FF編 第七章
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鬼道の予測した事態は試合開始のホイッスルと共に起こった。スタジアムの天井を支えている鉄骨が、雷門イレブンの立つフィールドに突き刺さったのだ。誰もが息をのみ、誰もが雷門イレブンは無事では済まないと思った。だがしかし、鬼道有人の活躍により影山の策略は阻止された。策略が露見した影山は逮捕され、また改めて今より三十分後、試合が開始することを雷門イレブンは告げられた。
「一郎太くん、怪我はない?」
「ああ」
先ほどとは違い、今度は花織が風丸を心配する。何しろ怪我人がいなかったとはいえ、大事故だったのだ。彼女はいくら大丈夫だと言われても中々安心できずにいる。
「でも……」
「花織」
花織が風丸に詰め寄ろうとした時だった。背後から波乱を起こす対象の声がかかる。花織はゆっくりと振り返った。そこに立っていたのはやはりマントをはためかせた彼だった。
「鬼道」
「風丸……」
風丸は鬼道に名を呼ばれるや否や、軽く鬼道に頭を下げる。
「すまない、迷惑をかけた」
「いや……。俺の方こそ、お前が俺を信じてくれたおかげで何もなかった。こうして正々堂々と試合ができることを嬉しく思う」
鬼道は肩を竦ませて笑う。花織はそれを不思議に思った。以前二人の間に流れていた険悪な空気がそこにないのだ。それは風丸の心境の変化にあった、しかし花織がそれに気が付くことは無い。花織は二人を交互に見ていると鬼道がまた口を開く。
「風丸、少し花織を借りてもいいだろうか? 少し彼女と話がしたい」
「………ああ、問題ない」
鬼道の提案に風丸は少しだけ顔を強張らせた。いつか来るだろうと恐れていたときが来たと彼は思った。風丸は悟っていた、今から鬼道が何を彼女に話すのか。それでも風丸は了承の言葉を口にした。
「……一郎太くん」
「花織、行くぞ」
鬼道がマントを翻して先を行く。花織は風丸の名を呼んだが風丸は微笑んで行って来い、というだけだった。花織は風丸を気に掛けながらも鬼道の後を歩く。彼女たちが通路を曲がってしまい、姿が見えなくなったとき、風丸に声を掛けた人物がいた。
「風丸先輩、少しお話があるんですけど……」
それは浮かない顔をした音無春奈だった。
[newpage]
試合開始まではまだ少しだが時間があった。風丸は春奈に連れられて人気のない通路へとやってきていた。風丸と春奈は別段仲がいいわけではない。そのため自分が何故彼女に呼び出されたのか風丸はわからないでいた。
「風丸先輩、あの……。試合前に言いにくいことなんですけど」
「ああ、どうしたんだ音無」
小さな声で言葉を紡ぎ始めた春奈を風丸はじっと見つめる。いつもは自信満々で好奇心に輝く瞳が、今日は不満と悲しみで曇っているように風丸には思えた。そして春奈はここまで来ても少し何か迷いがあったようだが、キッと風丸を見上げて核心を口にした。狭い通路に彼女の声が響く。
「風丸先輩……、花織先輩と別れた方がいいと思います」
「え……?」
思いにもよらなかった春奈の言葉に風丸は一瞬呆けてしまう。それはどういう意味だ、自分が花織と釣り合わないからか。花織の行動が他から見れば納得のいかないものであるからか。それでもその疑問を悟られないように、穏やかな笑みで春奈を見つめた。さらりと彼の青い髪が揺れる。
「どうして、音無はそう思うんだ?」
「だって……。花織先輩は、お兄ちゃんとコソコソ何かしてるみたいだから。花織先輩、風丸先輩の想いに早く応えられるようになりたいって言ってたのに。あの人と一緒にいて、風丸先輩の想いをバカにするようなこと言って……」
「お兄ちゃん?」
「帝国の鬼道有人のことです」
風丸は鬼道と春奈が兄妹であるという事実に、驚きはしたが何も言わなかった。それよりも今は春奈の告げた花織への辛辣な言葉の方が彼の気にかかった。風丸は目を細める。きっと今日の二人の行動を見てそう思ったのだろう。正直二人の間で何が話されたかは風丸自身も知らないが、さぞ他から見れば仲睦まじく見えたのだろう。春奈の表情でそれがよくわかる。
「忠告は嬉しいよ、音無。でも変な思い違いはしないでほしい」
「思い違い……、ですか?」
ああ、と怪訝そうな表情を浮かべる春奈に風丸は頷く。微笑は崩さなかった。
「花織は別に二股を掛けてるわけじゃない。俺に黙って変なことをしてるわけでもない」
「花織先輩がちゃんと風丸先輩に、お兄ちゃんのことが好きだって話してることは知ってます! でも、風丸先輩と付き合ってるならもっと……!」
春奈が風丸の言葉にムキになって言い返す。春奈は花織を許せなかったのだ。普段あれだけ風丸のためにと、秋葉名戸との試合のときだって風丸にどう思われるかだけを気にしていたような花織が、風丸の想いに応えたいからと淋しげに笑っていた花織が。自分の兄とまるで浮気のようなことをしていたという事実が許せずにいた。しかし、春奈の言葉に風丸は首を横に振る。
「音無、花織が本当に好きなのは鬼道なんだ」
はっきりと自分に言い聞かせるように風丸が言う。春奈はそんな風丸の表情に口を噤んでしまった。彼は寂しさのような、やるせなさのような、何とも言い表せない表情をしていた。ただわかるのは、今まで春奈が見たことのない風丸の表情だということだけだ。
「花織はただ優しいだけだから」
優しい、その言葉に不思議なほどの響きがある。
「優しいだけで風丸先輩と付き合ってるなら、それはただの同情ですよ」
春奈が口を挟むが風丸は静かに首を振った。
「音無、花織からどこまで話を聞いてる?」
「どこって……。花織先輩が転校してきて、花織先輩はお兄ちゃんのことが好きだったけど、風丸先輩がそれでもいいっていったんでしょう?」
花織は、事のあらましを春奈に話しはしたが、すべて真実を話したわけではなかった。いくつかを省略して、簡単に彼女に今までの恋路を語っていた。
「花織はさ、一回俺のことを振ったんだ。好きな人がいるから、俺とは付き合えないって」
「え……?」
春奈はぽかんと口をあける。知らないことだった。ただ、私が好きな人へとの感情と風丸くんとの感情をどう処理していいかわからないときに、彼は自分を代わりにしてもいい。今は代わりだと思っていいから、いつか俺を見てくれないかって言ってくれたの、と花織はそう言っていた。風丸を振ったなんて言葉は一度も使わなかった。
「俺と付き合い始めてからも、アイツは本当は何度も俺に別れてくれって言ってるんだ。自分が鬼道への想いを捨てられないから、俺に酷いことをしてるからって。……でも俺が花織を縛ってる。鬼道の代わりでいいって言ったのに、いざとなると踏ん切りがつかなくてずるずるアイツを付きあわせてる」
「そんな……」
風丸の言葉は事実ではある。事実ではあったが真実とは言い難かった。風丸は花織を庇っていた。別に風丸が花織を無理に付きあわせているというわけではない。今となっては花織が望んで風丸の傍にいるというのに、風丸は花織が気を遣って自分の傍にいてくれているかのように話をした。
「そんな俺の想いに応えようとして、花織は鬼道と会わないと約束をしてくれた。だがそんな花織の想いを無碍にして、今日鬼道の傍に花織を居させたのも俺の意思だ。全部俺の自業自得なんだよ」
あくまでも、花織は俺に想いを押し付けられて迷っているだけだ。優しい奴だから。……そんなふうに風丸は話す。花織と鬼道と結ばれるであろう近い未来が誰にも非難されないように。周りが彼女にとって針の筵とならないように。彼女が風丸に対する同情の声に潰されないように。
「だからさ、音無」
本当は辛くて仕方がないのに、風丸は笑う。
「いつか俺の踏ん切りがついたときは、花織が鬼道と上手くいくように応援してやってくれ。そろそろ心を決めるからさ」