FF編 第十章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
風丸は練習の合間に挟まれた休憩中、ベンチに腰かけてフィールド内でボールを拾っている花織に視線を向けた。今日の彼女は先日に比べて格段に明るく振る舞っているように思えた。少しだけホッとする。花織と別れたことを後悔しそうになっていたからだ。
風丸の予測ではたとえ花織が自分の所作で傷ついても、鬼道が花織を慰め、立ちなおらせるのだろうと考えていた。だが、のちに聞いた半田の話では花織は鬼道の手を振り払ったらしい。……考えもしないことだった。
それだけ自分の言葉は酷く花織を傷つけたかと不安に打ち震えそうになった。皆の前では気丈に振る舞ってみても花織の隣に立てないことが苦しくないわけではない。花織が笑ってくれるならと思って選んだ選択肢だ。彼女があんな顔をしているのでは、その選択をした意味がない。
しかし今更どうすることもできない。花織を傷つけた自分が彼女を慰めることなどできるはずがない。……もしも話しかけると自分の中で欲が出てしまいそうだった。
だからこそ、今日の花織が空元気であったにせよ、明るく振る舞えているのを見て安心した。このまま彼女が立ち直ることが出来れば、自分の行動の甲斐もあったというものだと風丸は思った。じっと歩く花織を目で追う。ふと、彼女の動作に違和感を覚えた。ボールを拾うため屈むときに、いつもよりも動きが緩慢で常に左足を曲げるようにしている。彼の目には花織が右足を庇っているように思えた。
何かあったのか、それとも思い過ごしか。花織の今日の調子も相まって、昨日との彼女の差に風丸は疑問を抱く。自分はもう花織の何にも口を挟める筋合いはない。だがそれでも、花織に何かあったのならと思うと、いてもたってもいられなかった。
「鬼道」
風丸はベンチから腰をあげ、すぐ近くで給水をしているライバルに声を掛けた。鬼道は口元を拭い、何だ、と風丸を見た。
「鬼道、花織の様子おかしくないか?」
「……どうしてそう思う」
怪訝そうに鬼道が顔を顰めた。普通に考えて、元彼がどうして今まで敵視してきたライバルに、元彼女の相談をするだろうか。周囲も当然二人の会話に聞き耳を立てている。鬼道はすぐにそれを察したようだ。
だが風丸は鬼道にこそ、相談しておきたかった。他の人間には分からないような花織の些細な変化も鬼道なら気が付くだろうと思っていた。むしろ、鬼道にしか気づけないだろう。加えて、最終的に花織を任せる鬼道に話しておくのが最善だと思っていた。ひそひそと周囲が沸く、鬼道は深くため息をついた。
「場所を変えるぞ、来い」
鬼道がマントを翻し、風丸の先を行く。二人は少し校舎側に寄り、チームメイト達から距離を置くと、今度は鬼道が風丸に問う。
「お前は、どうして俺に花織の話をする。お前にとって俺は忌むべき相手だろう」
鬼道の言うとおり、風丸と鬼道の仲は口を聞けないほど険悪であってもおかしくないはずだ。風丸の真意を知らない鬼道は風丸の行動が不可解でならなかった。そんな鬼道に風丸はなんてことない、と言いたげな口調で言葉を述べた。
「俺は花織と別れた。花織はもう俺の傍にはいない、だからお前を嫌っても仕方ないだろ?むしろ、花織がこれ以上傷つかなくてもいいように、お前に頼むのがベストだと思ってる」
「フン、奇特な奴だ。俺にはできないな、俺はアイツを手放そうとは思えん」
風丸の降伏の言葉を鬼道が鼻で笑う。風丸の行動は鬼道にとっては不可解なものでしかなかった。今も花織を目で追い、彼女に近寄る男に苛立ちを見せているくせに馬鹿馬鹿しいことをすると思った。
「……俺にも見込みがあるなら絶対に引かないさ。でも花織を、これ以上苦しめたくないからな。俺が身を引けるうちに引いておきたいだけだ」
「その割には未練がましいじゃないか。片時も花織から目を離したくないんだろう?」
鬼道は風丸の矛盾を突いては笑う。そう、諦めた振りをして見せてもやはり誤魔化せないらしい。誤魔化す気もないが。風丸はさも当たり前のように頷き、動じすらしなかった。
「花織は俺のものじゃないが、俺の気持ちは俺のものだ。花織を好きでいるのは自由だろ?……別れたのは確かだが、花織を想うことくらいは許してくれ」
「許すも何も、お前が言ったとおりだろう。お前の気持ちはお前のものだ。花織の恋人でもない俺に許可を求める必要はない」
鬼道は漸くからかうような笑みをやめ、風丸の言葉に苦い笑いを見せた。風丸は何も言わなかった。ちらとフィールドにいる花織に視線を向けて話を変える。
「で、花織の話なんだが。……何か知らないか?」
「さあな。アイツは俺を避けているから知らないが……、どうして変だと思う」
風丸の心配の根拠を鬼道が問う。
「花織が屈むときの動作が気にかかるんだ。……俺には右足を庇っているように思える」
「なるほど……。そう言えば、今日は珍しくアイツは長袖のジャージを着用しているな。アイツは冬以外には滅多にそれを選ばないはずだが」
鬼道が顎に手をやり頷く。どうやら風丸の考えに共感できるらしい。
彼は帝国にいた時、花織と交わした会話を思い出していた。彼女は特に長ズボンを好まない。走るときに裾がどうしても気になり、邪魔になるからだと言っていた。染み着いた習慣は中々取れないのだろう。雷門の試合を観戦したときもすべてハーフパンツスタイルのジャージだった。確かに風丸の話、そして急にそして無理に明るさを振る舞い始めたことを総合すると何かあったのかもしれないと鬼道も思う。……にしても、この二人の花織に対する関心は異常とも言える。普通ならそんなことに気がつく男がいるだろうか。
「だから、声を掛けてやってほしいと思ったんだが。……鬼道、本当に花織と揉めたのか?」
「ああ。誰かさんが公衆の面前で、俺に負けないくらいこっぴどく花織を振ったからな。花織はえらくショックを受けていた」
咎めるような口調で鬼道が言う。俺が花織に何をしたのか知っていたんだろうと言いたげだった。この二人はライバル同士だが、意思は一致している。それは花織が幸せであればいいというところだ。なのに、それを知っていて風丸があの選択をしたのが鬼道は少し気にくわなかった。
「そうか……」
切なげに風丸が呟くと鬼道は肩を竦めた。
「俺は別にお前が手を引かなくとも花織を俺のものにする気で居たんだがな、風丸。だが俺がいくら花織に対して独占感情を抱いていても、俺は花織の気持ちを無視してまで自分の気持ちを押し通す気はない」
「……どういう意味だ?」
呆れたような鬼道の言葉に風丸はムッと顔を顰めた。まるで風丸が花織の想いを無視したと言いたげな言葉を、鬼道が言ったからだ。
「どういう意味かは自分で考えろ。……練習に戻るぞ」
ひらりとマントを靡かせて鬼道はフィールドへ向かって歩き出す。風丸は先ほどの鬼道の言葉を思い返しながら、ベンチに座る花織を見てぎゅうとこぶしを握った。