FF編 第九章
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花織が惚れるのもよくわかる。単純に、鬼道のサッカーは凄い。
ハーフタイム、風丸はベンチに戻りながら難しい顔をしていた。前半、雷門イレブンが薄々感づいていたように、全員のプレーはバラバラだった。しかし、そんなボロボロのプレーをするイレブンの中で新参者の鬼道は、チームに入って十五分も経たないと言うのに、それを立て直してしまったのだ。
天才ゲームメイカーの名は伊達ではない。だからこそ、風丸は複雑だった。なぜならそれは、風丸には成し得ない技だったからだ。ちらりと自分の後方を歩く鬼道を風丸は盗み見る。
今まで敵対していたチームに彼が入ってから四十五分、馴染んでいるとは言えなくても、鬼道は堂々と意見を言ってのける。普通の人間ではできないことだろう。少なくとも風丸にはできない。悔しいが、俺が鬼道に勝る面なんてない。
「一郎太くん、どうしたの?」
突然掛かった花織の声にハッと風丸が我に返る。俯いていた顔を上げて花織の顔を見た。花織は思い悩む風丸のために、心配そうに眉を寄せていた。
「花織……」
「大丈夫? どこか痛いの?」
自分を案ずる花織を見て風丸はどうしてか虚しさを覚える。自分のために、鬼道をおいて花織は来てくれたのだろう。風丸は取り繕った笑みを浮かべた。
「何でもない。……少し、考え事をしていただけだ」
「なら、いいんだけど……」
風丸にボトルとタオルを渡しながら、花織が浮かない顔のまま笑った。風丸はそんな彼女の態度に疑問を抱く。彼女はどこか落ち着かない様子であった。
どうしたのか、風丸が花織に問い返そうとした時だった。びくっと花織の肩が一瞬震える。彼女のすぐ後方では、円堂と鬼道が何やら話をしていた。……どうやら花織は鬼道を避けているのらしい。そして、それはきっと彼がそろそろ自分に答えを催促するだろうと悟っていたからだった。
彼女の中では答えは決まっているつもりだ。だが何を言えばいいのかわからないのだ。あれほど好きだ好きだと言っておいて、今までの彼の好意に背くのはとてもひどいことであるような気がする。
ふっと風丸が顔を顰める。真意を知らない風丸の中で、一つの推測が脳裏を過った。もしかして、俺に気を使っているのか。そう思うと、彼女にそう思わせている自分がどうしても情けなくなった。だが同時に、自分を想ってくれる花織が愛しくて、手放したくなくて堪らなくなった。
「花織、来てくれ」
風丸は花織の手を了承も得ずに掴む。そして花織の手を引いて行く先も告げずに歩き始めた。ちらちらと皆の、また鬼道の視線を感じたが、それでも構わなかった。ボトルとタオルをベンチに置いて通路への階段を下る。時間はもうあまりないだろう。それでも花織は何も言わずに風丸についてきている。人気のない暗い通路の途中で、漸く彼は足を止めた。
「一郎太くん?」
花織が風丸を呼ぶ。風丸は何も言わずに花織の身体を強く抱きしめた。ふわりと汗の匂いがする。突然のことに花織は大きく目を見開いた。
「……花織」
微かに震えた声で風丸が花織を呼ぶ。試合は残り四十五分、自分の決めたリミットまでもう少しだ。今だけは、今だけはと言い聞かせて風丸は益々花織を抱きしめる。
「どう、したの……?」
彼の真意が掴めず、戸惑いながらも花織が風丸の背中に手を回す。そして静かに彼の背中を撫でた。
「花織……。俺を見てくれないか、後半」
「……? どうして? いつも見てるよ、一郎太くんのプレー。もちろん、今日の試合だって」
不思議そうに、だが優しく花織が囁いてくれる。当然のようにそう言ってくれる彼女の気持ちが単純に嬉しい。だが、風丸が求めるのはそれではない。
「そういう意味じゃない。……花織はいつも、試合の流れを見てるだろ。だが、後半は俺だけを見ていてほしい。俺がボールを持っていてもいなくても……」
風丸は腕の力を緩め、花織の顔を見る。刹那、花織は言いようのない感覚を覚えた。彼は今にも泣きだしそうなほど苦しげな表情で笑っている。どうしたというのだろう……。だが、花織が風丸を見ることだけで彼にとって満足ならば、それをしない手はないと思った。花織はしっかりと風丸の目を見て頷く。
「わかった。後半はずっと一郎太くんを見てるね、他の誰が点を取っても、必殺技を決めても一郎太くんだけを見てる。……だから、そんな顔しないで」
花織が風丸の頬に手を滑らせる。風丸は目を伏せてああ、と頷いた。
「ありがとう、花織」
単に我儘なだけだ。花織に鬼道を見てほしくないから、俺だけを見てくれと告げた。卑劣だということはわかっている、それでも花織の恋人として、この彼女を束縛する特権を行使するのは最後のつもりだ。
満足だろう、もう何もかも。風丸は花織の手の温かさをただひたすらに感じていた。後半開始時刻が迫っているが、妙な満足感に風丸は包まれていた。微かに、微笑みを浮かべる。これで、心置きなく俺は花織を解放できる。