FF編 第八章
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翌朝、花織は一人で登校していた。朝は基本的には風丸と一緒ではない。家が全く逆方向の風丸には相当の負担がかかることになってしまうためだ。無論、先日まではあんなことがあったばかりだからと風丸が譲らなかったのだが……。きっと彼も今日はさすがに一緒に登校したいとは思わないだろう。昨日の別れ際には少し一人で考えてみるよ、と言っていたのだから。
「おはようございます」
朝の挨拶を口にしながら花織は部室の戸を開ける。刹那、花織が気にしている彼の話題が花織の耳に飛び込んできた。
「まっさかあ、風丸がサッカーやめるわけねえだろ」
「そうっすよ。大体、風丸先輩が抜けたら炎の風見鶏できなくなるッス」
「でも本当に陸上部で走ってたでヤンスよ。こっちの練習遅れて陸上やってるって変でヤンス」
そんなことを話していた面々が花織の挨拶を聞いて花織に視線を向ける。そこには秋と染岡、壁山、栗松、少林の姿があった。花織が目を丸くして皆を見る。どうして彼が悩んでいることを知っているのだろうか。
「あ、花織ちゃんおはよう」
「おはよう、秋ちゃん。……えっと、何の話? 随分盛り上がってたみたいだけど……」
「月島先輩! 風丸先輩がサッカー部をやめるって本当なんですか!?」
花織の問いに少林が大きな声で問いかける。花織は彼らの問いに俯くと、静かに首を振った。
「まだわからない……。昨日ね、陸上部の後輩にいつ戻ってくるのかって聞かれて……。一郎太くん迷ってるみたいなんだ」
「もしかして……、花織ちゃんも陸上部に戻るの?」
秋がはっとしたように花織に問いかける。すると他の部員たちも花織元陸上部から臨時で来たことを思いだしたのか、全員が花織を見た。花織はもう一度首を横に振る。
「ううん、私はもう戻らない。……一郎太くんと違って私は先輩方と折り合いが悪いから」
「じゃあ、月島はともかく風丸だけが分からねえんだな。でも、俺たちを全国に送ってからやめるなんて、かっこよすぎだろ」
「えー!! 月島先輩、何とか説得できないんスかあ!?」
壁山がすがるような目をして花織を見る。他一年生も花織が風丸を説得することに期待しているようだった。それもそうだろう。花織と風丸はこの部の中では周知の仲、特に風丸が花織にぞっこんなのは他から見てもよくわかる。そんな花織が風丸にお願いすれば易々と彼はサッカー部へと傾くのではないかと彼らは思ったのだ。
「うーん……。こればっかりは、一郎太くんの気持ちの問題だから。私は彼自身が選びたい方を選んでほしいの。……後悔だけはしてほしくない」
❀
「花織、風丸が陸上に戻るってホントなのか?」
昼休み、彼と付き合い始めてからはほとんど風丸と昼食を摂り、午後を過ごしていた花織だが、今日は彼が教師に呼び出されてしまったために半田とマックスと昼食後を過ごしていた。最初は他愛もない雑談をしていたが、ふと思い出したように半田が花織に問いかける。
「絶対とは言い切れないかな。一郎太くんも今はまだ悩んでるんだよ。どっちも大切だからって……」
「風丸は真面目だからねー。責任感強いし、結構悩みそうな案件だよね」
マックスがうんうんと頷いている。そんな中、半田が花織に眉根を寄せて問いかけた。
「もしかして、花織も陸上に戻るのか?」
問いかけることは秋と同じだった。以前、花織へ想いを寄せていた彼だ、花織がどうするのかというところは気になることだろう。花織は朝と同じように半田に答えを返す。
「ううん。私はサッカー部に残るよ。……あんなことがあったから陸上には戻れないし、それに今は前みたいに早さを求める必要はないから」
あの揉め事の時にはこの二人に本当に世話になったと花織は思う。この友人たちには感謝してもしきれない。
「速さを求める必要がない?」
「うん。……二人には前にも話したことがあったけど、私が速くあるのは鬼道さんの目に留まるためだったんだよね。でも今はそんな必要はないから」
「へー、それは風丸を選ぶってことなのかな?」
にやにやと面白そうに笑いながらマックスが花織を見る。花織は少し笑って見せ、分からない、と俯いて言った。
「うん。でもね、鬼道さんのこともやっぱり嫌いにはなれない。あのね……、マックスくん、半田くん」
花織は少し躊躇う。だがこの友人たちは信用できると思い直して核心を口にした。
「鬼道さんに……俺との交際を考えてくれって、言われてるの」
「えっ!?」
半田が目を大きく見開いて花織を見る。マックスの方は半ば予想していた答えだったようで半田ほど驚きはしなかったものの、彼も少しだけ動揺したのが分かった。
「鬼道が、花織を……?」
「うん。地区予選の決勝戦前に……。鬼道さんは、私がずっと鬼道さんを想ってたことを知ってるから。だからその……、なんて言えばいいのか」
「何それ、振り方がわからないってこと?」
先ほどのにやにやした表情とは打って変わってマックスが少し怒ったような声で言う。いつものおちゃらけた感じではなく、彼は不機嫌そうに花織を見ていた。
「花織、そろそろはっきりしてあげなよ。風丸が可哀想だ」
「おいマックス……」
半田がマックスの肩を叩く。だがマックスは言葉を続けた。
「ボクさ、これでも君らを……、特に風丸のことは応援してるんだよね。鬼道の想いはボクらは良く知らないから。本当は偉そうなことを言える筋合いはないんだけど」
花織はマックスのこの真剣な表情に驚いていた。彼はいつもいろいろなことに対して執着がない。サッカー部にこれだけ長く所属してくれている理由が分からないほど彼は飽きっぽく、いろいろなことに関心がない人間だ。そんな彼が花織がどっちつかずな気持ちに怒りを感じているのだ。
「でも、風丸がどれだけ花織のことを思ってるか、花織わかる? 風丸ってさ、普段あんなに落ち着いてるくせに花織が絡むと本当に落ち着かないし、見境ないし……。なんていうかさ、ダメなんだよね花織がいないと」
「まあ、マックスの言い分はめちゃくちゃだけど……。花織、俺も一応花織は風丸の傍にいてやってほしいと思ってる。風丸の想いは痛いほど知ってるから」
半田もマックスの言動に苦笑いしながら一応マックスに同調する。半田もマックスと同じ思いだった。彼は過去に花織を風丸に託した立場なのだ。もう彼女に関しては諦めると決めたが、風丸とは幸せになってほしかった。
「ごめん……、そうだよね。私、一郎太くんの彼女なんだもの。もっとはっきりしないとダメだよね」
「花織はさ、素直になればいいんだよ。この際、風丸も鬼道も気にしなくて自分がどっちと一緒に居たいのか考えれば」
「それができないから、花織は悩んでるんだろ。……マックス」
マックスよりかは幾分花織の同情的な半田は、呆れ調子で花織を庇おうとする。だが当の花織はそのマックスの言葉をぼんやりとしながら聞いていた。選ばなければいけない、土門は時間をかけてもよいといったが時間をかけてしまうと、どちらも傷つけることになってしまうのだと彼女は認識を新たにした。