FF編 第八章
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全国大会に出場が決まったことにより、廃部寸前とまで言われたサッカー部は一躍雷門中学のヒーローになった。雷門中の誰もが彼らを賞賛し、彼らにエールを送った。それはこの学校の長も例外ではなく、雷門夏未の父、雷門総一郎理事長の心を揺り動かすこととなった。一度はサッカー部の廃部を決めた、彼自身がである。理事長は自らサッカー部に赴き、部室を新しくしようと提案した。全国大会出場の褒美として。
「一郎太くん」
「どうした、花織」
「さっきの言葉、凄く格好良かった」
部室からフィールドまでの道のりを歩く花織は、はにかみながら風丸を見つめる。彼女の言うさっきの台詞とは、円堂が部室を新調しようという理事長の申し出を突っぱねた時に風丸の放った「部室に全国優勝のトロフィー、飾ってやろうぜ!」という言葉だった。四十年以上、響木監督が学生のころから存在する部室に対して、仲間と思うようなその言葉に花織は心底感動していた。
「え、何のことだ?」
「ふふ、何でもない」
彼はさっきの言葉を全く意識していなかったのだろう。嬉しそうに言葉を紡ぐ花織に戸惑っている。花織はそんな彼をまた素敵だと思った。それは上辺だけでなく心からそう思ったからこそ、花織が何に嬉しそうにしているのかが分からないのだろうからだ。花織が再び風丸に視線を向け、微笑んだ時だった。
「あ、風丸さんに月島さん!」
久しい声がふたりの名を呼んだ。ふたりはハッとして声の主を振り返る。そこには爽やかな笑みを浮かべた宮坂が、陸上部のランニングの列を抜けてこちらの方へと駆けてきた。風丸はそんな彼にふっと笑んで声を掛ける。
「宮坂、久しぶりだな。練習、がんばってるか?」
「はい! 風丸さんも月島さんも今から練習ですか?」
快活な風丸の後輩は嬉しそうに笑顔を浮かべた。宮坂は後輩の中でも、陸上部のエースである風丸に対して人一倍憧れを強く見せている人間だ。だから初めて陸上部に花織を連れてきたときにも一番に風丸にも報告したのだし、花織と風丸が競い合う中に彼の存在もあったのだ。
「ああ。今、理事長から激励の言葉を貰ってな。今からまた練習に戻るところだ。な、花織」
「うん。そういえばね宮坂くん、今一郎太くん、シュートの練習をしてるんだ。今までディフェンスの練習メインで一郎太くんはやってたんだけど。これで一郎太くん自身が得点を決めるチャンスが増えそうなんだ」
先日、響木監督の計らいで響木監督のチームメイトだった伝説のイナズマイレブンの面々と練習試合をしたのだ。その時に過去に監督たちが編み出した必殺技を伝授してもらった。技名を炎の風見鶏といい、その技に必要なパワー面で豪炎寺が、スピード面で風丸が相応しいと抜擢されたのだった。
そのことを誇らしいと感じる花織は、宮坂に自分のことでもないのに自慢げに話してしまう。宮坂は多少なりと感心したようだったが、あまり興味はないようだった。
「へえー……。でも、そうなるとうちにはいつ戻るんですか?」
宮坂の言葉はまるで電撃のようだった。花織は刹那、風丸が元々サッカー部に帝国学園との練習試合に必要な人数を揃えるための助っ人に来ていただけなのだということを思いだした。どうやら風丸もそれは同じだったようで彼の表情は硬直したままでいる。
「……えっ」
「やだなあ、サッカー部助っ人だって言ってたじゃないですか。月島さんも風丸さんがサッカー部にいる間だけの臨時だって」
宮坂が笑う。花織はこの場合ともかく、問題は風丸だった。
「ああ……。そう、だったな。助っ人か……」
動揺を隠すように風丸は言葉を紡ぐ。その表情は複雑な感情と動揺を隠しきれていない。
「そうだ、久しぶりにみんなに会いに来てくださいよ。みんな会いたがってるんですから!もちろん、月島さんも一緒に!」
宮坂の嬉しそうな提案に風丸と花織は目くばせをし合う。今日は風丸ありきの練習だが、少しくらいなら遅れていっても大丈夫だろう。
「どうした? 風丸、月島」
立ち止まっていたふたりに後からやってきた円堂が不思議そうに声を掛ける。風丸はふっと笑うと爽やかに円堂に言ってのける。
「先に行っててくれ、俺と花織は遅れていくから」
❀
風丸と花織は宮坂と共に陸上部のグラウンドへとやってきた。花織はグラウンドに踏み込もうとした瞬間に、ほんの少しの恐怖感に駆られる。女子陸上部の先輩方は今ここで練習しているだろうか。謹慎期間は長かったが、そろそろ復帰しているはずだ。もしも彼女たちと顔を合わせた時の気まずさはどれほどの物かは分からない。
「花織……?」
立ち止まった花織に風丸が声を掛ける。そしてはっとしたように先に下り始めていた階段を再び上ると、花織に左手を差しだし、花織の手をそっと取った。
「大丈夫だ。行こうぜ」
「うん……」
とんとん、と彼に手を引かれて階段を降りる。下では宮坂が風丸を連れてきた旨を男子陸上部員たちに話していた。フィールドには女子陸上部の姿はなかった。
「お久しぶりです、先輩」
「お久しぶりです」
花織と風丸が軽く挨拶をすれば、陸上部の面々はふたりを迎え入れてくれた。しかしふたりを見ると少し呆れたような表情で彼らはため息をつく。
「おいおい風丸、月島と仲がよさそうで何よりだが、それは彼女がいない奴らに対する嫌味か?」
「あーあ、彼女持ちはいいよなあ」
陸上部二年生、風丸と同学年の総細と岩手がふたりに茶化すような言葉を掛けた。ふたりに掛けられた冷やかしの言葉に花織と風丸はきょとんとする。そしてよくよく考えてみれば、ふたりはいまだ手をつないだままであったことを思いだした。どちらともなく手を離して、気まずそうな照れ笑いを彼らに向けて見せる。そこに陸上部三年の風丸の先輩である開川路也が声を掛けた。
「まあ、月島が風丸について行った時点で見せつけてるようなものだから、それは今更だな。……風丸、月島」
開川がふたりに笑い掛ける。
「凄いじゃないかサッカー部、全国に出るんだってな」
「はい、先輩」
開川の問いに風丸が頷く。
「やっぱ風丸が助っ人したたおかげだろ、月島?」
「うん、そうかも。一郎太くんはディフェンダーの要だから」
「おいおい花織、冗談はよせ。岩手も分かってるだろ、俺の他にも助っ人はいっぱいいるんだから」
謙遜する言葉に花織は肩を竦める。花織にしてみれば決して冗談で言ったわけではなかったからだ。
「いつ戻ってくるんですか、先輩?」
「えっ、いや、それは……」
宮坂と同学年の山椒が風丸に問いかける。すると風丸は困ったような笑みを浮かべた。花織はそんな風丸の表情を見てぴくりと眉を動かす。だが、先ほどその問いを掛けた宮坂が答えの出せなかった風丸を救った。
「はいはい、みんな落ち着いて。風丸さんは僕が連れてきたんだよ」
「何だよ宮坂、お前風丸のマネージャーか?」
「いやいや、風丸のマネージャーは月島だろ」
手で皆を制止ながら割り込んできた宮坂に、呆れたふうに橘花が問えば宮坂はこぶしを握って言い返した。
「だってみんな会いたがってたじゃないですか! 僕が仕切ってもいいでしょ」
「わかったわかった、好きにしろ」
開川が笑いながらいう。先輩方の了承を得たことに満足したのか、次に宮坂は花織と風丸に視線を向けて笑った。
「久しぶりだし、ちょっと走りませんか? もちろん月島さんも!」
久しぶりにこのトラックに立つことになった。内心ドキドキしながら花織は息を吐いた。今日、春奈と同じハーフパンツスタイルのジャージを着用していてよかったと思う。軽い準備運動を済ませてから花織は自分の走るコースに入った。足元にあるスターディングブロックを見ながら花織は俯いた。
走れるだろうか。ここのところ、タイムは測っていない。単純に速さを求めて走った記憶がない。マネージャーになってからは運動する時間ががほぼ半分になっている。しかもそのほとんどはサッカーに費やすようになったから、速く走るための練習をほとんどしてなかった。しかし彼女の心に陰る不安はそれだけではない。ここの所感じる身体の違和感、それがどうにも気にかかっていた。
「花織」
隣のコースに立つ風丸が心配そうに、不安げな面持ちをしていたらしい花織を呼ぶ。花織はふっと笑みを浮かべて見せると静かに首を振った。
「大丈夫、ボーっとしてただけ。……ごめんね」
花織はそう言ってスタートラインに立ち、スタートの構えを取った。心臓の鼓動が走る前だというのに早くなり始めている。緊張を堪えて花織は隣に立つ風丸を見た。男らしいその横顔は、初めて走った時と違わない。いや、以前よりもカッコよくとても心を揺さぶられた。頑張らないと。思いを胸に花織は前を向く。
「よーい!」
開川の声が響き、一瞬の間をおいてピストルの音が鳴り響いた。花織は強く地面を蹴る。低い姿勢を保ったままぐんぐんと加速していく。大丈夫、まだ走れる。花織はそう思いながら姿勢をだんだん高くし、加速していた時だった。特有の痛みが彼女の胸を襲った。しかし花織は構わずにゴールへと駆ける。ゴールを走り抜けたとき、結果を見ずとも結果が向上していないことが分かった。
風丸との差は開き、宮坂との差は縮まっていたからだった。荒い息を整えながら花織が髪を掻き上げる。練習をしていない花織が悪いとはいえ無性に悔しくなった。
「さすが、風丸さんに月島さんです……! 速い……!」
宮坂が膝に手を付き、息を荒げて風丸を見上げる。
「お前たちもだらしないぞ。ここしばらくサッカーに行ってた風丸やマネージャー業に徹してる上女子の月島に、現役で走ってるお前たちが負けてどうするよ」
「そうはいいますけどね、風丸。前より早くなってるッすよ」
岩手の言うとおり風丸のスピードは花織とは違い向上していた。なにしろ、通常練習に加えてあのイナビカリ修練場、そして花織との自主練をこなす風丸だ。以前から全国レベルだったスピードがさらに速くなっていたっておかしくはない。自分の結果は残念だったが、風丸のそんな姿を見られるだけで花織の心は軽くなる。風丸の恋人として、風丸が誇らしくて仕方がないのだ。
「ああ、見ていた俺たちもわかった。サッカー部に鍛えられたか」
「かもしれないですね。サッカー部の練習も結構ヘビーですから」
「フォームも全然崩れてないんですね。僕、安心しました」
宮坂の言葉に総細が突っ込む。
「なんでお前が安心するんだよ」
「だって僕、風丸さんが走り方を忘れたんじゃないかって心配だったんですよ」
「大体簡単に崩れるようなフォームじゃ、一流とは言えないさ」
花織は風丸への賞賛の言葉を聞きながら、ちらりと風丸に視線を送った。そして気が付いた、風丸は思いつめた表情をしていることに。
「一郎太くん……」
「な、風丸」
花織の囁きは風丸に届くことなく開川の言葉によって掻き消された。彼は風丸の肩を叩き、笑顔で風丸に言葉を掛ける。
「全国トップレベルの連中をこのスピードとフォームで打ち破ってきたんだからな。サッカーでもこの調子で相手を翻弄してるんだろ?」
「いや、俺なんかまだまだですよ」
そこまで言って風丸が開川から視線を逸らした。花織は気になってその視線の先を追うと木陰に栗松が立っていた。思ったよりも時間を消費してしまったらしい。そろそろ戻らなければ練習に差し支えるだろう。花織はもう一度風丸に視線を送ると、今度はこちらの視線に気が付いて彼は頷いてくれた。
「全国でも頑張れよ」
「そうだな、応援してるぜ」
ふたりのアイコンタクトに気が付かなかった部員たちが激励の言葉を風丸に掛ける。しかしそこで不服そうに口を挟んだのが宮坂だ。
「え、でもそろそろ、こっちに戻ってきてくれても」
「その話はまた今度、サッカーの練習に戻らなきゃ。……行こう、花織」
宮坂の言葉を遮って風丸が言う。そして花織手を取った彼は、逃げるように陸上部の輪の中から抜け出した。花織は自分の手を引く風丸の後姿を見ながら思う。
動揺しているのだ、風丸は。自分が陸上部だったことを忘れるくらいにサッカーに打ち込んでいたのに、今この全国大会を目前にしたタイミングで戻ってこないかと問われたことに対して。
「……一郎太くん」
「……、どうした、花織」
また深く考え込んでいたらしい風丸はワンテンポ遅れて花織を振り返る。花織はしっかりと風丸の瞳を見つめて小さな声で言葉を紡いだ。
「後で……、今日の自主練の時にでもちょっと話そう?」