FF編 第一章
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少女、月島花織はここのところ胸にある人物のことが引っかかっていた。彼女は不安げな面持ちで、宮坂と話をしている青髪の少年、風丸に目を向ける。
最近になってから彼の自分に対しての態度が変わったことを花織は肌で感じ取っていた。落ち着いた雰囲気で宮坂と話している彼だが、花織と話をする際にはまるで花織を避けるように言葉少なになってしまう。以前はそんなことは無かったのに。
目が合っても、すぐに逸らされてしまってまるで自分が拒絶されているような気持ちになった。もしかして何か自分が彼の気に障ることをして嫌われてしまったのかもしれない。そう思うと酷く彼女は不安で、胸が苦しくなった。そして彼女の胸の悩みはそれだけではない。風丸と同じ時間を過ごしていると心地よくて、隣で走る彼の姿を見ていると胸の中に押し殺せない気持ちが湧きあがった。それはかつて花織が他の人間にも抱いたことのある感情に酷似していた。
その人物への感情が、少しずつ砂糖が溶けるように薄れてしまうのに対して、風丸の存在が花織の中で徐々に大きくなっていく。彼女はこの風丸に感じている感情を自覚していた。だが、自分の中で受け入れられずに拒否していた。
何故なら彼女には今も想いを寄せている人物がいて、その人を忘れたことなど一日たりとも無かったからだ。自分の心は寂しさを理由に風丸でその隙間を埋めようとしている、ただそれだけなのだと花織は必死にそう自分に言い聞かせる。
だが彼のどこか余所余所しい態度が、それでも合間に見せてくれる優しい微笑みが自分の心を揺り動かすのを繊細に感じ取っていた。もしかしたら、一瞬ある考えが過っても彼女は首を振ってそれを否定しようとする。違うはずだ、自分が風丸に抱いている感情は。今でも目を伏せれば思い出せる。自分が今も慕う人物の姿も、声も。彼に掛けられたどんな酷い言葉でさえも。
「花織ちゃん? どうかしたの?」
唐突に掛けられた声にハッと花織が我に返ると、目の前には秋がいて不思議そうな表情で花織のことを覗き込んでいる。彼女の手にはオレンジ色のお弁当の包みがあった。そうか、もう昼休みなのだ。
「ほら、もうお昼だよ。一緒に食べよう?」
「……うん」
花織が昼の支度をしようと机の脇に掛けた鞄を開く。中からお弁当の包みを取り出して立ち上がったその時、彼女の背に声が掛かった。
「花織、昼一緒に食べようよ。……あれ、木野?」
花織はその声に背を振り返る。そこに立っていたのは半田とマックスだった。彼らは手にコンビニのビニール袋を提げて花織を見ている。言葉の通り、花織を昼食に誘いに来てくれたようだった。仲良くなってから彼らとは昼食を共にすることはそれなりに多かった。秋とそしてマックスと半田と、それぞれ週に半々といったところだろうか。
「マックスくん、半田くん。今日は秋ちゃんも一緒にお昼にしたいんだけど、……いい?」
「俺たちはかまわないけど……。木野はいいのか?」
「うん、一緒に食べよう」
三人は花織の近くの椅子と机を動かし集合させる。そして誰が声を掛けるでもなく各自のお弁当を開け始める。だが花織だけは弁当を鞄から取り出しもせずにじっと黙って自らの手を見つめているだけだった。
「あれ? 花織食べないの?」
「あ……、ううん。食べるよ」
サンドイッチを頬張りながらマックスが不思議そうに花織に声を掛ける。マックスの言葉に花織は慌ててお弁当の包みを開いた。箸を取り出して手を合わせ、お弁当に手を付け始める。
「どうしたの? 今日の花織ちゃんなんだかずっと考え事してるみたい」
秋が心配そうに花織の顔を覗き込む。その眼差しに花織は申し訳なくなり、箸を動かす手を止めた。そんなに、心配をかけるほど今日は考え込んでいたのだろうか。花織は困ったように微笑んで、それでも何を返せばよいのかわからなくて黙り込んでしまう。
「何か悩みでもあるのか?」
助け舟を出すように半田が花織に尋ねる。その問いかけに花織は俯きながら小さく返事を返した。
「ちょっと。……気になる事があって」
「え、何? どうしたの?」
思い悩む感情を声に出すとマックスが興味津々に身を乗り出した。花織はそんな彼の様子に苦笑する。だが一人でこのまま悩んでいても仕方がないだろう。話しを聞いてくれるようである三人の好意に甘えることにしよう。
花織は意を決し、自分がこの頃風丸に対して感じている感情と、彼の気に掛かる言動のことを手短に三人に話した。それを聞いて秋は微笑まし気に笑い、マックスはへえ、とニヤニヤして花織を見つめた。半田だけはどうしてかその話に僅かにしかめっ面を見せていた。
「花織ちゃん、風丸くんに恋してるんじゃない?」
核心を突く問いかけを秋が花織に投げかけた。自分が彼に感じている感情の意味をここのところずっと考えている。でも秋の出した答えだけは違うと自分に言い聞かせてきた。花織は静かに首を振る。
「違うと思う。……分からないけれど」
「分からない?」
マックスがきょとんとした顔で花織を見つめ、花織の言葉を繰り返した。花織の話を聞く限り、花織が風丸に対して特別な感情を抱いていることは明白であった。そして風丸もそれに近しい感情を抱いているのも察せられた。好意は明白で疑いの余地すらない。それでも花織はマックスの問いかけに頷いた。
「本当に、分からないの」
好き、その言葉を思い浮かべれば思い出す人がいる。この人物の存在は今の話の中でも包み隠した。帝国学園にいたときの話は一切出さなかった。まだ誰にも知られたくなく、彼については花織自身が思い出すのが辛かった。何を言われたくもなかった。
だがはっきりしない花織の話を聞いていて、半田は半ば怒っているかのように眉間に皺を寄せている。
「でも聞いてる限りじゃはっきりしてるじゃないか。花織は風丸のことが……」
半田の声を遮るように昼休みの終了を知らせる鐘が鳴った。周囲がバタバタと次の授業に向けて準備を始める。ここでタイムリミットのようであった。花織たちも慌てて片付けをし、机を元の場所に戻す。急がなければ授業に遅れ、先生に注意をされてしまう。
「やばっ、じゃあこの件は明日にでも!」
バタバタと去り際にマックスが言葉を残していく。明日、花織はその言葉に落胆する。自分の気持ちに整理がつかなくて、授業に身が入らなかった。今すぐに答えが欲しい。待っていられる猶予は彼女に残っていなかった。