FF編 第九章
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翌日の練習。雷門イレブンは次の対戦相手、千羽山中学との対戦に向けての練習をしている。いつも通りの、気合の入った練習だ。だがしかし、皆の調子がどこかおかしかった。いや、個々の調子はよさそうなのだがどうにもタイミングが合っていないかのように思う。春奈や秋の隣で記録を取っていた花織にもはっきりとそれは分かった。
「なによ、みんな弛んでるわね」
不機嫌そうに、というか彼らの様子に苛立ちを感じたのか夏未が鋭く吐き捨てる。
「皆、変だわ。……それに、ドラゴントルネードが決まらないなんて」
「うん……。何ていうか、今までとはちょっと違った違和感だね」
秋の心配そうに呟いた言葉に花織が頷く。皆の、特にほとんど毎日長時間眺めている風丸の動きは悪いわけではなく、むしろ良い。花織は首を傾げる。
「身体がなまってるんだわ」
夏未がまた冷たく言う。だがしかし、春奈がすぐさまそれを否定した。
「そんなことないですよ。たとえば少林寺くんはクンフーヘッドを身に着けたし、他の人たちも動きは格段に早くなっています」
「じゃあ気持ちがなまってるんだわ。……また、イナビカリ修練場で特訓かしら」
「でも、さっきのミーティングのおかげでみんなやる気は十分だよ?」
さっきのミーティング、とは次の対戦相手が千羽山中だと円堂が皆に発表したときのことだった。鉄壁の守りを誇る千羽山中にはダイヤモンドの攻めだ! という円堂の言葉に戸惑いながらもこぶしを握り、皆フィールドに出てきたはずだ。マネージャーたちが首を傾げる中、監督の響木が口を開く。
「修練場のせいだ」
「え?」
「どういう意味です?」
端的に告げられた言葉に秋が問い返す。花織もよくわからなかった。修練場といったい何が関係あるのだろうか。
「個人的な技術が格段に上がったせいだ」
またもや、一言で少し分かりにくい言葉を響木が告げる。それでもスポーツ経験者である花織には少しだけ意味を悟ることができた。それが、自分の経験してきた個人技では全くあり得ないものなのだということが。
「分かり易く説明してください」
「身体能力が向上してもそれを感覚として捉えていない。しかも、相手の身体能力がどのくらい上がったかが感覚的にわからないから、タイミングが合わせられない」
夏未の催促に響木が答える。彼の答えを聞いて花織は完全に納得がいった。なるほど、チームスポーツならではの問題だ。花織も風丸とよく練習をしているのだから彼から受けるボールが日々強くなりつつあることは何となく感じている。だがそれは花織が風丸とずっと対で練習をしていたからこそわかることだ。
修練場での練習が続いていたこの頃、少し間が空いてしまったから感覚的にわからなくなってしまうかもしれない。特に自らの実力が向上しているのだったら。
「そんな……。それじゃみんなバラバラじゃないですか」
「能力の向上が裏目に出るなんて……」
「これから千羽山中と戦わなければならないのに」
マネージャー陣が不安げな声を上げる。花織も何も言わなかったが、同じように不安を感じていた。チームスポーツで息が合っていない、というのは問題だ。
サッカーを自らがするようになってからはプロの試合も見るようになったが、タイミングがバラバラで負けてしまった試合も何試合も見た。こういうところがチームスポーツの難しさだといえる。試合までもう日にちがないというのに。大丈夫なのだろうか。
「お前たちはいつも通りに振る舞え、わかったな」
響木の言葉にマネージャーたちは頷く。こういう時こそ、自分たちが彼らを支えなければと。花織も同じ思いを胸に抱いていた。
❀
翌日、今日は皆、問題となっているイナビカリ修練場で練習していた。やはり格段に個々の能力自体は上がるのだから、使わない手はない。これ以上、個人能力値を上げ過ぎるのもどうかと思うが。
「お疲れ様、一郎太くん。みんな修練場の特訓になれてきたよね。私もやりたいなあ」
「駄目だ。花織にあんな無茶はさせられない」
羨ましそうに呟きながら風丸にドリンクとタオルを差し出した花織の言葉に、きっぱりと風丸は首を振る。彼は自分の休憩時間、わざわざ事務処理をしていた花織に会いに来たのである。普段事務処理の仕事は春奈の管轄だが、今日彼女は帝国学園の一回戦を情報収集をかねて観戦に行っているため、彼女は留守だった。
「でも……、私」
「駄目だ、いくら花織の頼みでもこれだけは譲らないからな」
花織が不服そうに風丸を見ても風丸の答えは揺らぎすらしなかった。今もまだ、花織と初めて修練場で特訓をしたときのこと覚えている。
何度も転び、何度も腕や身体をどこかに打ち付けた。高いところから落ちかけた時もある。練習が終了した時の彼女の身体はぼろぼろで、もう二度とあそこでは練習させたくない、と感じた気持ちは褪せない。風丸は思う。少なくとも、自分が花織の傍にいるかぎりは無茶なことはさせられない。
「そんなあ…………」
花織が唇を尖らせて不満そうに声を漏らした時だった。
「大変ですっ‼」
春奈が物凄い勢いで、部室に駆け込んできた。花織は思わず春奈の剣幕に驚いて立ち上がってしまった。落ち着いてからちらと部室の時計を見る。そういえば、もう帝国学園対世宇子中学の試合は何分も前に終わっているはずだ。少々落ち着いたらしい春奈は肩で息をしながら、少し暗い面持ちで言葉を切りだす。
「花織先輩! お兄ちゃん……、帝国学園が……。十対ゼロで世宇子中に、完敗しました……‼」
刹那、部室内に戦慄が走る。ぞわりと臓腑を掴まれたかのような感覚が花織の身体を包んだ。鬼道さんが、そんなに圧倒的な大敗を……?
花織は自分でも表情が歪んだのがよくわかる。それくらい、衝撃的な言葉だった。隣に立っている風丸も花織と同じように驚いていることは火を見るより明らかな事だった。
「見たこともない必殺技が、次々に繰り出されて……。大事を取って控えに回ってたお兄ちゃんが試合に出た時には、もう……。他の選手たちが立ち上がれないような状況で……」
春奈の言葉ですぐにその試合がどんな状況だったのかが思い浮かぶ。きっと一番初めの、帝国学園と雷門の練習試合と同じくらいの悲惨さだったのだろう。四十年間無敗だった帝国学園、その彼らが。自分たちがその実力を、身を以て知っている帝国学園が負けたなんて想像がつかない。
「それは本当なのか……? 音無」
「ええ……」
風丸がもう問い返す。春奈は悲しそうに頷く、彼女の表情から帝国の敗北は認めざるを得ない。
その時、微かに何かオルゴールのような音が部室に流れ始める。花織は気になって音源を探し始めると、それは彼女の鞄の中からだった。携帯電話、花織は流れで思わず中身を改めてしまう。その着信はメールの受信を知らせるものだった。
「……っ」
中身を改めた花織が息をのむ。それを見た風丸と春奈が花織の元へと歩み寄った。
「どうしたんですか? 花織先輩」
春奈が問いかけながらひょいと花織の携帯を覗き込む。送られてきたショートメールの内容、そしてその送り主の番号を見て、あっと彼女は声を上げた。
「これ、お兄ちゃんの番号……」
「……!」
風丸がふっと眉を顰める。そして花織に失礼だとは思いつつも、花織の携帯の中を彼もまた、覗き込んだ。『会いたい。いつもの場所で待っている』それはとても短いメールだった。だが、風丸の、そして花織の心を動揺させるには十分なメールだった。どんな心境で彼が今メールを送ったのかは分からない。だが、今彼が花織を求めていることは確かだった。
「花織……」
風丸がどうするのかを催促するように花織の名を呼ぶ。花織はぱたんと携帯を閉じて鞄の中に戻した。そして、少し俯き気味に静かに首を横に振る。
「行かないよ。……私、行けないから」
「そんな、花織先輩っ‼」
花織が静かに述べた言葉に春奈が花織の腕を掴む。彼女もまた悲しげな表情をして花織を見つめていた。
「お兄ちゃんに会ってあげてください……! お兄ちゃん、今どんな気持ちでいるか……。きっと今とても辛いと思うんです! 一人じゃ押しつぶされそうだから、花織先輩に来てほしいと思ってるんです!」
春奈が悲痛な声を上げる。だが花織はその頼みを聞くわけにはいかなかった。鬼道への想いを早く打ち消して、風丸に答えるためにも今ここで鬼道に会ってはいけないと感じていた。また静かに横に振る。
「……私、一郎太くんと約束したから。もう鬼道さんとは二人きりではあわないって。鬼道さんもそれは知ってる。……だから春奈ちゃんが代わりに」
「それじゃ意味がないんです! お願いします、会ってあげてください!」
春奈が首を振って否定し、頭を花織に深々と下げた。春奈ではだめなのだ、今鬼道が欲しているのは花織で、妹である春奈では到底埋められないものなのに。しかし花織の決意も固かった。鬼道が心配なのはもちろんだが、それに応えることはできない。
「行ってやれ、花織」
頑なに鬼道の元へと行こうとしない花織に静かで、落ち着きを払った声が呟いた。花織が驚き、振り返ると柔らかい笑みを浮かべた彼が花織を見つめている。
「一郎太くん……」
「俺のことなら気にしなくても構わない」
花織は困惑した様子で風丸を見やる。花織は鬼道を振ると過去に言った。それなのにどうして風丸は花織を鬼道の元へ向かわせようとするのだろう。とても不可解なことだ、花織にとっては。
「でも、約束が」
「反故にしてもかまわないから。きっと俺が鬼道の立場だったら、花織に来てほしいと思うはずだ」
「でも……」
「花織」
その声色は花織に有無を言わせなかった。毅然とした風丸の表情に花織は少し怯む。じっと自分を見つめている彼に花織は頷くしかなかった。
「……分かった。じゃあ少し出てくるね。春奈ちゃん、あとをよろしく。皆にも上手く伝えておいて……」
渋々ながらの了承を花織は呟いた。
❀
花織は簡単に身支度を整えると部室を飛び出す。部室に残された風丸に春奈がそっと声を掛けた。
「あの、風丸先輩」
「どうした音無?」
恐る恐る風丸の顔を覗き込んでくる春奈に風丸は全く動じもせずに答える。そろそろ休憩を終え、練習に戻ろうと肩にかけたタオルを外し、手に持った。
「私が言える筋合いはないんですけど……、よかったんですか? 行かせちゃって……」
「……いいんだ。花織は俺より鬼道と一緒に居るべきだと思うからな」
花織の出ていった扉を、どことなく寂しげな表情で風丸は見つめた。見ているほうが切なく、苦しくなるような表情。春奈は居た堪れなくなって風丸の横顔に言葉を掛ける。
「そんなこと、ないと思います」
「え?」
風丸がポニーテールを揺らして春奈を振り返った。春奈は複雑そうに微笑を浮かべながらも風丸を真っ直ぐに風丸の目を見据えて言った。
「私、お兄ちゃんと花織先輩に一緒になってほしいと思ってます。……でも、風丸先輩と花織先輩を本当にお似合いだと思ってます。花織先輩も風丸先輩といる時は特別楽しそうですから……。だから、風丸先輩がお兄ちゃんと一緒にあるべきだって決めなくてもいいと思います」
一瞬、静寂が訪れた。風丸は思いにもよらない言葉を掛けられたようで大きく目を見開く。少しだけ困ったような表情を覗かせたように思えたが、彼は穏やかな微笑を浮かべて春奈に礼を告げた。
「そうか……。ありがとう音無、そういってくれると少し気が楽になる」