FF編 第十章
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部活終了後、土門は花織に指定されたイナビカリ修練場へと向かった。地下への階段を下り、修練場の中を見渡すとすぐに一人そこに佇んでいる彼女の姿が目に入る。
「花織ちゃん!」
「土門くん……、来てくれてありがとう」
普段の穏やかさとはやはり違う花織の雰囲気、どこか陰鬱で悩ましげな表情をしている。気にしていない人間は気にしていない花織の表情だが、気にしている者にとってはとても影響のあるものだ。それにしてもその表情は周りの空気を少し翳らせるものがある。だが、それだけ酷く彼女は傷ついたのだろう。
「相談か? 俺に聞けることなら何でも聞くぜ」
「……ううん、今日は頼みがあって。秋ちゃんには頼めないことだから、きっと反対されちゃうし」
花織が、現時点で誰より拠り所にしている秋にも言えないことらしい。いったいなんだろうか。
花織のことについて、土門は彼女が思うよりも多くのことを土門は知っていた。鬼道と風丸の行動によってである。風丸と花織が恋人関係を解消した翌日、鬼道は土門に風丸は秋に、互いにとってありのままの知るべき事実を二人は説明していた。理由は花織が一度、影山の手によって被害に遭い掛けたからだ。
あくまで彼の推測でしかないが、鬼道は世宇子中のバックには影山がいるのでは無いかと睨んでいるようで、花織に再び危害が及ぶのではないかと気にかけていた。
影山は勝利のためには手段を選ばない。帝国の栄光をズタボロにした世宇子に、雷門の実力が届きえるとわかったなら何をされるかわかったものではない。加えて、影山が鬼道に報復したいと思うならすぐさま花織を狙うだろう。花織は春奈と同等と言えるほど鬼道にとってのアキレス腱だと言えていた。
くれぐれも花織を一人にしないようにと、土門は鬼道に言い付けられている。そしてそれを頼まれているのは土門だけではなく、風丸よって秋にも告げられていたようだ。風丸は秋を花織の友人として、チームのマネージャーとして信頼しているのだろう。自分のせいで花織が傷ついているから、傍にいてやってくれないかと頼んだのだ。
また鬼道同様、花織が誘拐されかけたことを秋に明かし、暗くて狭い路地のような場所は花織にとって恐怖の対象になっているようだから付いてやってくれないかとも頼んでいた。本当にこの二人は彼女に対して過保護である。花織の頼みとやらを思考しながら土門は、花織の言葉を待つ。花織は俯いて土門に言葉を返した。
「少しここを使いたくて、……外からロックを掛けてほしいの。時間は九十分で」
「え、ちょ……、何する気なんだ?」
暗い表情で淡々と話すの花織に土門が戸惑いの色を見せる。練習後の修練場、二人の他には誰の姿もない。そんな場所で花織が何をする気なのかと少しばかり焦った。
「何もしないよ、ただ少し運動したいだけ」
土門の表情から何を考えているのか悟ったのか、花織が疲れたような微笑みを見せる。しかしそれでも土門は半信半疑なのか、花織に念を押して問いかける。
「本当に、か?」
「うん。……選手の気持ちを知るのも、マネージャーの仕事だから」
ぎゅうと花織がジャージの裾を握る。よくよく見てみれば花織はまだ練習の時に着ているジャージのままだ。彼女が俯いたときに揺れた髪の間から、切なく悲しげな彼女の表情が見え隠れしている。
「で、でも、ここはちょっと無茶じゃないか? それに勝手に使ったら怒られるだろうし」
「大丈夫、円堂キャプテンと響木監督にはちゃんと許可を取ったから。……お願い、土門君は外のタイマーをセットしてくれるだけでいい。扉を閉めたらもう帰ってくれて構わないから」
真に迫る表情で土門を花織は見上げる。土門は困ったように頭をがしがしと掻いた。先に帰っていいと言われても、帰るわけには行かないだろう。時刻は十八時三十分、今から九十分の練習をすると、彼女が帰るのはどう考えても二十時を過ぎる。正門は確かに二十一時まで開いているから花織個人としては問題ないのかもしれないが、土門としては大問題だ。
いくら夏だといっても真っ暗になる。以前に誘拐されかけた彼女をそんな夜遅くに一人で夜道を歩かせるわけには行かない。第一、そんな中で花織を一人で帰らせたことを鬼道や風丸に知られたらどんな詰問をされるか考えたくもない。
「花織ちゃん、なあ」
「お願い、土門君にしか頼めないの」
シンとした修練場に悲痛な声が響いた。ぽろっと花織の目から一粒の涙が伝い落ちる。土門は焦った、慌てて花織の肩を掴み、わかったわかったと花織を宥める。
「ろ、ロックは俺が掛ける。でも帰りは暗いし、遅くなったら危ないだろ。俺、待ってるぜ」
「気にしないで。帰り道は大丈夫、懐中電灯も持ってきたし防犯ブザーも携帯も持ってるから。……あまりに遅いようだったら父を呼ぶようにする」
やはり、どうしても自宅まで暗い夜道を歩かねばならないことには花織は不安を感じている。しかしだからこそ、土門の突っ込む余地もないほどの万全の準備をしてきているようだ。しかし土門は困ったように笑う。
「だからって」
「土門くんの帰りが遅くなるのはダメだよ。土門くんだって危なくないわけじゃないのに」
「でも、花織ちゃん」
「一人にして」
冷たく、悲しげで土門を突き放す言葉だった。だが花織の本心が漏れた瞬間でもあった。花織は自分の失言にハッとして口を押える。だが悲愴の表情で俯いて土門を見なかった。
「ごめん……。土門くんが気を遣ってくれるのは嬉しい。でも今は私、頭を冷やさなくちゃいけないから」
「あ、ああ……」
すっかり気まずくなってしまって土門は花織に押され、修練場を出る。花織も出口付近まで一緒に付き添い、土門に頭を下げた。
「本当に、ごめんね。本当に先に帰ってていいから。我儘言ってごめん」
「ああ……、気をつけろよ」
土門が返事をするや否や、花織は内側のボタンを押して扉を閉めてしまった。土門はため息をつく。こうなってしまうともはや止めようがない。仕方なくシステムを起動し、タイマーをセットする。スタートボタンを押したと同時に中のマシンが動き始めたのが分かった。土門はぼんやりと先ほどの花織の様子を思い返しながら文字盤を見直す。そしてあ、と声を漏らした。
「やべ……」
円堂たち雷門イレブンはこの修練場で格段にレベルアップした。そしてここの所は今までの難易度じゃ満足できなくなったのか、どんどん段階レベルを上げてここを利用している。ちなみに今のレベルは五だ。初めて利用した時はレベル一でもぼろぼろだったのに。……何が言いたいのかというと、今起動した設定は、普段の練習レベルであるレベル五のままなのだ。
さっと土門の顔が青ざめる。彼女の運動神経ならあるいはと思いたいが、この修練場の特訓は生半可なものじゃない。初めてやった時はもう二度とここでは練習したくないと思うほど、結果は悲惨でズタボロだったことを良く覚えている。花織も参加していたから身を以て知っているはずだ。そのレベルが四つ上、花織が怪我をしてしまったら大変だ。
この時点で、というか初めから土門はここで花織を待つと決めていた。一人にして、そう言い放った時の彼女の表情。よほど思いつめているのだろう、何となくだが放っておいてはいけない気がした。こんな悩み、家族にも相談できないだろう。事情を知っている自分が聞かなければ誰が彼女の話を聞くのだろうか。
土門は無言で携帯を取り出す。自分一人では力不足かもしれない、そう思って応援を呼ぼうと思った。花織はきっといい顔をしないだろう、それでもそれが彼女のためだ。その頼りの人物が電話に出る。土門は困り切って縋るような声で話を切り出した。
「もしもし、あ、秋か? 俺、ちょっと時間あるか……」
どこまでも彼は御人好しである。