何がって……、お、オバケッスよ!三組の教室に……っ」
「三組の教室?」
土門も首を傾げた。雷門中学は一年、二年、三年で教室の棟が分かれている。三組の教室というと、ここから一番近いのは二年三組の教室だろうか。目金がそんな非科学的なものがこの世にいるわけない、と声を上げた。しかし壁山に付き添っていたらしい影野が、ひょっこりと壁山の背後から現れる。
「……確かに誰かいた。誰か大人の人が……」
えっ、と皆が深刻そうな表情をする。影野の様子は落ち着いていた。臆病で現在も慌てている壁山の発言だけなら見間違いも考えられたが、二人の証言、しかも一人は落ち着いているとなると話の信憑性はかなり高くなる。だが、こんな時間の学校にいったい誰がいるというのだろう。しかも大人の人だという、先生や監督はこの場にいるから、もし本当にその人物がいるとなると明らかにそれは不審者だ。
「影山……!」
「影山!?」
思い立ったように半田が声を上げた。半田の口から上がった帝国学園元総帥の名前に円堂が反応する。いや、円堂だけでは無かった。花織は不安に身を縮めると同時に鬼道も花織の隣でこぶしを握りしめていた。
「もしかしたら影山の手下じゃないか? 決勝戦前に事故を起こして、相手チームが試合に出られないようにするのは影山の手だ」
半田が続けて推論を述べると皆の顔色が変わった。一理あると思ったのだろう、皆表情に警戒の色を浮かべている。花織は胸の前でぎゅうと手を握る、怖いのだ。花織は影山の被害に遭ったことがある。だからこそ余計に。
「ようし、行くぞ皆! そいつを捕まえて正体を暴くんだ」
「おおーっ!!」
夏未、壁山、目金以外のメンバーが円堂の後に続く。その人波の中で鬼道は怯えを見せている花織の手を握った。鬼道には分かっていたのだ、花織が影山に対して恐怖を感じていることを、もちろん彼も。
「鬼道さん……?」
「行くぞ。……大丈夫だ、案ずることは無い」
鬼道は強く花織の手を引く。本当に安心を得るなら、大人の居るこの場所に花織を置いていくのが正解なのだろうが、鬼道はそれを選択しなかった。それはきっと自分の目の届かないところに花織を置いておく、ということの危険性を危惧したからだろう。鬼道は花織に微笑みかける、以前も見せた頼りがいのある微笑だ。
「何があっても守ってやる」
「……ありがとう、ございます」
ふっと、花織の表情が和らいだ。だが、以前のように動揺したり頬を染めるということもなかった。自分の気持ちが誰にあるのかはっきりとしてしまうとあまり揺らがないものなのかもしれない。そんな花織を見て鬼道は自分の中にある憶測を徐々に変えようとしていく。そして鬼道と花織のやり取りを見た人物は、花織の表情からあることを悟っていた。
***
結局、壁山と影野の見た不審者というのは伝説のイナズマイレブンのメンバーだった会田さんらをはじめとした四人だった。何でも彼らはこの合宿が行われることを聞きつけて、マジン・ザ・ハンド養成マシンなるものを持ってきてくれたのらしい。そのマシンは四十年前、伝説のイナズマイレブンのメンバーが中学生だった頃、作り上げたものだとのことだ。
それは随分と大きな機械で、全長は七、八メートルはありそうだ。手動でサイドについているハンドルを回すことにより、マシンのベルトコンベアや仕掛けが動くような仕組みになっている。伝説のイナズマイレブンメンバーはこれを使ってマジン・ザ・ハンド修得まで、かなり惜しいところまでいったらしい。
これを使えばマジン・ザ・ハンド修得も夢ではない。そうとわかれば使わない手はなかった。チーム一丸となって協力し、円堂がコンベアを使うために交代でハンドルを回した。長い時間をかけて円堂の挑戦をチーム全員で見守り、練習開始から一時間と数十分、ようやく円堂がコンベアを端から端まで渡り切ることができた。円堂はこの挑戦により、完全に焦りを払拭できていた。自分一人ではなく、仲間がいることに気が付けたためだ。
だが、マシンを攻略してもマジン・ザ・ハンド修得は叶わなかった。監督、鬼道、豪炎寺が放ったイナズマブレイクを止めることはできなかったのだ。
「やはりマジン・ザ・ハンドは大介さんにしかできない幻の必殺技なのか……」
成功の糸口が見つからず、監督がぽつりと零した。その言葉がチーム全体に広がっていく。落胆の言葉が溢れていく。チームの空気は悪くなった、皆の表情の中に不安や諦めが浮かび始める。
「てことはいくら特訓しても」
「マジン・ザ・ハンドは完成しない……」
誰かがそんなふうに口に出すたびにチームの雰囲気が悪くなっていく。このままではいけない、花織は思った。このままチームの士気が下がってしまったら、勝てるものも勝てなくなってしまう。
「ちょっとみんなどうしたの?負けちゃったみたいな顔をして……、まだ試合は始まってもいないのよ!」
「でも、相手のシュートが止められないんじゃ……」
「だったら、点を取ればいいでしょ!! 十点取られれば十一点、百点取られれば百一点、そうすれば勝てるでしょ!!」
秋がみんなの前に歩み出て真剣な表情で皆に訴える。秋の言うとおりだ、花織は秋の言葉に共感した。シュートを止めることがすべてではない、サッカーはそんな単純なスポーツじゃない。
「木野先輩の言うとおりです! 点を取ればいいんですよ!!」
春奈も秋の隣に並んで訴える。段々と選手たちの間にさざ波のように、彼女たちの言葉が広がり始めた。鬼道が取ってやろうじゃないか、百一点! と特にフォワード勢に向けて声高に叫ぶ。
鬼道の叫びと同時に花織は秋の隣に並んだ。花織もマネージャーだ。始まりの帝国の試合の時から何だかんだチームの、そして彼の成長を見守ってきた。だからこそ、弱音なんて言わせたくない。彼らは不可能を可能にしてきたのだから。
花織思いの丈を特にディフェンダー勢に、誰よりも彼に訴えかけるように言った。一心に思いを寄せる人だけを見つめて静かな、それでも響く声で告げた。
「それだけじゃない。仮にシュートが止められないのだとしても、ゴールしなければ得点にはならない。だったら、要はシュートを打たせなければいい。相手のボールを奪ってしまえば、シュートは打てないんだから」
攻撃は最大の防御、確かにそうかもしれない。だが攻める前に守りが必要なもの、それがサッカーだ。ディフェンダーがボールを奪い、ミッドフィルダーに繋げる。ミッドフィルダーがボールを持ち込みフォワードが決める。それがサッカーだろう。決して守りをゴールキーパーだけに任せるようなことがあってはならない。
今まで花織はずっと彼の練習を見てきた。ドリブル、パス、フェイント、スライディング、トラップ……。それらを駆使すれば、円堂に向けてシュートが放たれる前にきっと相手を止められる。そのために練習を今までしてきたのだろう。彼らが……、少なくともあんなに練習してきた彼がボールが止められないはずがない。花織は確信していた、そう信じていたかった。
「…………そうだよね?」
微かに花織の唇が真偽を問うように動いた。その声はほとんどの人物には届かなかったが、花織を一心に見つめていた彼だけにはしっかりと読み取ることができた。ああ、と無意識のうちに彼は返事をしてしまう。それだけマネージャーの言葉は、久しぶりに聞いた彼女のアドバイスは胸に響いた。
「……俺たちもやろうぜ! 守って守って守り抜く。奴らにシュートは打たせない」
花織の言葉は大きく風丸の胸に響いた。でもやはり不可解なのは確かだった。風丸は平然を装いながらも納得できていなかった。
どうして未だに俺を見る、風丸は花織に視線を向ける。今の言葉は確実に鬼道へのものではなく俺へのものだった。そして正否を確かめるために微かな声で風丸に問いかけた。だがそれはどうしてだ。みんなの団結力が高まり一つになりつつある中、風丸は一抹の疑問を抱く。
「やろうぜ円堂! 俺たちならできるさ、みんなで力を合わせれば」
その疑問は風丸の心を明らかに揺らがせた。風丸は胸の内では酷く葛藤しながらも、自分の想いを振り払おうとする。そんな彼の心情はふとした瞬間に表情として滲み出る。気づく者は気づくのだ、そんな彼の葛藤も花織の心境の変化も。