FF編 第七章
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風丸と春奈が話をしている時刻とほぼ同刻、鬼道と花織は、以前花織がサッカー部の練習を覗き見るために使っていた場所に来ていた。ここからはフィールドがはっきり見渡せるのに、フィールドからは全くの死角となっている。そんな場所だ。花織と鬼道にとって思い入れの深い場所。二人だけの秘密の場所だった。
「試合前に、お前とどうしても話したいことがあった」
あの頃座っていた場所に花織は座っていた。鬼道もあの頃のように花織の傍に立ち、しかし彼女に背を向けていた。鬼道の赤いマントがひらりひらりと揺れている。花織はそのマントの裾をじっと見ていた。どうしてか彼を見てはいけないような気がした。
「お前は、あの日俺が言ったことを気にしているか? ……お前が転校する前日の」
「……気にしないわけがありません」
鬼道の気を遣うような声に花織はきっぱりと言う。あの言葉を今まで辛く思わなかった日は無い。あの言葉に縛られなかった日はない。今でもはっきり思い出せる、あの日の鬼道の表情、声色、何もかもすべて。それはずっと花織の心を蝕み続けてきた。
「忘れてくれ」
「え……?」
花織は思わず顔を上げる。鬼道はじっとゴーグル越しに花織を見つめていた。その表情はとても真剣で、サッカーをしている時とも、普段話している時とも違う表情だった。花織は無意識に目を細める。
「あの時のことは……、忘れてほしい。あれは決して俺の本心ではない」
「どういう、ことですか?」
わからなかった。本心でない、それはあの言葉は嘘だったということか。もし……、もし本当にそうなのだとしたら、花織の推測は白と黒を返すように反対になる。鬼道は言葉を紡ぎながらふっと口元に柔らかい笑みを浮かべた。
「花織、総帥と決別した今なら言える。……花織、俺は」
鬼道が一度言葉を切る。そしてずっと彼が胸に秘めていた、口にしてはいけないと抑え込まれていた感情が伝えるべき相手に向かって紡がれる。
「俺はお前が好きだ」
どきり、と花織の胸が大きく音を立てる。あまりの静寂に唾を飲むことすら憚られる。真摯に向けられた彼のゴーグル越しの瞳から、目を逸らしてはいけないと無意識の中で思った。胸が、締め付けられるような痛みに蝕まれる。掠れた声で彼の名を呼んだ。
「鬼道、さん……」
「お前が風丸と恋人同士だということはもちろん知っている。だがそれでも俺はお前が好きだ」
鬼道の言葉には一切曇りはない。ただひたすらに今まで言いたかった言葉を、彼は真っ直ぐに花織へと向ける。花織は思わず泣きそうな気持ちになってしまう。そんなことを言われても……。今更すぎる、今彼女の中には鬼道だけに向けられているわけではない恋心があるというのに。
「今更……、そんなこと」
「今すぐにとは言わない。花織、俺との交際を考えてほしい」
花織は足元に視線を落とす。そしてふるふると力なく首を横に振った。鬼道の想いは受けられない。いくら彼を好きだとしても、今の自分には風丸一郎太という大切な彼がいる。その彼を鬼道のために捨てることなどできない。いつも自分を気にかけ、心地よい居場所を花織に与えてくれていた彼を。
「お前は本当にアイツが好きなのか?」
鬼道の言葉は鋭いものだった。花織はハッと顔を上げる。本当に、好きなのか……。その言葉は鬼道が思う以上に花織の心に刺さった。本当に好きだ、好きなはずだ。同情などではない。花織が唇を噛みしめると、鬼道が自分の言葉選びを損じたことに気が付いたようですぐさま訂正をする。
「すまない、風丸に対するお前の気持ちを侮辱するわけじゃない。だがお前はずっと俺を好きだと言ってくれているだろう。……だから、俺に対するお前の想いが恋愛感情だとするなら、風丸への想いは何なんだ、と問いたかっただけだ」
「……」
花織は答えられなかった。彼の問いかけの自分の答えがわからないのだ。彼女はどちらも恋愛感情だと思っている。どちらも優劣がつけられないくらいに大切で、大好きなものだ。とても狡い考え方だと思う。
「考えておいてくれ。また改めて気持ちを聞こう。……いい返事を期待しているぞ」
鬼道が時計をちらりと見てマントを翻した。もうすぐに試合が始まる。花織はすっと立ち上がった、今はまだ返事はいらないと彼は言ったのだから、気にしてはいけないと自分に言い聞かせた。まずは雷門を、自分の恋人である彼の応援を精いっぱいしなければ。
それに……、もう鬼道と二人きりで会うこともないだろう。何故なら風丸と約束をしたからだ。今日だけは例外だったが"もう二人きりで会わない"、と。このまま振り切ってしまえばいい、鬼道の告白は聞かなかったことにしてしまえば。そう花織は自身の心に言い聞かせる。だが、自分の心は全くと言っていいほど言うことを聞いてくれなかった。
❀
花織の気分の晴れないままに試合は始まった。実力は拮抗しているのか、互いにシュートを放つものの、得点には至らない。しかし円堂の調子がどうやら優れないようでボールの弾き損ね、またファンブルしてしまうことすらあった。いつもの円堂らしいプレーではない。
「苦しいね……。帝国の源田くんはどんなに必殺技を使っても、完全にセーブしてくるんだもの」
「攻めきれないのも辛いし、円堂くんのプレーにいつものキレがないからディフェンスラインが下がってる……。あんまりいい流れじゃないよね」
秋の言葉に花織は頷く。花織の視線は見まいとしていても自然と鬼道へ向いていた。花織が今まで見たことがないほど、今の彼は生き生きしている。影山総帥の支配下から逃れたからだろうか。今の彼は普段よりも魅力的に見えてしまう。
鬼道を視界に入れてしまうと、先ほどの出来事がありありと頭の中に浮かんできてしまう。俺との交際を考えてはくれないか。花織は小さく首を横に振る。ダメだダメだ、今はそんなことを考えている場合ではない。
「円堂おおおっ―――!!」
鬼道の声だ。花織はぱっとフィールドへと視線を戻す。するとちょうど鬼道が円堂の守るゴールにシュートを打とうとしているところだった。しかし鬼道の足がボールに触れた瞬間、豪炎寺がスライディングで鬼道の持つボールへと滑り込む。
「あ……っ」
豪炎寺の勢いに押されて鬼道がよろめいた。その表情が苦痛に歪んだのが、花織のいるベンチからでも見て取れる。どくんと、花織の中で何かが揺れたのが分かった。それは以前、風丸が円堂を庇って倒れた時と同じ感情だった。
「……っ」
無意識に花織の足が一歩前へ踏み出した。しかしそれはちらりとこちらを見た彼、鬼道と同じフィールドに立っている風丸の姿によって踏みとどめられた。……私は、彼の元へは行けない。
花織が踏み止まったのと同時に、ふらりと隣に立つ春奈が鬼道の方へと動いた。花織は目を伏せて自分に言い聞かせる。ここは春奈ちゃんに任せていい、自分が出しゃばるべきところではない。怪我人の手当てだとはいえ、きっと一郎太くんは私の行動を良くは思わないだろう。私なら嫌だから、大好きな人が他の異性のことを心配するところを見るのは。特に全国大会の進出が掛かったこんな大切な試合で。
これでいい、鬼道の想いは受け入れないで、ただ彼だけに費やせば。鬼道の申し出も断ろう。自分に大切なのは風丸だけだ。そうでなければいけない。花織はそう自分に何度も言い聞かせる。
❀
鬼道はそのすぐ後に春奈の応急手当てを受けて試合に戻った。幸いプレーには問題がなかったようで、彼のプレーには先ほどと劣りは無かった。
そして激しい攻防の末、円堂が守りぬいたボールを半田、少林の竜巻旋風。そして今までひた隠しにしてきた、攻めの起点とするためにと風丸と花織のふたりで考案した疾風ダッシュにより豪炎寺へと繋げた。そして壁山、豪炎寺、そしていつの間にかゴール前に上がっていた円堂によって帝国ゴールに決勝点となったイナズマ1号落しが叩き込まれ、四十年間無敗だった帝国学園の歴史に終止符を打った。