FF編 第十章
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千羽山中学との対戦は二対一、新たにチームへ入った鬼道の戦略により、見事雷門中学は勝利を収めた。千羽山戦を終え、雷門中に戻った彼らは勝利を喜び合い、現在はもう解散状態であった。段々と人が疎らになりつつある中で、花織はそそくさと風丸の元へと歩み寄ろうとしていた。鬼道と、話がしたくなかったのだ。
試合中から鬼道がそろそろ自分に答えを求めるだろうということを、薄々花織は悟っていた。だが、花織の中で答えは出ていない。心は風丸に傾きかけていたのに、先日の鬼道の告白を目の当たりにすると本当にどちらを選べばいいのか分からなくなってしまった。
自分の想いがどうあるべきか見失っていた。鬼道も風丸も自分に尽くしてくれようとしたのだ。そう思うとどちらかを選ぶ、という立場にいる自分も、考えることすらも烏滸がましく、嫌になった。そんな花織の背中に予想していた通り、彼の声が掛かった。
「花織、話したいことがある」
「……」
花織は何も言わずに彼を振り返る。帝国にいたときとは違う青いマントは、何となく花織に違和感を覚えさせる。青いマントを身に纏った鬼道は、真面目な顔をして花織を見据えていた。
「花織が感じてくれていた俺への感情は、ずっと前に告げてくれたろう。だが、俺は改めてお前の口からお前の答えが聞きたい」
花織は鬼道から視線を逸らす。鬼道が望む答えはひとつだけだ、今の会話からでもはっきりする。だが花織には彼にその答えを与えるつもりはなかったし、しかしそれ以外の言葉をはっきりと告げる決心もまだ持っていなかった。
割り切れるものではない、どちらも自分を大切に想っていることを嫌というほどわかっている。だが、花織の想いとは裏腹に、その男はようやく自分の想いに決心をつけていた。彼は小さな声で花織を呼ぶ。
「花織」
静かな声が響く。花織はさらりと髪を揺らして振り返った。刹那、ちりりと胸の焼けつくような痛みが走る。彼、風丸一郎太はとても凛とした、それでいてどこか切なさを感じさせる表情をしてそこに立っていた。
「一郎太くん……」
「花織。俺、お前に話があるんだ。……今すぐに」
「おい、風丸。今は俺が花織と話をしているんだが」
唐突に花織に話を切り出そうとした風丸を、鬼道が顔を顰めて牽制する。風丸はふっと息を吐いて微笑を浮かべた。
「悪い鬼道、先に話をさせてくれ。」
軽く謝罪の言葉を告げて、風丸は花織に向き直る。
「……あのさ、花織」
変な気持ちになった。花織はぎゅっとこぶしを握る、どうしてか吐きそうなほどの妙な不安感に襲われた。それは予感というのだろうか……、花織は風丸の今から話す内容は花織にとって聞いてはならないようなものな気がしてならなかった。だがそれでも彼の口から零れ落ちたその言葉は、はっきりと花織の元へと届き、耳に残った。
「俺と、別れてほしい」
「……っ」
花織の目が大きく見開かれる。彼女が他にアクションを起こすよりも早く、ざわっと彼らの周囲の空気が動揺したのがわかった。だが悟っていたとはいえ、一番衝撃を受けたのは花織だ。花織はただただ風丸を凝視している。
「どう……、して……?」
何を言えばいいのかがわからなかった。風丸が別れを切り出す要因など考えれば思い当たる節ばかりなのだから。それでも、どうでもいい問いを返すほど花織はショックを受けていたのだ。それとは裏腹に風丸は落ち着いて目を伏せ、花織の問いに答える。
「もう、耐えられないから。本当は鬼道が好きで堪らないはずなのに、俺を好きになってくれようと躍起になっている花織を見るのは。ずっと好きだった鬼道への想いを、俺を気遣って諦めようとしているお前を、俺はもう見ていられない」
「そんなこと……!!」
花織が必死に首を振る。鬼道の想いに答えられなかったのは風丸を気遣ってなどではない。ただ単純に、花織が風丸を好きだったからだ。花織が二人に対しての想いに踏ん切りをつけられなかっただけだ。風丸が気負うことなど何もないのに。
「俺たちが初めて会った時から、お前は鬼道のことが好きだった。お前はずっとそう俺に言ってきたし、何度も鬼道を忘れられないから、俺を傷つける前に別れてくれって言ってただろう」
「でも私は……っ。私は一郎太くんと同情で付き合っていたわけじゃない。好きじゃなかったら付き合ったりしないよ……」
花織が、か細いながらに風丸に訴える。対して風丸は至極、穏やかな声で言った。
「わかってる。俺は、ずっとお前のことを見てきたんだ。花織の想いなら誰より分かってるつもりだ。だからさ、花織が俺よりも鬼道のことを気にかけてきたってわかるんだよ。でも俺はそれを責めるつもりはない。…………花織、俺言ったよな」
さらさらと夕風が風丸の髪を揺らす。花織の視界に今、鬼道はいなかった。花織が風丸だけを見つめて風丸の元へ歩み寄ろうとしたが、風丸は花織が歩み寄った分だけ彼女から距離を取った。
「花織、俺は鬼道の代わりだ。元々そういう約束で付き合い始めたんだ。ずっと俺は鬼道の代わりでしかなかった。だから鬼道がいれば俺はもう必要ないだろ?」
「そんなこと思うはずない! 私は、私は一郎太くんのことを鬼道さんだと思ったことなんて一度もないよ! ……以前は一郎太くんと一緒にいる時間、一度も鬼道さんのことを思い浮かべなかったっていうと嘘になるけれど……。でも、私の想いは地区予選決勝の後に宣言した通りだよ、鬼道さんの申し出は」
花織が先日の言葉、もうすでに彼に宣言していた言葉を紡ごうとした時だった。
「やめてくれ!!」
風丸が声を荒げて叫ぶ。怯んで得花織は言葉を止めてしまう。風丸がそんなふうに自分に対して厳しい言葉を掛けるのは初めてだった。風丸は一瞬顔を顰めたが、何とか微笑を浮かべる。その茶色い瞳がゆらゆらと揺れているのが周囲に立つ人間にはわかった。
「だったら……、このままでいるのか? 俺たち。…………俺には無理だ」
風丸が花織を見つめて言葉を紡ぐ。
「俺さ、本当はそれほど寛大な人間じゃないんだ。他の奴らと花織が話していることすら気に食わない。花織にはいつだって俺だけを見てほしいって思ってる。でも、そんな俺の我儘で花織を迷わせて、花織の心を押し込めるくらいなら、俺はお前の傍にはいたくない。これ以上お前のことを好きになったら、俺はきっとお前を束縛するから」
花織は痛切に叫ぶ彼に何も言うことは出来なかった。
「俺もう辛いんだよ、花織の傍にいるのが。答えがもらえるわけでもなく、鬼道への想いを容認しないといけない今の状況が。俺にはもう耐えられない。……だから別れてくれ、俺のためにも」
長い沈黙が流れた。花織は風丸から視線を落とす。そして、今一番彼女が言いたくない言葉を口にした。
「わかった……。今まで、迷惑かけてごめんなさい」
震えた小さな声だった。花織は俯いて唇を噛みしめる。目頭が熱くなるのが抑えられなかった。しかし、最後なのだ、もうこれで。彼がそういう以上、この関係は終わりだ。花織はこみ上げる感情を押さえて今にも泣きそうな笑みを浮かべた。
「一郎太くんが傍にいてくれて……。私、嬉しかった。一郎太くんには感謝してもしきれない。こんな私を救ってくれた人だから」
「……ああ」
風丸も瞳が潤んでいる。だが、それだけだった。
「それじゃあ俺、帰るよ。……花織は鬼道と一緒に帰れ。一人じゃやっぱり危ないからな」
「……うん」
「じゃあ……」
風丸はそういうと踵を返して校門へ駆け出て行ってしまった。一瞬また静寂がこの場を包む。俯く、残された花織の後姿に今まで黙っていたギャラリーが恐る恐る、彼女に声を掛ける。
「花織……」
初めに声を掛けたのは半田だった。その声に我に返ったのか鬼道が花織の肩に触れる。だが花織はその肩に乗せられた手をさっと払いのけてしまった。
「花織」
「触らないで、ください……」
俯いていた花織が振り返って鬼道を見る。彼女の目からはぽろぽろと大粒の涙が零れ落ち、彼女の頬を静かに濡らしていた。見ている人を胸苦しくさせるような悲しくて切なすぎる表情を花織は浮かべている。
「私のことは、放っておいて……」
人の波を分けて花織は校舎へ向かって駆け出した。鬼道が花織を引き留めようと手を伸ばす。だが、花織は彼の手を逃れて走り去ってしまった。