FF編 第十章
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風丸が花織を振ったという話は、サッカー部内で一瞬のうちに広がった。あれだけ公の場で風丸が別れを切り出したのだから、当然である。加えて、いつも一緒にいたふたりが目すら合わせないのだから、誰もが不自然に思うだろう。きっと周りの噂と相まって、状況はすぐに明白になったはずだ。
花織はかなりショックを受けたのか、明らかに鬼道と風丸を避けていた。というか、風丸、鬼道の他にも用がなければ、事件の直後一日二日は自ら言葉を発しようとはしなかった。ここのところは泣きすぎのせいか赤く腫れた目で、ただひたすらに事務処理をしていることばかりだった。そんな彼女とせめて話をするのは秋くらいのものだ。
だが、生まれた不和はそれだけではない。鬼道の精神力は頗る強いものであるし、風丸も相応の覚悟をしていたからかは普段通りの調子であり、何も動じた様子を見せない。だが周囲はそうも行かなかった。
花織とは仲の良い友人であったにも関わらずマックスと半田、ことにマックスの方は風丸にかなり肩入れしているようだ。花織に対して詰責や慰めの言葉すらなく、決して花織とは口を利こうとしなかった。
他、全く三人の内情を知らない人間は、あまり深く首を突っ込もうとはしない。きっとあの場での告白がどちらを味方するにも決定的な判断材料が欠けていて何を言う気にもなれないのだろう。言っても仕方のないことだ。だが、やはり被害はあるようでこの三人に対しては鈍感な人物、もしくは剛胆な者を除いては当事者に対し、話しかけづらいものがあるようだった。
そして、批判でも傍観でもなく花織を心配してやまない者もやはりいる。仔細を知っていたものだ。秋、土門、春奈、そして何よりの根源である風丸と鬼道の両人である。
ことに、彼女に想いを寄せる二人は現在、自分から花織に話しかけられないような立場にありながらも、落ち込む花織へ頻りに視線を寄せていた。本当に、よほど心配なのだろう。周囲への協力は万全にし、彼女が何か発すれば即座に聞き耳を立てるほどだ。双方、過剰とも呼べるくらいである。
幸い、このプレイヤー二人は鬼道が花織を、風丸が花織を想っていることは互いに割り切っていた。互いに了承している仲なので取り立てて険悪と言うことも無く、プレーが荒れる、などと言うこともない。だが、やはり周囲にとってはハラハラものである。何しろ風丸と鬼道は恋のライバルといえば可愛いが、少し前までは全面的に対立しあっていたのだから。
そんな日々が数日続き、緩和し始めた今日この頃。少し時間が経ってしまえば、周囲の人間はすっかりそれに慣れてしまって、特に気にかける人物以外にとっては、事件のことはあまり気にならなくなりつつあった。適応力とは本当に凄い。
「……ねえ、土門くん。少し、いいかな?」
休憩に入り、ベンチに置いてあるタオルを拾い上げようとした土門に微かな声が届く。土門はハッとした、このごろ聞いていない花織の声だった。驚いて振り向くと、花織がいつもよりは格段に暗い面持ちで土門を見ていた。
「ん? ああ、花織ちゃん。どうかしたか?」
いつもと同じ声色、何もなかったように土門は明るい調子で花織に問う。花織はこくんと首を縦に振った。土門が要件を聞こうとしたその時だった。
「……」
「……土門くん?」
一瞬、土門の顔が強張る。どうしてか背中に視線を感じた。大体、検討はついているが。だが、花織に悟られないようにと首を振って土門は笑い、何でもないとその場を誤魔化した。
「あの……。今日の練習終わった後、もしよかったら少し時間を貰いたいんだけど。……大丈夫?」
「ああ、構わねえぜ」
「ありがとう。じゃあイナビカリ修練場で、待ってるから」
花織は本心ではなさそうだが、微笑を残して土門の前から立ち去って行った。イナビカリ修練場、どうしてそんな場所に自分を呼び出すのだろうか。土門は不思議に思った。刹那、ポンと背後から肩を叩かれる。土門は思わずう、と顔を顰めてしまった。恐る恐る振り返ると、予想通りそこにいたのは鬼道だった。
「土門」
「……鬼道」
花織とは違い、土門は完全に鬼道との上下関係を取り去りつつあった。その証拠に鬼道にこんな顔をして見せることができるし、呼び捨てで彼の名を呼ぶことができる。
「……花織と何を話していた」
やっぱりか、と土門は思う。自分で彼女に聞けばいいと言えたらどんなにいいだろうか。だが、花織が鬼道を避けているのだからそうもいかない。ちらりと土門は背後を振り返る。そこではこちらを伺うように風丸が視線を寄せているのが見てすぐに分かった。二人とも花織の動向が気になるのだ。
「別に、大したことじゃねえぜ」
「そうか、ならいい。……土門」
鬼道はマントを翻す。
「花織のことを気にかけてやってくれ。……アイツは今、俺とは顔を合わせたくないようだからな」
苦しげに鬼道が笑う。土門は何も言わず、ただただ頷いた。二人がもどかしい行動をとっているのにはあまり賛成できないが、それを否定するつもりはない。自分も鬼道の恋路に一時は協力した、花織を悩ませる要因を作ったことには事実だ。そして何より、雷門に来てからできた新たな友人として、花織を助けたいと土門は感じていた。