FF編 第十章
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放課後、花織は最後まで居残って片づけをしていた。今日の練習は一之瀬のおかげで大盛り上がりだった。練習が終わってからも一之瀬の話が聞きたいと、ほとんどの部員が円堂の家へと向かっていった。花織は着替えながら一之瀬に言われたことを胸の中で反芻する。
私の気持ちは私のものだと言われた。本当に私の気持ちで選んでしまっていいのだろうか。だが自分の気持ちもよくわからない。彼の言葉だけで割り切れたのなら、こんな拗れたことにはなっていないはずだ。
ため息をつきながら部室の戸を開ける。もうみんな帰ってしまっただろう、そう思っていた花織の目に人影が目に入った。
「鬼道さん……」
鬼道がマントを付けていないと少し不自然な気がしてしまう。制服だからマントを付けないのが当たり前なのだが、帝国の時は付けていたからあまり見慣れない姿だ。そう思う花織の髪がさらさらと風に揺れる。久しぶりだった。同じ学校、同じ部活のはずなのにこうやって彼と対面するのは。どきどきと、妙な緊張のようなものが湧きあがってきて花織は俯く。
「花織」
びくっと身体が震える。何か用だろうか、というか花織に対して用があるのだろうか。あの日、花織は鬼道に対して酷いことをしたはずだ。なのに彼の声は以前と変わらず優しかった。
「もう、帰れるのか?」
「は、い……」
恐々、鬼道が何を考えているのかわからなくて花織は戸惑う。鬼道はふっと笑って花織を見つめた。
「お前に、一緒に来てもらいたい場所がある」
❀
鬼道が花織を連れてきたのは、雷門中学のすぐ近くにある大病院、イナズマ総合病院であった。あまりに気まずくて何も言葉を交わせず、何も聞かずにここに来たので鬼道が何をしたいのか花織には今までわからなかったのだが、ここに来て理由がはっきりとした。
「鬼道さん……」
「佐久間と源田がまだ入院していてな。本当は土門を連れてこようと思ったんだが」
今日は一之瀬と話したいことがあるだろうから無理だと思ったらしい。
「でも……、どうして私を?」
「アイツらも、同じ顔ばかり見ていては飽きるだろうからな」
ふっと鬼道が笑う。花織は佐久間と源田とはほとんど面識がないのだが、それでも連れてこようと思ったのか。花織がそう問う前に目的の場所についてしまった。四人部屋の病室の中を鬼道は少し覗き、中に入って行った。ネームプレートには佐久間と源田の名があった。恐る恐る花織も病室の中を覗き込む。
「よく毎日も来るな、鬼道。忙しいんじゃないのか、練習」
「フッ……、大丈夫だ。それより、お前たちの具合はどうなんだ」
ベッドに掛けたままの源田と佐久間の間に鬼道はいた。花織は完全に病室に入り損ねて外でどうしたらよいものかと戸惑うことしかできなかった。
「順調だ。今度の検査で異常がなかったら、退院の日取りを決めるらしい。……サッカーができるのはまだ先だけどな」
「そうか……」
世宇子戦で負った怪我が特に酷かったのはこの二人だ。ゴールキーパーと前線を指揮する参謀でフォワード。目立つ二人だったからこそ、余計に攻撃されてしまったのかもしれない。その時、困った様子で病室を覗き込む花織と病室の中の源田の目があった。はっと花織が居直る。
「鬼道、アイツは……」
「花織、突っ立ってないで入ってこい」
源田の言葉で花織がいまだ病室内に外にいると察したのか、鬼道が花織を振り返った。鬼道に呼ばれ花織は恐る恐る病室に踏み込む。佐久間も源田も花織の登場に多少は驚いたようだが、さほど意外そうではなかった。花織は気まずそうに二人に頭を下げる。
「こ、こんにちは……。雷門中学の月島です」
「知ってるぞ。元々帝国に居ただろう」
不安げな表情を浮かべている花織に源田が優しく声を掛ける。自分を知っているということに花織はハッとしたが、鬼道の側近だった二人なのだから知っていても無理はないと思った。
「だが、鬼道が月島を連れて来るとは驚いた。……いつの間に仲良くなったんだ? 鬼道」
ニヤッと中学生らしい、からかいの笑みを佐久間は浮かべる。鬼道は誤魔化すように窓辺に寄り佐久間と源田から顔を逸らした。
「……同じ学校だったら仲良くなりもするだろう。何のこともない」
同じ学校、その言葉に鬼道は背を向けていたため気が付かなかったが、花織には佐久間と源田の顔が少し陰ったように見えた。だがすぐに二人とも明るく、笑みを浮かべる。
「に、してもだ。一年の時はあんなに不器用ことをやってた鬼道がな」
「ああ。無意味に校内を巡回したり、用もないのに寺門の教室に押し掛けたり。……誰かさんをひと目見たいが為に、妙なことをやってたとは思えんな」
佐久間の茶化しに源田も加わって鬼道をからかう。鬼道はあからさまに咳払いをして二人を窘めた。
「……余計なことは言わなくてもいいだろう」
ある意味、花織にとって不思議な光景だった。帝国では鬼道が絶対君主のように見えていた。少なくとも日常の学校生活ではそうだった。だが、花織が遠く感じていた帝国サッカー部の彼らは、想像もしないほど仲が良く、中学生らしかった。
「はは、悪かった。そういうわけだ月島、鬼道のこと頼むぞ」
源田が大人びた表情で花織に言う。佐久間も源田に続いた。
「ああ。世宇子を倒してくれないと俺たち、腹の虫が治まらないからな」
佐久間がそう言いながら花織に手を差し出す。花織もそっと彼の手に自らの手を添えれば、佐久間はぎゅっと花織に握手をした。
「マネージャー、頑張ってくれ。頼むぞ」
「……はいっ!」
佐久間と源田も、きっと他の帝国の鬼道の仲間たちも本当にいい人たちなのだろう。鬼道が雷門に来た理由が少しだけ分かったような気がした。
[newpage]
「悪かったな、付きあわせてしまって」
あれから三十分ほど後のこと、鬼道は花織を家まで送るためにわざわざ自分の家と遠く離れた場所まで来ていた。かなり遅くなってしまったから変質者を警戒するのは当たり前だったし、何より花織を放置して帰るなどという選択肢は鬼道の中にはなかった。
「いいえ。佐久間さんと源田さん、元気そうでよかったです」
花織が先ほどの楽しかった余韻に浸りながら言う。佐久間と源田は先ほどの面会で優しくて話しやすい人だとわかり、以前抱えていた怖いというイメージが完全の払拭されていた。
「そうだな。……アイツらの怪我は他の奴らよりも重かったからな。ああやって元気そうにしていると安心する」
鬼道がふっと息を吐き、呟く。少しだけ沈黙が流れた。花織は俯く、鬼道との間で沈黙してしまうとどうにも気まずい。佐久間と源田がいたおかげで先ほどまでは何もを忘れていられたが。二人きりになってしまうと何を話せばいいのかわからなかった。
「花織」
鬼道が足を止める。花織の足も伴って止まった。夏だというのに涼しい風が二人の間を吹き抜ける。
「先日は悪かった。……許してほしい」
「え?」
花織は吃驚した。謝らなければならないのは花織の方のはずだった。あんな風に鬼道を拒絶してしまったのだから。自分でも酷いと思っていた。だが鬼道は続ける。
「お前の気持ちを焦って求めすぎていた。……軽率な事だった」
「そんな、鬼道さんは何も」
花織が首を振る。
「いや、風丸にあの決断をさせたのは俺の過去の挑発のせいだ。……すまない。またお前を傷つけることになってしまって」
「いいえっ! ……悪いのは私です。私が優柔不断で彼を傷つけてしまったから。……あの時もそうだったのに鬼道さんに当たってしまった。ごめんなさい、あんな酷いこと……」
言っているうちに涙がこみ上げそうになったのか、花織が肩を震わせて俯く。彼にも鬼道に対してもこの件は申し訳ないとしか言えなかった。鬼道は花織へと歩み寄り、宥めるように花織の肩を叩く。
「気にするな。……俺がお前に以前言った言葉はもっと冷たく残酷だった。……花織」
鬼道の右手が花織の左頬に添えられる。花織がゆっくりと鬼道を見上げれば、ゴーグル越しに鬼道が微笑を浮かべたのがわかった。
「俺はもう、お前に気持ちを要求する気はない。そうするとお前を苦しめることになるようだからな。……お前が決めろ。俺の今までの経緯、周囲の偏見を気にする必要はない。固定概念や同情の無いお前の素直な答えが欲しい。……お前の答えが出るまで、俺はずっと待つつもりだ。異性としてではなく、せめて友人としてな。避けられるのは真っ平ごめんだ」
「……す、すみません」
言葉の最後に零した意地悪な笑みに花織は思わず頭を下げ、謝った。だが、気分がかなり軽くなったのは事実だ。一之瀬に言われた言葉をまさか鬼道に後押しされるとは思わなかった。
「あの鬼道さん……、こんなことになってもまだ私のことを好きだと仰るんですか?」
聞いてはいけないだろう、と思いながらも花織が問いかける。失礼な話だとは分かっている。だが心の底から気になったのだ。これだけ酷いことをしているのに鬼道が愛想をどうして尽かさないのだろうと。
「ああ。……一年前から好きだったんだ。そう簡単に違えるのならば、お前もここまで苦労しなかっただろう? そういうことだ」
そういって苦笑する鬼道の微笑はどうしようもなく哀愁を感じさせた。