FF編 第八章
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ポンッとサッカーボールが弾む。とうとう自分用に買ってしまったサッカーボールを花織は宙へと蹴り上げた。このボールは買って間もないはずなのに、既にぼろぼろになってしまっている。そんなボールをまた地につく前に宙へと蹴り上げ、太ももの上で弾ませた。つまるところ、リフティングというものだ。
彼、風丸がサッカー部に入ってからボールに触れることが多くなった。もちろん、臨時マネージャーとしてサッカー部に入ったこともだが、彼の練習相手であり続けるために自主的に練習することもあったし、彼の練習に付き合うこともあった。そのせいか、実際プレーでは使うことのないリフティングも上達し、それに伴ってボールコントロール能力も上がった。
ボールを蹴りながら花織は胸を押さえる。陸上部にいたときよりも運動量が減ったせいか、少しだけ体重が増えてしまった。どうにか風丸に隠れてイナビカリ修練場で特訓をする方法を探さねばならないかもしれない。そんなことを思いながら花織がボールを蹴っていた時だった。
「花織ちゃん、パースっ!!」
突然に名を呼ばれて花織は振り返る。振り向きざまにボールを声の主にボールをボレーキックで送った。声の主は花織が蹴ったボールを軽々と胸でトラップし、ボールを地に踏みとどめた。
「ナイスパス、花織ちゃん」
「土門くん」
花織は土門の元へさっと駆け寄ると私服姿の彼はにこっと笑う。
「よっ! 腹ごなしに運動?」
土門はパスを返しながら花織に問う。土門がこう問いかけたのはわけがあった。今日は雷々軒で地区予選優勝の祝賀会を行ったのだ。まだあれから二時間程度しか経っていないのに、花織がこうやって河川敷で練習していたため、土門は気にかかって彼女に声を掛けてみたのだった。
「風丸は一緒じゃないの?」
「うん。……今日は声掛けてないから」
花織はパスを受け取るとひょいっとボールを拾い上げる。
「よかったら土門くん、練習の相手してくれない? 一人の練習に飽きてきたところなの」
「オーケー、望むところだ。俺も花織ちゃんの実力が知りたいしな」
「ありがとう」
にこりと花織は微笑むとボールを再び地面に落とした。
❀
土門はふう、と荒い息のままに河川敷の芝の上に腰を下ろす。二人しかいなかったとはいえ、そこそこにハードな練習をしたと思う。
「はい、これ。……お礼にもならないけど」
花織はそういって今し方、自販機で購入したスポーツドリンクを彼に差し出す。土門はああ、と返事をしてそれを受け取った。
「サンキュ。……にしても、さすが花織ちちゃん。風丸に聞いてたけどやっぱ体力あるし、上手いわ」
はーっとスポーツドリンクの入ったペットボトルを首にあて、首を冷やしながら土門は芝の上に寝っころがった。花織はボールを抱えて土門の隣に座る。
「私、これでも帝国出身だもの」
くすっと笑いながら花織が自分用にと持参した水筒を傾ける。
「あちゃ、そうだった」
「うん。……でも、こんなのじゃダメ。一郎太くんの練習相手にならない」
「風丸の?」
花織はコクリと頷く。最近イナビカリ修練場での練習が主となったせいか、風丸と花織の間に実力の差が出始めたのだ。それは今の土門との練習でも言えることで、花織の持久力の高さや持ち前のスピード、瞬発力で補うことができ充実したものの、彼が花織に対して手加減をしていたことは事実だった。
「この練習はね、私自身の身体能力の維持のための練習でもあるけど……、一郎太くんとの練習のための練習でもあるの。私、一郎太くんと一緒に走るのが大好きなんだけど、最近実力差が目に見えてきちゃって……。イナビカリ修練場は使わせてもらえないし」
本当は、もっと自分の能力の向上が望めるような練習がしたい。しかし、修練場は先ほども述べたように風丸にも、そして鬼道にも禁じられてしまっている。
「そっか……。花織ちゃんって本当に風丸が好きなんだな。本当、羨ましいくらいに仲良いし」
「……」
土門がそうやって花織に笑い掛けると、花織は表情を陰らせる。土門は浮かない表情を浮かべた花織に首を傾げた。
「花織ちゃん?」
「……私、そんなに彼に対して誠実じゃないの。自分の気持ちを誤魔化したくて、今日は」
そこまで言って花織は俯く。そしてふっと自嘲的な笑みを浮かべて土門を見た。
「頼みごとばかりで土門くんには申し訳ないんだけど、少し相談に乗ってくれないかな。少なくとも帝国にいたころの私を知ってくれている土門くんに聞いてみたいことがある」
「ああ……」
土門は不思議そうに花織を見る。花織は目を伏せてゆっくりと、だがはっきりとした口調で話を切り出した。心地の良い風がさらさらと花織の黒髪を揺らす。
「土門くんに以前、私は一郎太くんが好きだから、鬼道さんのことは関係ないって言ったことがあったよね」
「ああ」
「あれ、嘘なの。私、ずっと鬼道さんのことが好きだった。一郎太くんの傍にいて忘れようとしてたけど、ずっとできなかった。一郎太くんも、もちろんそれは知ってる。……現に何回も別れ話を切り出したことはあるから」
「えっ!?」
思わず吃驚が口をついて出た。確かに土門は花織が鬼道に想いを寄せていることには勘付いていた。しかし、まさか花織が風丸に別れを切り出していたとは考えもしなかった。他から見ればそんな素振りはふたりに全くない。いつだって寄り添い、仲睦まじげに過ごしている、他から見れば妬みの対象になるようなふたりなのに。
「今は別れたいなんていえないくらい、彼が好き。……でも鬼道さんが好きな事には変わりない。でも鬼道さんが好きだからといって、一郎太くんを好いていないわけじゃない。だから私、このまま鬼道さんに振られたんだという事実だけを持って一郎太くんの傍にいれば、一郎太くんの言うとおりいつか鬼道さんを忘れていけると思ってた。……酷い言葉を掛けられたんだから、尚更ね。……でも」
花織はふ、と息を吐く。土門にも花織の言葉の先は予測できた。それ以外の事象は考えられないのだ。
「帝国との決勝戦の前に、言われたの。総帥と決別した今なら言える、って……。お前が好きだって……」
総帥と決別した後なら言える。それは鬼道が今まで影山によって恋心を抑圧されていたということを示唆する台詞だ。花織は鬼道の口から聞いたときにそれを悟ったし、土門も花織の今の言葉で瞬時に察知した。花織の場合、彼が影山に遵守していなければ自分の存在が消されていたかもしれないという可能性も。
「よかったら、交際を考えてくれと言われたけれど……。私はいったい、どういう返事をすればいいのか、全く分からない」
花織が膝にかかえているサッカーボールをぎゅうと抱きしめる。
「鬼道さんが好きなのは確か。でも一郎太くんのことが私の中で何より大切なつもり。だから私は一郎太くんには断るって宣言してる、本当にそれでいいのかは分からない。……私は、私を守ってくれた鬼道さんにも一郎太くんにも負い目があるから」
どこまでも、底抜けに答えのない問題だった。土門は唸りながら空を見上げる。青い空は高く澄んでいて花織の悩みとは遠くかけ離れた空模様であった。
「……難しい問題だよな」
花織の心は土門には、女心としては分からないが人間的な気持ちとしては分からないでもない。仮に花織の心が完全に風丸に向いていたとしても断り切るのは困難だろう。鬼道と花織は帝国時代の上下関係がいまだ根付いたままでいる。彼女の鬼道に対する敬称と敬語がそれを物語っている。故に、彼女が今の状態で鬼道のことをバッサリと切り捨てることはできないだろう。
「花織ちゃん。あくまで、俺の考えなんだけど……」
口籠りながら土門が言う。土門は心情的には鬼道を応援する立場にあった。何といっても彼は鬼道との付き合いの方が、どんな形にあったとしても風丸よりも一年長い。その分鬼道がどんな想いで花織を見ているかは、はっきりと知っているつもりだ。だからこそ、そろそろ二人が結ばれてもいいのではないかと思う。
だがそれと同時に風丸が花織をどれだけ大切に思っているかも土門は知っていた。鬼道に調査報告をしていたとき、花織のデータ収集は専ら風丸と秋から入手していたのだから。だからこそ、このふたりを別れさせるのはあまりに風丸に酷だと思う。できることなら別れないでほしいと土門は感じていた。つまりは、答えなどないのだ。第三者の視点では。それを決めるのことができるのは花織だけだ。
「……俺は花織ちゃんの出した結論が答えだと思う。焦って急いで答えを出すことこそが鬼道さんや風丸の気持ちに対して失礼だから、ゆっくり考えて納得のいく答えを出せばいいんじゃないか? ……時間をかけるだけ相手に期待させるのは確かだけど、二人も花織ちゃんが板挟みになってること、知ってるんだからさ。待っててくれるだろ」
「そう、かな……」
花織は困り果てたような笑みを浮かべる。花織自身もそんなことは分かっていた。だが、ただただ、決められないのだ。どちらを選んだとしても、どちらも傷つけることになる。その思いが拭えない。
でも、もう風丸と共に在りたいと、彼の想いに答えたいと一度でも誓ったのだから……。その思いを遂行するのが今の自分のすべきことだろう。きっとそうすれば答えは見つかるだろうから。花織はそう思っていた。