FF編 第七章
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「花織先輩、あのちょっとお話し、いいですか?」
円堂たちが勝利の雄叫びを上げている最中、ベンチで喜ぶ雷門イレブンの姿を眺めていた花織に春奈が恐る恐る、言葉を掛けた。花織はどうしたの、と春奈に視線を向ける。どうしてか春奈はしゅんとした表情を浮かべていた。
「花織先輩、ごめんなさい!」
「え……?」
突然に頭を下げた春奈に花織は驚く。何が謝られるようなことをしただろうか、花織はそう思って首を傾げる。すると何か花織が問いかけるよりも早く春奈が口を開く。
「私……、風丸先輩に花織先輩の悪口を言ってしまったんです。ちゃんとお兄ちゃんと花織先輩が一緒にいたことには事情があったのに。花織先輩が風丸先輩にとって酷いことをしてるんじゃないかって思っちゃって……」
花織は気が付いたように息を漏らす。やはり、他から見るとそんなふうに見えたのだろう。花織が鬼道と逢引をしているように。
「いいの……。今日は成り行きだったけど、もとはと言えば私が鬼道さんへの想いを捨てきれないのが悪いんだから。ごめんね、春奈ちゃん。鬼道さんに対して変な印象与えちゃったでしょう?」
「いえそれは……。お兄ちゃん、鬼道家に行ってから連絡くれないの、事実ですから」
花織が謝罪の言葉を述べると春奈は首を振って否定する。その表情には寂しげな色を浮かべている。花織はそんな春奈を見て、もういいだろうと思った。鬼道が彼女のために隠している真実を話すことは、今話さなければ二人はすれ違ったままだ。
「春奈ちゃん……、ちょっと聞いてくれる?」
花織の口から鬼道が誰にも言わずに抱え続けていた真実が語られる。それを聞いた刹那、春奈は兄の元へと駆けだした。
❀
「待って!!」
フィールドを降り、通路を歩き始めた鬼道の背中に春奈は叫んだ。もう知ってしまった、どうして今まで兄が連絡をくれなかったのか、どうして今までこれほど辛辣な態度をとってきたのかを。
「春奈……!?」
マントを翻した鬼道は驚愕に溢れた表情を浮かべる。何故なら春奈は試合開始前、鬼道を他人だと言って彼の元を去っていった。今の春奈が鬼道を追いかける理由はなかった。それなのに春奈は必死な様子で鬼道を追いかけここまで来た。春奈は鬼道の前で立ち止まるといきなり核心を言葉にする。
「私を……、私を引き取るためにお父さんと約束したって」
春奈の言葉に鬼道がハッとする。花織が春奈に告げたのだろうか、いや他の誰かということもある。しかし今はそんなことはどうでもいい、話が春奈に知れてしまったことが問題だ。知られるわけにはいかなかったのに。いや、もう知られたところであとの祭りか。帝国学園は雷門中に敗北したのだから。
「ああ」
「……っ」
低い声で鬼道が答えれば、春奈の身体がびくりと震える。花織の言っていたことは真実だった。本当に彼女の兄は自分を引き取るために一人で苦しんできたのだ。
「連絡くれなかったの、私のためだったんだね」
「お前と暮らすためならどんなことでも我慢できた。……いや、違うな。我慢できなかったこともあったか」
鬼道は一人の女を胸の中に思い浮かべる。彼女、月島花織のことだけはどうしても我慢できなかった。もしかするとそのせいで自分は負けてしまったのかもしれない。総帥が何度も忠告してきた言葉が真実だとは思いたくもないが、自分の心に堪えられない想いがあったからこそ、こういう結末になったのかもしれないと鬼道は自分を嗤う。
「だがいまさら何を言っても仕方ないな。……すまない」
「ううん。私、音無のお父さんとお母さんと暮らせて幸せよ」
鬼道がえっと思わず声を漏らしてしまう。
「音無で……ううん、音無春奈が良いの」
久しぶりに鬼道の見る春奈の笑顔はあの頃のままだった。春奈の笑顔に触れて今、初めて鬼道は自分の誤りに気が付いた。自分と別離したから春奈は幸せではないと、兄として自分が春奈を引き取らなければならないと鬼道家に引き取られてからずっとそう思って生きてきた。しかしそうではなかったのだ、名前は違ってもただ傍にいればよかっただけだった。
「そうか、いい父さんと母さんなんだな」
「うん」
春奈は鬼道の柔らかい表情に涙を浮かべる。今まで憎もうとしていた兄が、嫌悪の対象になりかけていた兄が急に愛おしく思えた。何も、何も変わっていなかった。兄は今までと同じように自分を大切にしてくれていた。きっと、自分の想いまでも押し殺そうとして……。そう思うと春奈は堪らない気持ちになった。
「ありがとうお兄ちゃん……っ!」
春奈は兄の胸に飛び込む。彼女の兄は優しくそれを抱きとめてくれた。久しぶりに兄を兄と実感できた瞬間だった。春奈は兄の肩に顔を埋めたまま、小さく呟く。
「ごめんね……、お兄ちゃん」
「何がだ?」
「花織先輩のこと……。好きなんでしょ、お兄ちゃん」
感動もつかの間、春奈に告げられた衝撃の言葉に鬼道はぎょっとする。鬼道が動揺したのがわかって春奈はくすくすっと笑うと鬼道から離れた。先ほどのしおらしい表情とは違って今の春奈の表情は、兄の恋のからかいに緩んでいた。
「どうしてそれを知っている……、春奈」
「うふふ、わかるよ。だってお兄ちゃん、花織先輩を特別扱いしすぎだもん」
「そ、そうか……」
実の妹に自分の恋愛事情を突っ込まれてしまうというのはどうにも照れくさい。鬼道が困ったふうに頬を掻くと春奈はニコニコと笑い楽しげに言葉を口にした。
「私、お兄ちゃんのこと応援するね? 今まで迷惑かけちゃった分、全力で!」
「……余計なことはしなくていいぞ」
春奈にとってみれば自分の意思であり、風丸からの頼みである言葉に鬼道は苦々しく笑う。余計なことはしなくていい……、そういっても今の状況から春奈が全力で自分の恋路に協力するだろうということははっきりと分かった。何故なら、こういう時の彼女は絶対に意見を曲げないからだ。思った通り、春奈は否定の言葉を喜びいっぱいに口にする。
「ううん。協力させて! だって私、お姉ちゃんが欲しいもん」