FF編 第十章
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別れたくないなんて、言えるわけがなかった。今まであんな表情をさせるほど彼を傷つけていたなんて、思いもしなかった。
「……っ」
花織は陸上部のトラックの脇にあるベンチに腰かけて涙を流していた。彼女の瞳から流れる涙はとめどなく、ベンチや彼女の制服のスカートを濡らしている。手でそれを拭う気力さえわかなかった。彼女は酷く後悔していた。
こんなふうに彼を傷つけることになるのなら、初めから彼と一緒にいるべきではなかった。自分の気持ちの矛先を彼に向けるべきではなかった。彼を好きになっても、誰にどう宥められても彼の申し出を受けるべきではなかった。
「花織ちゃん」
「……」
泣き濡れた瞳で花織が呆然と声を掛けてきた人物を見上げる。
「あき……、ちゃん……」
「花織ちゃん、さすがに足、速いね。一回見失っちゃったよ」
そこに立っていたのは秋だった。少し息を切らしてはいるが、労わるような微笑を浮かべている。秋は花織の隣に腰を下ろす。
「鬼道くんには先に帰ってもらってるよ。今の花織ちゃんは鬼道くんと一緒にいるべきじゃないと思うから……」
「……」
秋の判断は今の花織にとって、とてもありがたいことだった。今の花織は鬼道とまともに話ができる状態ではない。できることならば、しばらく鬼道とは顔を合わせたくなかった。もう絶対に彼の望む答えは出せそうにないからだ。花織は手の甲で涙を拭う。拭っても拭っても涙は絶えなかった。秋はそんな花織の背中を摩りながら小さな声で囁いた。
「花織ちゃん、風丸くんのこと……」
「私……、一郎太くんに、甘えてばっかりだった……っ。彼が私といることを辛いって、思ってるなんて、わかろうともしないで……っ。いつも自分のことばっかりで…………っ、大好きなのに何もわかろうとしてなかった……!」
花織はさめざめと泣きながら自分の非をことごとく述べ立てる。彼がどんな気持ちだったのか、自分は本当に分かろうとしていたのだろうか。彼の気持ちに答えたいと思っていた。それすらもが彼を傷つけていたなんて思いもしなかった。
「花織ちゃん。風丸くんはきっと、花織ちゃんと一緒にいたこと自体を辛いと思ったことは無いと思うよ。本当はずっと一緒に居たかったと思う」
「でも……っ、一郎太くんは」
花織が両手で顔を覆う。秋は優しく花織の身体を抱き寄せて彼女の背中を撫でた。
「風丸くんの嘘だと思うの。花織ちゃんが思うより風丸くんは、花織ちゃんのこと本当に好きなんだから」
秋が日が落ちかけた空を見ながら今までのふたりを思い出す、それには彼女が見た光景も、花織が話したことも色々なものが含まれていた。初めは、花織は風丸を受け入れなかった。きっと彼女の中でもこんなふうになるかもしれないという危惧があったのだろう。それでもふたりは互いが大好きで、風丸が花織の気持ちが軽くなるならそれでもいいと交際を申し込んだ。
「でも、花織ちゃんが好きだから。……大好きで仕方がなかったから、鬼道くんと幸せになってほしかったんじゃないかなあ……。花織ちゃん、ずっと鬼道くんと風丸くんのことで悩んでたから」
「……っ」
風丸の想いはひたすらに花織に向けられていた。いつも花織ばかり見ていた、教室でも、部室でも。真面目な性格の彼だから、一途すぎる人だったからきっと花織以外に意識を向けることができなかったのだと秋は思う。彼はあまり器用な人ではない。
「風丸くんは優しくて謙虚な人だから、きっと勘違いしちゃったんじゃないかな。花織ちゃんが本当は風丸くんと別れて鬼道くんと一緒に居たいんじゃないかって」
「そんなこと、ないのに……」
泣きじゃくりながら花織が呟く。秋は目を細めた。器用じゃないといえば、花織も多分そうだ。人の感情については本当に不器用だと思う、優しすぎるとでも言うのだろうか。でなければこんな複雑な関係に持ち込めるわけがない。誰も傷つけたくなかったはずの彼女は、結局すべて傷つけることになってしまった。鬼道を傷つけたくない、風丸を傷つけたくない……、酷い言葉を掛けたくないという思いがこういう結果を生んでしまった。
「花織ちゃん」
秋は涙でぐしゃぐしゃな花織の顔を覗き込む。
「今はきっと気持ちが追い付かないだろうから、ゆっくりするのが一番だと思う。でも気持ちが落ち着いたら、自分を見つめなおしてみて? ……花織ちゃんの中では、本当ははっきりしてるんだよね? 私、気づいてたよ。花織ちゃんが一番大好きな人のこと」
「でも、私……」
「花織ちゃん」
秋の声が少し厳しくなる。ぎゅっと花織の肩を掴んだ手に力を込めて、またその声色にも意思を込めて、秋ははっきりといった。
「もう逃げてちゃだめだよ。時間が掛かっても答えを出して。……大丈夫、何を選んでも絶対に私は花織ちゃんの味方だから」
今更どうしようもないかもしれない。だが、花織がはっきりしない限りはこの三人の関係に決着がつくことは無いだろうから。