FF編 第八章
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翌日、全国大会一回戦の開始時刻が迫っていた。父親が怪我をし、試合に来れなくなった夏未からの応援メッセージを受けとった雷門イレブンは、練習の為に控え室から会場への移動を開始し始めていた。花織は険しい顔をしている風丸の傍へと歩み寄る。選手たちが移動を始める中、花織が風丸の名を呼んだ。
「一郎太くん……」
「花織」
花織に気が付いた風丸は先日とは違う、晴れやかな様子で花織に笑い掛けた。花織はきょとんとしてしまう。きっと彼は今も思い悩んでいるだろうと思っていたのだ。花織が風丸を見つめていると、椅子に掛けていた風丸が立ち上がって花織の肩に手を置いた。
「大丈夫だ、もう迷わない」
「……一郎太くん」
「花織」
風丸が笑う。花織は胸にあてたこぶしをぎゅっと握りしめると、思わず泣きそうなほどの笑顔が零れ落ちた。
「花織。俺、サッカーが好きだ」
「……うん」
「宮坂には今日のプレイで答えを見せるつもりだ。……今日、見に来てるんだアイツ」
「うん……っ」
花織は彼の胸に飛び込んでぎゅっと彼を抱きしめる。どうしてだかはわからない、だがとても胸が切ないのだ。サッカーを彼が選択してくれたことが嬉しかった。だが同時に彼が下した決断がとても寂しいことであるかのように感じられたのだ。風丸が花織の背に手を回す。
「花織……」
「……わかった。一郎太くんが決めた答えを、私は全力で応援する」
「ありがとう」
自分の肩に顔を埋めている花織を彼は優しく撫でた。彼の中でもう一つの決断はいまだ決めかねていた。もう決めなければいけない。花織をここから解放するために。
❀
事件は、試合前の練習時に起こった。花織はその時を、マネージャーの仕事をしながら目の当たりにした。ドリンクやタオルを準備する最中、花織はフィールド内が不穏な空気に包まれていることを感じ取ったのだ。どうやら対戦チーム戦国伊賀島の選手が、豪炎寺に勝負を持ちかけたようであった。だがその勝負は、どうしてか風丸が受けることになっていた。
「行けえ! 風丸!」
「ぶっちぎるッス!」
「風丸くん、頑張って!」
彼への声援を聞きながら、花織は風丸の元へと駆け寄る。彼女の表情は困惑を露わにしていた。花織は試合前にどうしてこんな勝負をすることになったのか。風丸に問いたかった。試合前に相手に自らの能力を曝け出すことはあまり良い行為だとは言えなかったからだ。
「一郎太くん……」
「どうした花織?」
不思議そうな顔をして風丸が花織に問いかける。するとそれが気にかかったのか、戦国伊賀島の選手、霧隠が怪訝そうな表情を浮かべる。
「なんだよお前、そいつの女か?」
「え……っ」
唐突な質問に花織は驚く。刹那、風丸が花織の肩を抱いてああ、と堂々とした返事を返しながら霧隠を見た。
「そうだ、俺の女だよ」
今はまだ、という思いを風丸は押し殺す。花織は風丸のいつもなら言わない大胆な言葉に、目を大きく見開いて風丸を見上げた。彼を見上げた花織の頬は真っ赤に染まっている。その様子に一部のチームメイトは赤面し、大多数はやれやれと呆れたような様子でふたりを見ていた。
「……っ」
「へえ~。そりゃ、かっこ悪いところ見せられないな」
「ああ、もちろんだ。……花織」
風丸は花織を秋の隣まで連れて行くとふっと微笑む。なんだかいつもの風丸ではないかのように花織は思えてしまった。今の彼は、いつもよりも男らしくて、頼もしい印象を受ける。
「ここで待っててくれ。絶対勝つ」
「あ……、うん。頑張って、応援してるから」
「ああ」
勝負の理由を尋ねにいったはずなのに、花織は何故か風丸に応援の言葉を送っていた。呆然としたままの花織を置いて風丸は霧隠の元へと戻る。そして春奈のホイッスルと同時に、彼らは走り出した。
まるで風を切るような速さで二人はフィールドを駆ける。拮抗した実力、まさに鎬を削るような勝負だ。どちらも一歩も譲らない。花織は初めは乗り気ではなかったにも関わらずいつの間にか、誰より熱く、胸の前で強くこぶしを握りしめていた。頑張れと、強く心から願った。
風丸の速さは誰にも負けないものだと花織は確信していた。彼こそが、花織の目指す速さだったのだから。だから霧隠に妨害されようともなんだろうと、勝つのは風丸だと花織は信じていた。今、彼女の瞳は風丸だけを見据え、風丸の駆ける音だけを聞いている。
花織は気が付いてなかった。自分自身の気持ちに自分が知らないところで決着が付き始めていることに。本当にただ一人だけに気持ちが向こうとしていることに。