FF編 第六章
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雷々軒につくと俺がいては話しにくいこともあるだろう、と言い、花織が落ち着くまで響木は席を外してくれることになった。花織は相変わらず落ち着かないのか、未だに涙を流している。よほど恐怖を感じ、ショックを受けたのだろう。しかしそれでも先ほどに比べると少しは落ち着いてきたようだ。
「月島、何があったんだ?」
風丸に背中を擦られている花織へ、円堂が視線を合わせて問いかける。花織は何度か深呼吸を繰り返し、やっとのことで言葉を紡ぎだした。
「……マネージャーの、仕事が終わって……っ、一人で、家に帰ろうとしてたの。……そしたら、なんだか、見られてるような気がして……っ。怖くなって、商店街に来たら人がいるんじゃないかって、思って……」
三人が花織の言葉に頷く。
「商店街に向かってたら、急に……っ、壁に、押し付けられて。……月島花織だなって、言われて。……一回は隙を見て逃げ出せたけど……」
そこまで話して花織はまた泣き出してしまった。先ほどの恐怖を思い出してしまったのだろう。風丸がそっと花織を抱き寄せると、花織は風丸の肩口に顔を埋めてすすり泣いている。そんな中、険しい顔をして豪炎寺が口を開いた。
「どうやら、犯人は確実に月島を狙ってきているな」
「ああ……、でも何で花織が」
その時、風丸は再び先ほどと同じ感覚を覚え言葉を止める。どうやらしばしば感じる振動は花織のポケットに入った携帯らしい。誰かがしきりに電話でもかけてきているのだろうか。
「花織、携帯、見てもいいか?」
風丸が優しく問いかければ花織は微かに頷いた。風丸は花織のポケットから携帯を取り出す。風丸が手にした途端、それは切れてしまったが、風丸は携帯を開いて着信履歴を確認する。風丸の眉が微かに顰められた。それを見た豪炎寺の眉も微かに動く。着信履歴はすべて同一人物からの物だった。――――鬼道有人、着信十七件。
「風丸? 誰からなんだ?」
円堂が不思議そうな顔で問うた。風丸が花織の背中を叩けば、花織の髪が微かに揺れた。どうやら答えてもいいと言う事らしい。
「鬼道だ、帝国の」
「鬼道!?」
円堂も豪炎寺も驚きの声を上げた。風丸は頷く。その時再び花織の携帯がブルブルと震えはじめた。相手はやはり先ほどまで花織に掛けてきていた人間と同じだ。鬼道有人、その文字を見ていると、何かが風丸の中で溢れ出した。意を決して電話に出る。風丸が携帯を耳に押し当てれば、彼が何か言う前に相手の声が聞こえた。
「花織! 無事か!?」
差し迫った声が風丸の耳に届く。それは自分たちを見下し高笑いしていた、御影専農戦後に風丸に挑発の言葉を余裕の笑みで残していった人間だとは思えなかった。いや、しかしそれよりも。風丸は思う、第一声が無事か、というものだということは鬼道は花織の身に何かが起こるということを知っていたのだろうか。
「鬼道、だな」
「……風丸か? これは花織の携帯のはずだが」
鬼道の声が落ち着きを取り繕ったような声に変わった。風丸はスピーカーホンのボタンを押し、テーブルの上に置いた。
「花織は今出られない。声、聞こえるだろ?」
隣には円堂と豪炎寺もいる、と付け加えるように風丸は言う。風丸がボタンを押したことにより、鬼道の耳にも花織の微かにすすり泣く声が聞こえた。
「……っ、花織は無事なのか?」
鬼道の声が再び焦りを孕んだものに変わった。鬼道さん……? 携帯から聞こえた鬼道の声に花織が呟く。無意識に風丸の花織を抱き寄せる腕に力がこもった。
「ああ……。かなりショックは受けてるみたいだがな。……俺が花織を見つけたとき、花織は拘束されて車に乗せられそうになっていた」
「……」
電話越しに鬼道が息を呑んだのが分かった。
「花織曰く、帰り道ずっと後をつけられていたらしい。……もし、俺たちが近くにいなかったら、どうなっていたかわからない」
暫く、沈黙が続いた。そんな中、口を開いたのは豪炎寺だった。
「鬼道」
「豪炎寺か」
「犯人は逃げ去る時、総帥と言っていた。そしてお前は月島に頻繁に電話を掛けてきている。何か知ってるんじゃないのか?」
豪炎寺の冷静な声に鬼道が押し黙る。そしてため息の後に静かな声で鬼道は言う。
「理由は話せない。しかし花織が襲われたのは総帥の策略で間違いなく俺のせいだ。……すまない、花織」
「わけが話せないって、何か理由があるのか鬼道?」
円堂がただ疑問に思ったのかぽつりと呟く。
「単純に俺の気持ちの問題だ。だがそうだな……。風丸、お前にだけは話しておこう。頼みたいこともある」
鬼道から名指しで呼ばれた風丸は唇をぎゅっと固く結んだ。そして今も彼の身体に縋りつく花織の身体を引き離して風丸は立ち上がる。
「一郎太くん……」
行かないで、と言いたげな瞳で花織は風丸を上目遣いで見上げた。風丸はそんな花織の肩を宥めるように叩いて、花織の携帯を手に取る。スピーカーホンの状態も通常モードにその流れで戻した。
「円堂、豪炎寺、少し話してくる。花織のこと、頼む」
先ほどよりもだいぶ落ち着いた様子の花織、そろそろ監督にも説明ができるだろう。二人が風丸の言葉に頷いたのを確認して、風丸は雷々軒の入口の引き戸を開け、外へと出た。すでに辺りは真っ暗で、商店街の店もほとんどがシャッターを下ろしている。
「……鬼道、話す前にまず聞きたいことがある」
「何だ?」
風丸がまず鬼道に問いかけた。互いの口調はどこか牽制しあっているかのように感じさせるほど刺々しい。風丸がその感情を抑えたかのような声で鬼道に核心を問う。
「お前は花織をどう思っている」
その問いに鬼道は決然とした声で答えた。
「どう思っている……? お前には分かりきっていることだろう?俺は花織を好いている、これを愛と呼んでも過言ではないだろう。アイツが帝国にいたときからずっとそうだった」
花織もそうだと思っていたが、と鬼道は何を今更と言いたげな口調で言う。風丸は胸の中で呟いた、ああ、分かっていたさ。
「そうか、じゃあなんで花織を振ったんだ」
「お前には関係ないだろう。そうするしかなかった、そう言う以外に言うことはない。それより明日の話だ。花織が今日襲われた理由、それは俺の気持ちのせいだ」
「どうしてそうなるのかが分からないが」
風丸は低い声で言う。鬼道が大事にしている人間なら影山も丁寧に扱いそうなものだが違うのだろうか。
「この件は、俺が総帥に意見したことへの報復だ。総帥は俺の花織へ対する感情を知っている。だからこそ、花織を人質にすれば俺を制し、あわよくば風丸、お前の動きを操ることができた。……いや、お前だけじゃない、他にも数人操れたろうな」
風丸は何も言えなかった。鬼道の言っていることに間違いはないのだ。もし花織が人質に取られたとすれば、きっとチームよりも彼女を取ってしまう。しかも自分たちを殺そうとしたといっても過言ではないあの影山は、花織の命とチームの勝利を確実に天秤にかけてくるはずだ。
「だから特に明日は、花織から目を離すな。……本当は俺が朝からアイツの家へ迎えに行きたいくらいだが、誰かとの約束のせいで花織は俺と会わないと言っているからな」
「……!」
不覚にも風丸の胸がきゅんと切なくなった。花織は俺との約束を守ってくれているのだ。
「だが、帝国学園に到着してからはしばらく花織を俺に預けさせてもらう」
「何故だ?」
高揚しかけていた風丸の心は一気に冷めたものへと変わった。鬼道の意図が掴めない、どうして鬼道に花織を預けねばならないのだろう。だが鬼道はそんなこともわからないのかとふっとため息をついた。
「お前はこっちに着いたら更衣やアップをしないといけないだろう。その間、花織はどうする? マネージャーで仕事を分担するだろう、一瞬たりとも花織を一人にすれば危険だ。……だから試合開始までは俺の傍に花織を置かせておいてくれ」
きっぱりとした鬼道の口調に風丸は思わず歯ぎしりしたいような気持にさせられる。花織を鬼道に……。花織に想いを寄せる鬼道に預けねばならないのかと思うと嫉妬で心が燃え上がりそうなくらいだ。だがしかし、それが彼女を守るための策としては理に適っているため、何もいう事は出来ない。
チームで彼女を守ればいい、一瞬そう思ったが試合前に花織が誘拐されかけた、などという話をすればチームに動揺を与え、プレーに影響が出るかもしれない。きっと花織も、他言されたくないはずだ。風丸は何とか自分へ言い聞かせる。花織は元々誰が好きだったのかを。花織を守るためだ。
「分かった、鬼道。……お前の言うとおりにする」
「ふっ……。物わかりがいい奴で助かったぞ、風丸。……決勝戦、楽しみにしている。帝国も、そして俺も正々堂々勝利を掴んでやる」
ああ、前と同じだと風丸は思う。しかし精いっぱい見栄を張った。
「ああ、俺だって負ける気はない」
本当は負ける気しかしなかったとしてもだ。